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第三章 魔法学園

見守る者の苦悩 (アンディーブ視点)

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幼い頃からアロイスはどこか大人びた子供だった。

まぁ父に言わせればそれは私も同じらしいけれど。

しかし、弟はまだ乳飲み子の頃から時折り暗く冷め切った眼差しをしていた。

弟の誕生に胸を高鳴らせ会いに行っていた幼い私にはその表情は異質な近寄り難い恐ろしいものに映り弟に会いに行く足は遠のいていたものだ。
そんな距離をとった兄弟関係が変わったのはあの家庭教師の事件からだろう。

教養と礼儀作法を教えに来ていた未亡人の元伯爵夫人だったか…

それまでにも家族以外の人間から自分に向けられる眼差しに違和感を覚えたことはあったが彼女は特に寒気がするような眼差しを向けてくることがあった。しかも必ず二人きりの授業中などだけ。
そのうち眼差しだけではなくねちっこい手つきで私の身体のあちこちを撫でまわすようになった。
不審に思いながらもまだその異常さに気付く前に彼女の悪事は発覚した。

私の授業が行われる部屋にアロイスが父を引き込み二人で物陰に隠れて私たちを驚かせようとしたのだ。

いつも笑っているか母上に咎められてしょげている顔しか見たことがなかった父親の初めて見る表情だった。冷たく反論を許さない厳しい顔つきで現れた父に何やら言い訳を並べ立てていた夫人は目を泳がせてから諦めたようにうなだれて黙り込む。

いつの間にか夫人と私の間に入り込んでいたアロイスは私の手を握りニコッと見上げてきた。
その無邪気な笑顔を浮かべながらもこちらを心配しているような眼差しに初めて私は彼女の行いの異常さと弟が助けに来てくれたことに気づいた。

膝をついてアロイスと顔を合わせるとポロっと涙が流れ落ちた。
アロイスは慌てた様子で小さな手をいっぱいに広げてそれを拭ってくれる。
その小さな手は暖かく目は悲しそうな心配そうな色を浮かべていて私は胸が熱くなった。

人とは違う部分があるのかもしれない…
でも今目の前にいる弟はただ純粋に自分のことを心配してくれている。
それが嬉しくて愛おしさが溢れてきて私は小さな柔らかい身体をそっと抱きしめた。


あの日を境に私は弟と距離を取ることをやめた。

アロイスはやはり時折暗い眼差しをしていたけれど魔力を発動させてからはまるで水を得た魚のように生き生きとし始めた。

私はもちろん他の家族も時折どこか物足りなそうに暗い顔をしていた彼が目を輝かせてのめり込んでいく姿をほほえましく見守り、彼が力を存分に発揮できるよう邪魔をしないようにしていた。

だから驚いてしまったのだ。私たちが初めてマリベル嬢と出会ったあの日の弟の感情豊かな様子に。

私だけではない父も驚いていて、私たちは驚くと同時に安堵していた。
アロイスがありのままの自分を出すことができる存在がいたことに。家族ですら見たことがない表情をマリーベル嬢はいとも簡単に引き出していて何より弟がこの上なく幸せそうな様子をしていることに。

だから2人が一緒にいるための壮大なしかし無謀だと一笑できないような計画をアロイスが立てた時からその日が来ることを覚悟していたはずだった。

「ふぅ…」

思わず漏れ出たため息に自分で苦笑してしまう。

私は家族に向けるほどの愛情を他人に抱いたことが1度もない。
長年使えているエドワードに対して向けているのは忠義心だし、友人たちに向けている気持ちも違う、アロイスや父のように1人の女性に深い愛情を向ける事など私にはできないのだろう。

貴族が政略結婚をするのは当然のことだ。
だが、そうして1人の人生を愛のない生活に閉じ込めることも気が進まない。

父や母も公爵家の力を更に高くすることにあまり興味がないのも幸いして私は婚約や結婚と言う面倒ごとから逃げ回っている。
望むなら生涯1人でも良いと父は言ってくれた。

後継者の教育には責任を持つように自分はさっさと私に家督を譲り母上と二人で俗世から離れてのんびり過ごすのだからと釘を刺すのも忘れなかったが…

先ほどの弟の言葉がよみがえる。
私はきっと寂しいのだろう。
心のどこかで父が母上をアロイスがマリーベル嬢を見つけ出したように自分もただ1人の人を見出したい。
無理だと分かっていながら心のどこかでそれを望んでしまっているのだと思う。
そして見つけられないでいる自分が1人置いて行かれるようなそんな気持ちを抱いてしまっているのだ。

私は頭を左右に振ってこのおかしな気持ちをひとまず仕舞い込む。

まずは事を全て収めなければ。寂しがるのはそれからいくらでもできるのだから。

キュッと顔を引き締めて足早にエドワードの元へ向かう。
代わりの護衛も優秀だが、自分が離れている間にエドワードに何かあっては悔やんでも悔やみきれない。
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