228 / 246
第四章 エンディングのその後の世界
私の望み 偽ニリーナ視点
しおりを挟む
誰かが私の名前を呼んでいる。
懐かしい、暖かい声で。
私の名前を知っている人なんてこの世にはもう存在しないと思っていた。
名前を呼ばれるというのはこんなにも嬉しいものだったんだとぼんやりと考えていたら声は更にハッキリと大きくなる。
「ここにいるよ。」
自分にしか聞こえないくらい小さなつぶやき。
それでも声の主は気づいたのか何枚も被されていた布が一枚一枚剥がされていくように少しずつ体が軽くなって視界が明るくなってくる。
「迎えに来てくれたの?」
姿は見えない。でも確実に彼の気配がする。
早く早く、丁寧にしなくていいから早く。私を見つけ出して。
ゆっくりと起き上がり両手を握りしめて膝をつき祈るように上方を見上げる。
そうしてあの時と同じ煌めく星を見つけた時、私の口から深い深いため息がもれた。
喜びと信じられない思いに続いてこんな私をどう思うか、むしろ覚えているのか…
むくむくと湧き上がる不安を抱き込む間もなく私の体はフワリと浮き上がり気づけば彼の手の平の上に座っていた。
「願えと言ったではないか。この地を離れたいと。」
久しぶりに頭に響き渡った彼の声は変わらない。でも見た目はかなり変わって見える。古木のようだった身体は燃えるような輝きを放つ鱗に覆われていて何をぶつけてもびくともしなさそうだし、茶色く濁っていた目は鋭い金色に光り近寄りがたい気高さと威圧感にあふれている。怠惰なトカゲのように日がな一日湖の側でひなたぼっこばかりしていた姿とは大違いだ。
それでも…
「嫌だと言ったはずだけど?」
金色の瞳がスッと細められる。
普通の人間なら恐怖で失神するだろう。
正直私も背筋が震えたけどそれを悟られる前に姿勢を正し真っ直ぐに見つめ返す。
「それで、私を食べるの?」
不意をつかれたように一瞬固まった後金色の瞳に柔らかな笑みのようなものが混ざる。
「我は生き物を積極的に食さぬ。
以前もそう申したはずだ。」
胸の奥がカアッと熱くなり暖かい涙が頬を伝っていく。
「何故泣く。」
曇っていく視界の向こう側で金色の瞳に寂しそうな影がさす。
「何故?何故って…嬉しいから。」
照れ隠しにグイッと手で涙を拭う。
「嬉しいと思いながら涙を流すのか?
人というのは真に不思議な生き物よの。」
以前もこうして呆れたり不思議そうにしながらじっと私を見守ってくれていた。
あの穏やかな二人の時間をまた過ごせるだろうか?
「私はどうなるの?」
こうして再び彼に会えたのだからこれ以上何かを望むのは欲張りか…
答えを聞く前にどこか諦めがついたような気持ちのまま尋ねる。
「望みを言ってみよ。そなたは何を望む?」
改めて聞かれると言葉に詰まってしまい私はしばらく呆然と彼を見つめていた。
本当に正直な希望を言ってもいいのだろうか?
迷う私を彼は黙ってじっと見守ってくれている。
「私は…」
ようやく決心してゆっくりと口を開く。
「私は、貴方と共にありたい。」
言葉を紡いだ瞬間辺りの景色が一変した。
豪華なシャンデリアにこちらを見上げる人々、その中に見慣れた姿を見つけ卒業パーティーの会場だとすぐに分かった。
「精霊と神に認められし賢者よ。」
念話とは比べものにならないくらい深く身体に染み渡るような声、アロイスに言われて力を多少抑えても我々とは計り知れない力の差があることが滲み出てくる。
彼の声に聞き惚れているうちに話の雲行きが怪しくなってきた。
長い時を生きる彼にとって我々の生き死になど些細なことだろうけど、元の世界に戻してもらってもその瞬間に命を失っては何の意味もない。
彼に向けられる目が鋭くなったのを感じ、つい口にした言葉はきちんと彼らに届いたらしい。
一斉に視線が集まり身をすくめるとその視線から遠ざけるように彼が自分の顔の前に私を移動する。
「やれやれ、無事に姿を取り戻したようだな。」
言われて彼の瞳に映る自分の姿を覗き込む。
自分でも思い出せなくなっていた本来の私の姿だ。
(私だ…)
惚けたように念話で呟くとすぐに呆れたような声が返ってくる。
(己の姿に戻れなくなるほど無茶をするなどそなたは子竜より始末が悪い。
今後我が目を離す時はないと思え)
(それって…)
嬉しくて身を乗り出すように彼を見たけれどスッと視線をそらしてマリーベルとの話の続きに戻ってしまった。
(そのように嬉しげにするでない。
我との暮らしなど刺激もなく退屈で果てしなく長いものになるのだぞ。
普通の人間ならば己の運命を呪うところだ。ほんに理解し難い者だそなたは)
竜はマリーベルたちと話しながらブツブツ呟いてきたけど私は安堵や喜びやマリーベルたちの話に興味があって返事をしなかった。
話す時間はこれからたっぷりとあるだろうから。
ついにここを立ち去るとき、マリーベルが話しかけてきた。
「貴女もそれを望んでいますか?」
と。
じっと彼女とアロイスを見つめると竜が何か力を使ったのだろうか懐かしい日本人らしい姿の二人が被って見えた。
ひとりぼっちだと思っていたこの世界で貴重な仲間だったんだろう彼らともっと違う形で出会いたかった。
後悔のようなものが胸をよぎるけれど今更言っても仕方がない。
「今度こそ、自分が望む場所で生きられる。」
せめて自分が望んだことだとしっかり伝わってほしくてきっぱりそう言い切るとマリーベルは嬉しそうな笑顔に変わった。
本当にお人好しというかなんというか。でも、嫌いじゃない。
立ち去る瞬間、私は遥か下方に見える彼らをもう一度目に焼き付けてから竜に抱えられたまま飛び去った。
懐かしい、暖かい声で。
私の名前を知っている人なんてこの世にはもう存在しないと思っていた。
名前を呼ばれるというのはこんなにも嬉しいものだったんだとぼんやりと考えていたら声は更にハッキリと大きくなる。
「ここにいるよ。」
自分にしか聞こえないくらい小さなつぶやき。
それでも声の主は気づいたのか何枚も被されていた布が一枚一枚剥がされていくように少しずつ体が軽くなって視界が明るくなってくる。
「迎えに来てくれたの?」
姿は見えない。でも確実に彼の気配がする。
早く早く、丁寧にしなくていいから早く。私を見つけ出して。
ゆっくりと起き上がり両手を握りしめて膝をつき祈るように上方を見上げる。
そうしてあの時と同じ煌めく星を見つけた時、私の口から深い深いため息がもれた。
喜びと信じられない思いに続いてこんな私をどう思うか、むしろ覚えているのか…
むくむくと湧き上がる不安を抱き込む間もなく私の体はフワリと浮き上がり気づけば彼の手の平の上に座っていた。
「願えと言ったではないか。この地を離れたいと。」
久しぶりに頭に響き渡った彼の声は変わらない。でも見た目はかなり変わって見える。古木のようだった身体は燃えるような輝きを放つ鱗に覆われていて何をぶつけてもびくともしなさそうだし、茶色く濁っていた目は鋭い金色に光り近寄りがたい気高さと威圧感にあふれている。怠惰なトカゲのように日がな一日湖の側でひなたぼっこばかりしていた姿とは大違いだ。
それでも…
「嫌だと言ったはずだけど?」
金色の瞳がスッと細められる。
普通の人間なら恐怖で失神するだろう。
正直私も背筋が震えたけどそれを悟られる前に姿勢を正し真っ直ぐに見つめ返す。
「それで、私を食べるの?」
不意をつかれたように一瞬固まった後金色の瞳に柔らかな笑みのようなものが混ざる。
「我は生き物を積極的に食さぬ。
以前もそう申したはずだ。」
胸の奥がカアッと熱くなり暖かい涙が頬を伝っていく。
「何故泣く。」
曇っていく視界の向こう側で金色の瞳に寂しそうな影がさす。
「何故?何故って…嬉しいから。」
照れ隠しにグイッと手で涙を拭う。
「嬉しいと思いながら涙を流すのか?
人というのは真に不思議な生き物よの。」
以前もこうして呆れたり不思議そうにしながらじっと私を見守ってくれていた。
あの穏やかな二人の時間をまた過ごせるだろうか?
「私はどうなるの?」
こうして再び彼に会えたのだからこれ以上何かを望むのは欲張りか…
答えを聞く前にどこか諦めがついたような気持ちのまま尋ねる。
「望みを言ってみよ。そなたは何を望む?」
改めて聞かれると言葉に詰まってしまい私はしばらく呆然と彼を見つめていた。
本当に正直な希望を言ってもいいのだろうか?
迷う私を彼は黙ってじっと見守ってくれている。
「私は…」
ようやく決心してゆっくりと口を開く。
「私は、貴方と共にありたい。」
言葉を紡いだ瞬間辺りの景色が一変した。
豪華なシャンデリアにこちらを見上げる人々、その中に見慣れた姿を見つけ卒業パーティーの会場だとすぐに分かった。
「精霊と神に認められし賢者よ。」
念話とは比べものにならないくらい深く身体に染み渡るような声、アロイスに言われて力を多少抑えても我々とは計り知れない力の差があることが滲み出てくる。
彼の声に聞き惚れているうちに話の雲行きが怪しくなってきた。
長い時を生きる彼にとって我々の生き死になど些細なことだろうけど、元の世界に戻してもらってもその瞬間に命を失っては何の意味もない。
彼に向けられる目が鋭くなったのを感じ、つい口にした言葉はきちんと彼らに届いたらしい。
一斉に視線が集まり身をすくめるとその視線から遠ざけるように彼が自分の顔の前に私を移動する。
「やれやれ、無事に姿を取り戻したようだな。」
言われて彼の瞳に映る自分の姿を覗き込む。
自分でも思い出せなくなっていた本来の私の姿だ。
(私だ…)
惚けたように念話で呟くとすぐに呆れたような声が返ってくる。
(己の姿に戻れなくなるほど無茶をするなどそなたは子竜より始末が悪い。
今後我が目を離す時はないと思え)
(それって…)
嬉しくて身を乗り出すように彼を見たけれどスッと視線をそらしてマリーベルとの話の続きに戻ってしまった。
(そのように嬉しげにするでない。
我との暮らしなど刺激もなく退屈で果てしなく長いものになるのだぞ。
普通の人間ならば己の運命を呪うところだ。ほんに理解し難い者だそなたは)
竜はマリーベルたちと話しながらブツブツ呟いてきたけど私は安堵や喜びやマリーベルたちの話に興味があって返事をしなかった。
話す時間はこれからたっぷりとあるだろうから。
ついにここを立ち去るとき、マリーベルが話しかけてきた。
「貴女もそれを望んでいますか?」
と。
じっと彼女とアロイスを見つめると竜が何か力を使ったのだろうか懐かしい日本人らしい姿の二人が被って見えた。
ひとりぼっちだと思っていたこの世界で貴重な仲間だったんだろう彼らともっと違う形で出会いたかった。
後悔のようなものが胸をよぎるけれど今更言っても仕方がない。
「今度こそ、自分が望む場所で生きられる。」
せめて自分が望んだことだとしっかり伝わってほしくてきっぱりそう言い切るとマリーベルは嬉しそうな笑顔に変わった。
本当にお人好しというかなんというか。でも、嫌いじゃない。
立ち去る瞬間、私は遥か下方に見える彼らをもう一度目に焼き付けてから竜に抱えられたまま飛び去った。
応援ありがとうございます!
0
お気に入りに追加
106
1 / 5
この作品を読んでいる人はこんな作品も読んでいます!
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる