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4-2 陰湿悪役令嬢と厨房
しおりを挟む一つ、大きく息を吸うと、皆に向かって微笑んで告げる。
「あのね、私、魔術師団に入ろうと思っているの!」
皆のざわめきと驚きが、先刻以上に厨房を満たす。
マルクなんて眉間に皺を寄せたまま固まっている。
「お、お嬢様が魔術師団に?! もしかして魔術制御を覚えられたんですかい?!」
ゴティアスが私と調理台の方を見比べてなぜか目を輝かせている。
「いいえ? それはこれからよ。お祖母様が来られているのは知っているでしょう? お兄様のお友達のザック様と一緒に、これからお祖母様に習うのよ」
「へッ?! これから、ですか……じゃあ、その……」
ゴティアスが今度はオロオロしながら、私が調理台へ向かうのを阻止するかのように歩き回りだした。
「な、なんなの? ゴティアス」
「い、いや……あの……」
「ゴティアスさん、いくらコレット嬢様相手だからって、ちゃんと言うべきよ。これ以上の
調理台への無体はお止め下さいって」
まごまごと要領を得ないゴティアスに代わって、彼の言葉を代弁したのは庭師のジョハンだった。
いつからそこに居たのか、厨房の入り口に立って呆れたように笑っている。
浅黒く焼けた肌と隆々とした筋肉は、日々の庭師としての仕事と鍛錬の賜物だろう。
しかしそんな彼の心は、美しいものをこよなく愛する乙女である。
「そんな、無体だなんて……」
そう言いかけて、もう一度調理台を見る。
前世にあったコンロの様にしてあるそこは、正面の壁が一面、真っ黒に煤けていた。
――それを見た瞬間、記憶が蘇る。
ちょうどお祖父様に火魔法を教わる直前、幼い私は厨房を訪れる。
そして何を思ったのか『火魔法といえば厨房よね』と言い放ち、必死に止めるゴティアスを振り切り、コンロとして使用する魔宝具に嵌めてある魔宝石に対して、自らの火の魔力を注入し始めた。
その瞬間。
本来、火力調整された炎が出る箇所から、巨大な火柱が上がり、正面の耐火煉瓦でできた壁を真っ赤に燃やした。
「コレット嬢様?!」
ちょうどそこへ居合わせたジョハンが得意の水魔法を放ち、火は消し止められたが、壁は真っ黒になった。
「きちんと制御を学んでから、またお手伝いしましょうね」
あまりの出来事に、泣き出しそうになった私を、叱るのではなく優しく諭してくれたのは他でもない、ジョハンだった。
その直後にやってきたお祖父様との出来事を境に、きっぱりと練習をやめてしまったのだけれど……。
――思い出したらもう、制御を学んでもいないのに魔術を使おうだなんて思わない。
「コレット嬢様? どうしたの?」
煤けた壁を見つめたまま動けなくなった私に、相変わらずジョハンは優しく問いかけてくれる。他の皆も、心配そうに、私とジョハンを見つめていた。
どうして、どうしてこんなにも優しい皆にあんな態度をとっていたのか。
そう思うと、自然に頭を下げていた。
「ごめんなさい。そうよね……あの頃から何も変わっていないもの。きちんと制御を学んだら、またお手伝いさせてもらえるかしら?」
「……お、お嬢様……!」
「な、なんと……!」
色んなところから感動の声が上がり、中には本当に涙しているものもいる。
うちの使用人は本当に感情豊かな人が多い。
「コレット嬢様? 今度は本当にどうしちゃったの?」
心配そうな顔のジョハンが作業台の向こうからやってきた……かと思うと私の全身を見て目の色を変えた。
「なんなのよ!! その恰好!!」
「へ、変かしら?」
あまりにも驚いているジョハンに、もともとスズメの涙ほどもない容姿への自信がしおしおと萎んでいくのが分かった。
ジョハンは私の問いには答えず、無言でスタスタと私に近付いて来たかと思うと、頭のてっぺんからつま先までをじっくりと観察し始め、何かに気付いたように顔を上げた。
「この色合い……付け襟……そしてそのヘアスタイル……さっき小花を摘みに来たのは確か……リリアナ!! リリアナの仕業ね!!」
そんなに変だっただろうか、でもお願いしたのは私だ。
リリアナが責められるのだけは止めなければ。
「え、えぇ……でも、雰囲気を変えてとお願いしたのは私なの」
泣きたくなるのをぐっと堪えてそう告げると、今度は首を傾げたまま固まってしまった。
「……コレット嬢様が? 自ら? 一年前のイメチェンも嬢様のお願いだって聞いたけど……今回のタイミングは……ねぇ、嬢様、どうしてまた突然?」
疑うような視線を向けられて困ってしまう。まさか前世を思い出したせいで精神年齢が上がって居たたまれなくなった、なんて言えない。
ふと、先ほどのリリアナとの会話を思い出す。
「も、もうすぐ二度目の社交シーズンを迎えるのですもの、私も少しは大人にならなくてはと考えたのよ」
「そ、そうなの……まぁいいわ。今のコレット嬢様が昨日よりうんと素敵だってことには違いないもの!」
全く同じ台詞しか出てこなかったけれど、ジョハンにはそれだけで十分だったようで、嬉しそうに笑ってくれた。
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