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番外編
2人の皇子 ソーマ視点
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「命知らずな奴だ、お前も。母親も。」
「母上も…ですか?」
「あれも昔からはねっ返りだった。
まぁあれの血も入っているのだから当然か。」
意外だった
物静かで外といえば庭園内くらいまでしか出ない母がはねっかえりとは…
「其方らも手元から離さないと頑固でな。好きにしたらいいと言ったら本当にその歳になるまで手元に置いておくとは。」
呆れたようにドスンと背もたれに寄りかかるが巨大なソファーはびくともしない。玉座よりよほど丈夫な作りなのではと考えおかしくなる。
「本当におかしな奴だ何をニヤニヤしている。」
陛下の傍からじっとこちらを見ている正妃も訝しむように眉をひそめている。
「申し訳ありません。」
急いで顔を引き締めるが部屋にいる3人が揃って不審そうな眼差しを向けてくる。
面倒くさい。だから嫌なんだ。人の表情をいちいち深読みされて怪しまれるなんて。
「くだらぬ事を考えておりました。
玉座よりそちらのソファーの方がよほど頑丈にできているのではと。」
適当に言い訳するより正直に話した方がよほどいい。そう思って口にする。
さぁ、くだらないと怒り狂うか鼻で笑うか?
だが俺の予想に反して皇帝は口をへの字に曲げたまま(これはいつものことだ)
「うむ」
と頷いた。
「ここはくつろぎの場だからな。強度より見かけを重視する必要もない。」
それだけ口にすると再び黙って葉巻を燻らせる。
アルバ皇子は再び身体の向きを変え視線を窓の外に向けたまま静かに口を開いた。
「私が皇帝の座に興味がないと言えば嘘になる。そなたと違って権力はあればあるほど役に立つと思っているからな。
何故なら…」
ゆっくりと視線を俺に向けた。
「私はこの国が好きだからだ。この国の土地も民も守り発展させていきたいと思っている。
そなたはどうだ?」
唐突に問われて俺はすