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第三章 魔法学園
聖女の血を見張る者 (偽ニリーナ視点)
しおりを挟むすっかり日が暮れて深い紺色の空に白く輝く星が瞬き始めても人々の興奮は冷めず大きな焚き火が組まれ赤々と燃える炎の周りで持ち寄られた食事がふるまわれ酒が酌み交わされ笑い声や歌声、踊り始めた者たちの軽快なステップ。そのどれもが更に私の気持ちを冷やしていった。
私はボンヤリと炎を眺めながら皆から離れて一人倒れた木に腰掛けていた。
そこへ彼女が近づいてきた。
桜色の髪は炎を反射して星のように輝いている。
「疲れました?」
言いながら自然な動作で隣に座り真剣な眼差しを向けてくる。
「お姉さん、あの竜が恋しいですか?」
視線と同じ、彼女は遠回しな言い方も探りを入れて時間をかけるようなこともしない。
純粋で真っ直ぐに言い放った。
「恋…しいというか…」
戸惑いながら彼女の水色の瞳を見つめ返す。
自分でも唐突に起きた出来事をどう受け止めればいいか分からないでいる中、彼女に何と説明すればいいのだろう…
モヤモヤした気持ちのままうつむいていると彼女はそっと私の片手に手を重ねた。
「竜は…もう目覚めることはないのでしょうか…」
彼女はサッと天を仰いでから私の目を覗き込むように顔を近づけてきた。
「お姉さん、お姉さんはあの竜を少なくとも嫌ってはいない。違いますか?」
彼女の勢いにのまれ私は小さくうなずいてしまった。
「竜は恐ろしい存在です。彼らは独自の魔法を使い人々を魅了し手懐ける。
お姉さんもすでに様々な影響を受けています。姿形がひとつも変わっていないような所も影響の一つです。何よりお姉さんの全身から竜の加護が感じられます。その加護は竜を封じた私には影響はありませんが他の人々には影響があるでしょう。」
「私…何を言われているのかよく…」
「分からないのは当然です。
お姉さんが望まなくても加護は勝手に影響を及ぼすのですから。
人々を魅力し、危害を与える気をそぎ惹かれていく。」
「それが良くないことだと?私にどうしろって言いたいの?」
勝手にペラペラ話す彼女に嫌気がさして私は顔を背けた。
「私の浄化魔法でどれだけ元の状態に戻せるかわかりませんが魔力が回復し次第試させてもらえませんか?
私はお姉さんを今の状態のままにはしておきたくありません。
今のままでいればお姉さんは竜と同じような果てしない時間を一人過ごすことになります。」
「長く生きていればいつか竜が目覚めるかもしれない?」
「あぁ、その気持ちを持っている時点でとても危険な状態です。
竜は私の血を使って封じました。封印を解けるのは私の血を受け継ぐ者だけ。そして解くのは封じる何倍もの魔力を必要とします。
私の血を受け継ぐ者が居なくなれば解く手段は消え、あの空間も竜共々消えていくでしょう。」
私はジッと彼女を眺めた。この少女は私が魔法を使うことが出来ることに気づいていないらしい。
彼女の魔力の核は今も燦然と輝いているけれど彼を封印した時にほとんどの魔力を使い果たしている。
回復には時間がかかるだろう。もしかしたら一生回復しきらないかもしれない。ということは彼女に封印を解くのは無理だということだ。
私は心の中で笑みを浮かべた。
「私、恐ろしくなってきました。
貴女と共にいれば私は元の自分に戻れるのですね?」
「はい、私がお姉さんを全力でお守りします。」
彼女はパッと笑顔になり私の両手を握って持ち上げた。
「自分でも信じられないんですが、私は今聖女と呼ばれてどの国でも皆さん暖かく迎えてくださいます。
お姉さんにも辛い思いはさせません。」
そう言って彼女は自分が聖女と呼ばれるようになった所以を語り出した。
神の声に従ってと言い始めた時にこの子大丈夫?っと心配になったが聖獣が姿を現し納得させられた。
竜が存在するのだから神が人に語りかけることだって不思議はないのかもしれない。
とにかく私は彼女に心を開いたフリをして側に居続けた。
長く話しすぎて少し疲れた。
私はガラスのコップに魔法で作り出した水を注ぎ一口二口飲んで正面を見据える。
アロイスの姿はなく小さな魔力の核がチラチラと星のように瞬いている。
彼を座らせた椅子に仕掛けた魔法がよく効いているようだ。
「彼女と共に過ごしても憎しみは消えなかったの?」
光がチラチラしながら尋ねてくる。自分が消えてしまいそうなことに気づいていないのだ。
「そう、彼女は良い子だったわ。優しくて純粋で。自分が正義だと疑わない。
私が少しでも竜を良く言えば顔を曇らせてまだ私が影響を受けていると教えてくれた。」
フッと笑みをもらして私は椅子にもたれかかる。
「優しく愚かな正義感の塊だったわ。
スリジェの名を与えられて魔の森を見張る辺境伯の位を与えられ結婚して家族ができてもそれは全然変わらなかった。
歳をとって最期を迎える瞬間まで私のことを案じていたしね。
私は…分からない。彼女に対して憎しみにしろ何にしろ、どんな感情も抱いていなかった気がする。」
「それからもずっとスリジェ家の側にいたの?」
「ええ、もちろん。彼女の血を引く子供たちの誰かがあの子より強い魔力を持って生まれてくるかもしれないでしょう?
姿を隠し、少しずつ増えていく血を引くものを全て見張るうちについにあの子ができたのよ。マリーベル・スリジェ。まだ母親のお腹にいる時から強い魔力を感じたわ。
ここまでくる間に私はどんどん人間離れしてしまった。魔の森を離れてから外の世界の食事は砂を噛んでいるように味気なく自分が魔法で生み出した物以外は食べる気にはなれなくなったけど、竜のように食事を取らなくても大地から力を吸収して生きることができた。
姿はちっとも変わらないから色々な人に擬態して過ごすようになったし。」
「話を聞く限り俺は竜がアンタを魅了したとは思わないけどさ。意図せず影響を与えているのは本当かもしれないね。
それは竜がというか竜が過ごしていたその大地からの影響だ。
体に取り込まれた大地の影響があんたの人間らしい感情まで奪い始めてる。
あんたの中に残っているのは竜に会いたいと言う執着だけ。
違う?
俺が思うに聖女が案じていたのはアンタが今みたいな状態になることだったんじゃないかな。」
久しぶりに真正面から否定された気持ちになり、私は頭の中が真っ白になった。
「うっ、うるさい!」
気づいたら光に向かって魔法を放っていた。
「あ~あ、もうちょっと話したかったのに~。
たくさん話してくれたお返しに俺も聖女の手記のこと教えてやろうと思ったのにな~」
「聖女の手記?何、それに何が…」
言い切る前に光とアロイスの気配は完全に消えてしまった。
私は静まり返った部屋にたった一人呆然と立ち尽くすしかなかった。
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