12 / 27
2-2 陰湿悪役令嬢の決心
しおりを挟む家族からの視線で、まだ皆の記憶からあの惨事が消えていないことを思いがけず再確認してしまった私は、前髪を触りながら俯くしかなかった。
「コレット」
そんな空気の中、お祖母様が私を呼んだ。
「はい、お祖母様」
皆が緊張した表情でお祖母様と私を見る。
「お前の歳で一から制御を学ぶのは楽じゃないよ。それでも真剣に魔術を学ぶ気はあるんだね?」
「はい」
まっすぐに私を見つめるお祖母様に負けないよう、私もしっかりと見つめ返す。
前髪が焼けたくらいが何だというのか、こちらは命がかかっているのだ。というか、そもそも転生したんだから魔術くらいチートな感じで使わせてくれても良いのに……とか思ってしまう。幸い魔力量は多いようだし、これから練習すればなんとかなるかもしれない、という淡い期待を抱くことにする。そもそも魔術の練習なんてワクワクする。
ピンと張りつめた空気とは裏腹にそんなことを考える。
「モーリッツ」
「はい!!」
突然お祖母様に名前を呼ばれたお父様が、飛び上がらんばかりの勢いで返事をした。
「心配事はこの子の魔術制御についてだけ、なんだろうね?」
「はい」
「即答するとは……まったく、変わった男だね。ディアナもそれで良いんだね」
「もちろんですわ、お母様。世間体なんかより、コレット自身の希望を尊重します」
にっこり笑ってそう言うお母様の言葉に、お祖母様が笑い声をあげた。
「まぁそう言うだろうと思ったよ。コレット、しっかり頑張るんだよ」
その言葉に私は思わずお祖母様に抱き着きそうになる。
魔術が学べる事に対するワクワクと、お祖母様が味方してくれた喜び。その両方が私の中を占めていく。
「はい! ですがお祖母様……」
せっかく魔術師団を引退してのんびりと暮らしているお祖母様の手を煩わせることが申し訳ない。
「そこのにも教えるんだから、ついでだよ。それに……お前もその方がいいだろう?」
にやりと笑ったお祖母様がザック様を見た。
視線を受けたザック様は不思議そうな顔をしていたが、何かに気付いたように私を見ると再びお祖母様を見るなりガバリと頭を下げた。
「あ、ありがとうございます!」
「二人とも、しっかりおやり」
「「はい!」」
お祖母様の言葉に、ザック様と共に返事をした。
「あぁ、それから」
再びお祖母様がお父様の方を向いて言った。
「二人の魔力制御の練習は、領地を巡りながらやるよ」
「領地をですか? それは構いませんが……何かありましたか?」
お父様が不思議そうに首を傾げる。
爵位はすでにお父様が継いでいて、領地の経営もお父様と執事のハワードが行っている。
「各所から、たまには顔を見せろと煩く連絡が来ていてね」
「なるほど。皆、ただお義母様にお会いしたいのでしょう」
前侯爵のお祖父様と元魔術師団長のお祖母様の、領内での人気は高かったらしい。お父様も納得した様子だった。
「この二人と……それからオルカナイト、お前も一緒に来るだろう?」
急に話を振られたはずなのに、兄様はすでに考え終わっていたという素振りで答えた。
「そうですね。二人がお祖母様と領地を巡るというのに、俺が一緒に行かない訳にはいきません。色々な意味で。それに、今後のことを考えると俺自身の勉強にもなります。期間は一ヶ月で良かったですか? 早速、各地の屋敷に滞在を通達しておきます」
「あぁ、その予定だよ。相変わらず聡い子だね。そうそう、次席での合格だと聞いたよ。さすがじゃないか」
「ありがとうございます!」
お兄様の返事に、お祖母様は満足そうに笑った。
「さてと」
話は終わったとばかりに、お祖母様が立ち上がると、我が家の良く出来た侍女長はそれだけで扉の前へ向かう。
「出発は三日後だよ。あまり時間もないけれど、しっかり準備しておくように」
お祖母様はそう言いながらサロンを後にした。
「なんだか急な話になったわね!」
驚いて、でもとても楽しそうにお母様がはしゃいでいる横で、お父様がお兄様へ駆け寄る。
「オルカナイト、コレットの制御についてのこと、分かるね?」
「はい」
深刻な顔で言うお父様と、同じく真面目な顔で返事をするお兄様……人を危険物扱いするのはやめてもらいたい。
「とはいえお義母様が一緒なんだ、大丈夫だと思う。お前も良い機会だ、領民と触れ合って来ると良い。うちの領地の民は皆、良い人ばかりだからね。私も―――」
「コレット嬢」
不意にザック様に呼ばれた。振り返るとすぐ後ろに声と同じく表情を硬くしたザック様が立っていた。
「ザック様、なんだか慌ただしくてすみません。ザック様はお祖母様にご師事に来られたのですね」
「あぁ、オルカナイト経由でお願いしていたんだ」
