陰湿悪役令嬢は黒猫の手も借りたい

石月六花

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2-2 陰湿悪役令嬢の決心

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 家族からの視線で、まだ皆の記憶からあの惨事が消えていないことを思いがけず再確認してしまった私は、前髪を触りながら俯くしかなかった。


「コレット」

 そんな空気の中、お祖母様が私を呼んだ。
「はい、お祖母様」
 皆が緊張した表情でお祖母様と私を見る。
「お前の歳で一から制御を学ぶのは楽じゃないよ。それでも真剣に魔術を学ぶ気はあるんだね?」
「はい」
 まっすぐに私を見つめるお祖母様に負けないよう、私もしっかりと見つめ返す。

 前髪が焼けたくらいが何だというのか、こちらは命がかかっているのだ。というか、そもそも転生したんだから魔術くらいチートな感じで使わせてくれても良いのに……とか思ってしまう。幸い魔力量は多いようだし、これから練習すればなんとかなるかもしれない、という淡い期待を抱くことにする。そもそも魔術の練習なんてワクワクする。

 ピンと張りつめた空気とは裏腹にそんなことを考える。

「モーリッツ」
「はい!!」
 突然お祖母様に名前を呼ばれたお父様が、飛び上がらんばかりの勢いで返事をした。

「心配事はこの子の魔術制御についてだけ、なんだろうね?」
「はい」
「即答するとは……まったく、変わった男だね。ディアナもそれで良いんだね」
「もちろんですわ、お母様。世間体なんかより、コレット自身の希望を尊重します」

 にっこり笑ってそう言うお母様の言葉に、お祖母様が笑い声をあげた。
「まぁそう言うだろうと思ったよ。コレット、しっかり頑張るんだよ」

 その言葉に私は思わずお祖母様に抱き着きそうになる。
 魔術が学べる事に対するワクワクと、お祖母様が味方してくれた喜び。その両方が私の中を占めていく。

「はい! ですがお祖母様……」
 せっかく魔術師団を引退してのんびりと暮らしているお祖母様の手を煩わせることが申し訳ない。

「そこのにも教えるんだから、ついでだよ。それに……お前もその方がいいだろう?」
 にやりと笑ったお祖母様がザック様を見た。

 視線を受けたザック様は不思議そうな顔をしていたが、何かに気付いたように私を見ると再びお祖母様を見るなりガバリと頭を下げた。
「あ、ありがとうございます!」
 

「二人とも、しっかりおやり」

「「はい!」」
 お祖母様の言葉に、ザック様と共に返事をした。

「あぁ、それから」
 再びお祖母様がお父様の方を向いて言った。
「二人の魔力制御の練習は、領地を巡りながらやるよ」
「領地をですか? それは構いませんが……何かありましたか?」
 お父様が不思議そうに首を傾げる。
 爵位はすでにお父様が継いでいて、領地の経営もお父様と執事のハワードが行っている。

「各所から、たまには顔を見せろと煩く連絡が来ていてね」
「なるほど。皆、ただお義母様にお会いしたいのでしょう」
 前侯爵のお祖父様と元魔術師団長のお祖母様の、領内での人気は高かったらしい。お父様も納得した様子だった。

「この二人と……それからオルカナイト、お前も一緒に来るだろう?」
 急に話を振られたはずなのに、兄様はすでに考え終わっていたという素振りで答えた。
「そうですね。二人がお祖母様と領地を巡るというのに、俺が一緒に行かない訳にはいきません。色々な意味で。それに、今後のことを考えると俺自身の勉強にもなります。期間は一ヶ月で良かったですか? 早速、各地の屋敷に滞在を通達しておきます」

「あぁ、その予定だよ。相変わらず聡い子だね。そうそう、次席での合格だと聞いたよ。さすがじゃないか」
「ありがとうございます!」
 お兄様の返事に、お祖母様は満足そうに笑った。


「さてと」
 話は終わったとばかりに、お祖母様が立ち上がると、我が家の良く出来た侍女長はそれだけで扉の前へ向かう。
「出発は三日後だよ。あまり時間もないけれど、しっかり準備しておくように」
 お祖母様はそう言いながらサロンを後にした。


「なんだか急な話になったわね!」
 驚いて、でもとても楽しそうにお母様がはしゃいでいる横で、お父様がお兄様へ駆け寄る。
「オルカナイト、コレットの制御についてのこと、分かるね?」
「はい」
 深刻な顔で言うお父様と、同じく真面目な顔で返事をするお兄様……人を危険物扱いするのはやめてもらいたい。

「とはいえお義母様が一緒なんだ、大丈夫だと思う。お前も良い機会だ、領民と触れ合って来ると良い。うちの領地の民は皆、良い人ばかりだからね。私も―――」


「コレット嬢」

 不意にザック様に呼ばれた。振り返るとすぐ後ろに声と同じく表情を硬くしたザック様が立っていた。

「ザック様、なんだか慌ただしくてすみません。ザック様はお祖母様にご師事に来られたのですね」
「あぁ、オルカナイト経由でお願いしていたんだ」

 なんて素晴らしいタイミングなのか、第二王子の婚約者候補の打診を断ることができた上、お祖母様から魔術を学べることになった。しかしそれと同時に彼の学ぶ時間を奪うことになってしまう。

「急にご一緒させていただくことになってしまって申し訳ありません」
「それは構わないよ、それよりコレット嬢の方こそ、あの……」
 私が謝ると、ザック様も申し訳なさそうにした。彼の表情から、ルークザルト殿下とのことを蒸し返される予感がして話を逸らす。

「お祖母様には叱られそうですが、魔術の勉強はもちろん、旅行のようで楽しみです」
 話題を変えようとして言った言葉だが、嘘ではない。
 思わず楽しそうに言ってしまった私とは裏腹に、ザック様の表情は晴れない。

「知らない男としばらく一緒なんだ、嫌ではないか?」 
 そう私に聞くと、顔を逸らした。

 私を気遣って問いかけたくせに、拒絶を怖がる……そんなザック様の声に私は思わず微笑んでいた。

「ふふっ、大丈夫です。ザック様はお兄様のご友人なのでしょう? それに、ザック様の声からは心からそのことを気遣ってくださっているのが分かりますもの」

 ―――その直後。しまったと思い、顔を伏せる。

『声から気持ちが分かる』
 急にそんなことを言うなんて、と気味悪がられてしまうかもしれない。

「君は……」
 しかし聞こえてきたのは驚いたような声。
 顔をそろりと上げる。

「…………ッ!」
 見上げたザック様の表情に、息が止まりそうになった。
 懐かしむような、愛おしく思うような、それでいて切ない。
 ドクンドクンと、勝手に胸が早鐘を打ち始める。
 どうしても目が離せない、瞳の奥の光をずっと見ていたい、そんな不思議な感覚だった。
 

 どれくらいそうしていたのだろか……もしかするとほんの一瞬だったのかもしれない。

「お前たち」
 お兄様に呼ばれて我に返る。
「な、なんでしょう、お兄様」
「どうした、オルカナイト」
 同時に返事をした私たちをお兄様が急かした。

「夕食まではまだ少し時間があるとはいえ、そろそろ部屋に戻ったらどうだ? コレットは特に準備に時間がかかるんじゃないのか?」
 呆れた顔をしたお兄様が扉の方を見ると、そわそわと落ち着きのないリリアナが立っている。それもそうだ、貴族令嬢の一ヶ月分の荷造りを三日後の出発までに終えなければならないのだ。
「そうでした! それでは、私は自室へ戻ります。また夕食の時に」

 さっきの感覚がまだ抜けず、ザック様の顔が見られない。
 ドキドキしたままの胸を押さえながら、私は足早にサロンを出た。
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