なんて素晴らしいタイミングなのか、第二王子の婚約者候補の打診を断ることができた上、お祖母様から魔術を学べることになった。しかしそれと同時に彼の学ぶ時間を奪うことになってしまう。
「急にご一緒させていただくことになってしまって申し訳ありません」
「それは構わないよ、それよりコレット嬢の方こそ、あの……」
私が謝ると、ザック様も申し訳なさそうにした。彼の表情から、ルークザルト殿下とのことを蒸し返される予感がして話を逸らす。
「お祖母様には叱られそうですが、魔術の勉強はもちろん、旅行のようで楽しみです」
話題を変えようとして言った言葉だが、嘘ではない。
思わず楽しそうに言ってしまった私とは裏腹に、ザック様の表情は晴れない。
「知らない男としばらく一緒なんだ、嫌ではないか?」
そう私に聞くと、顔を逸らした。
私を気遣って問いかけたくせに、拒絶を怖がる……そんなザック様の声に私は思わず微笑んでいた。
「ふふっ、大丈夫です。ザック様はお兄様のご友人なのでしょう? それに、ザック様の声からは心からそのことを気遣ってくださっているのが分かりますもの」
―――その直後。しまったと思い、顔を伏せる。
『声から気持ちが分かる』
急にそんなことを言うなんて、と気味悪がられてしまうかもしれない。
「君は……」
しかし聞こえてきたのは驚いたような声。
顔をそろりと上げる。
「…………ッ!」
見上げたザック様の表情に、息が止まりそうになった。
懐かしむような、愛おしく思うような、それでいて切ない。
ドクンドクンと、勝手に胸が早鐘を打ち始める。
どうしても目が離せない、瞳の奥の光をずっと見ていたい、そんな不思議な感覚だった。
どれくらいそうしていたのだろか……もしかするとほんの一瞬だったのかもしれない。
「お前たち」
お兄様に呼ばれて我に返る。
「な、なんでしょう、お兄様」
「どうした、オルカナイト」
同時に返事をした私たちをお兄様が急かした。
「夕食まではまだ少し時間があるとはいえ、そろそろ部屋に戻ったらどうだ? コレットは特に準備に時間がかかるんじゃないのか?」
呆れた顔をしたお兄様が扉の方を見ると、そわそわと落ち着きのないリリアナが立っている。それもそうだ、貴族令嬢の一ヶ月分の荷造りを三日後の出発までに終えなければならないのだ。
「そうでした! それでは、私は自室へ戻ります。また夕食の時に」
さっきの感覚がまだ抜けず、ザック様の顔が見られない。
ドキドキしたままの胸を押さえながら、私は足早にサロンを出た。
0
あなたにおすすめの小説
悪役令息、前世の記憶により悪評が嵩んで死ぬことを悟り教会に出家しに行った結果、最強の聖騎士になり伝説になる
竜頭蛇
ファンタジー
ある日、前世の記憶を思い出したシド・カマッセイはこの世界がギャルゲー「ヒロイックキングダム」の世界であり、自分がギャルゲの悪役令息であると理解する。
評判が悪すぎて破滅する運命にあるが父親が毒親でシドの悪評を広げたり、関係を作ったものには危害を加えるので現状では何をやっても悪評に繋がるを悟り、家との関係を断って出家をすることを決意する。
身を寄せた教会で働くうちに評判が上がりすぎて、聖女や信者から崇められたり、女神から一目置かれ、やがて最強の聖騎士となり、伝説となる物語。
ヒロインですが、舞台にも上がれなかったので田舎暮らしをします
未羊
ファンタジー
レイチェル・ウィルソンは公爵令嬢
十二歳の時に王都にある魔法学園の入学試験を受けたものの、なんと不合格になってしまう
好きなヒロインとの交流を進める恋愛ゲームのヒロインの一人なのに、なんとその舞台に上がれることもできずに退場となってしまったのだ
傷つきはしたものの、公爵の治める領地へと移り住むことになったことをきっかけに、レイチェルは前世の夢を叶えることを計画する
今日もレイチェルは、公爵領の片隅で畑を耕したり、お店をしたりと気ままに暮らすのだった
異世界転生した時に心を失くした私は貧民生まれです
ぐるぐる
ファンタジー
前世日本人の私は剣と魔法の世界に転生した。
転生した時に感情を欠落したのか、生まれた時から心が全く動かない。
前世の記憶を頼りに善悪等を判断。
貧民街の狭くて汚くて臭い家……家とはいえないほったて小屋に、生まれた時から住んでいる。
2人の兄と、私と、弟と母。
母親はいつも心ここにあらず、父親は所在不明。
ある日母親が死んで父親のへそくりを発見したことで、兄弟4人引っ越しを決意する。
前世の記憶と知識、魔法を駆使して少しずつでも確実にお金を貯めていく。
転生『悪役』公爵令嬢はやり直し人生で楽隠居を目指す
RINFAM
ファンタジー
なんの罰ゲームだ、これ!!!!
あああああ!!!
本当ならあと数年で年金ライフが送れたはずなのに!!
そのために国民年金の他に利率のいい個人年金も掛け、さらに少ない給料の中からちまちまと老後の生活費を貯めてきたと言うのに!!!!
一銭も貰えないまま人生終わるだなんて、あんまりです神様仏様あああ!!
かくなる上はこのやり直し転生人生で、前世以上に楽して暮らせる隠居生活を手に入れなければ。
年金受給前に死んでしまった『心は常に18歳』な享年62歳の初老女『成瀬裕子』はある日突然死しファンタジー世界で公爵令嬢に転生!!しかし、数年後に待っていた年金生活を夢見ていた彼女は、やり直し人生で再び若いままでの楽隠居生活を目指すことに。
4コマ漫画版もあります。
転生してモブだったから安心してたら最恐王太子に溺愛されました。
琥珀
恋愛
ある日突然小説の世界に転生した事に気づいた主人公、スレイ。
ただのモブだと安心しきって人生を満喫しようとしたら…最恐の王太子が離してくれません!!
スレイの兄は重度のシスコンで、スレイに執着するルルドは兄の友人でもあり、王太子でもある。
ヒロインを取り合う筈の物語が何故かモブの私がヒロインポジに!?
氷の様に無表情で周囲に怖がられている王太子ルルドと親しくなってきた時、小説の物語の中である事件が起こる事を思い出す。ルルドの為に必死にフラグを折りに行く主人公スレイ。
このお話は目立ちたくないモブがヒロインになるまでの物語ーーーー。
悪役令嬢に転生したので、ゲームを無視して自由に生きる。私にしか使えない植物を操る魔法で、食べ物の心配は無いのでスローライフを満喫します。
向原 行人
ファンタジー
死にかけた拍子に前世の記憶が蘇り……どハマりしていた恋愛ゲーム『ときめきメイト』の世界に居ると気付く。
それだけならまだしも、私の名前がルーシーって、思いっきり悪役令嬢じゃない!
しかもルーシーは魔法学園卒業後に、誰とも結ばれる事なく、辺境に飛ばされて孤独な上に苦労する事が分かっている。
……あ、だったら、辺境に飛ばされた後、苦労せずに生きていけるスキルを学園に居る内に習得しておけば良いじゃない。
魔法学園で起こる恋愛イベントを全て無視して、生きていく為のスキルを習得して……と思ったら、いきなりゲームに無かった魔法が使えるようになってしまった。
木から木へと瞬間移動出来るようになったので、学園に通いながら、辺境に飛ばされた後のスローライフの練習をしていたんだけど……自由なスローライフが楽し過ぎるっ!
※第○話:主人公視点
挿話○:タイトルに書かれたキャラの視点
となります。
狼になっちゃった!
家具屋ふふみに
ファンタジー
登山中に足を滑らせて滑落した私。気が付けば何処かの洞窟に倒れていた。……しかも狼の姿となって。うん、なんで?
色々と試していたらなんか魔法みたいな力も使えたし、此処ってもしや異世界!?
……なら、なんで私の目の前を通る人間の手にはスマホがあるんでしょう?
これはなんやかんやあって狼になってしまった私が、気まぐれに人間を助けたりして勝手にワッショイされるお話である。
最愛の番に殺された獣王妃
望月 或
恋愛
目の前には、最愛の人の憎しみと怒りに満ちた黄金色の瞳。
彼のすぐ後ろには、私の姿をした聖女が怯えた表情で口元に両手を当てこちらを見ている。
手で隠しているけれど、その唇が堪え切れず嘲笑っている事を私は知っている。
聖女の姿となった私の左胸を貫いた彼の愛剣が、ゆっくりと引き抜かれる。
哀しみと失意と諦めの中、私の身体は床に崩れ落ちて――
突然彼から放たれた、狂気と絶望が入り混じった慟哭を聞きながら、私の思考は止まり、意識は閉ざされ永遠の眠りについた――はずだったのだけれど……?
「憐れなアンタに“選択”を与える。このままあの世に逝くか、別の“誰か”になって新たな人生を歩むか」
謎の人物の言葉に、私が選択したのは――
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる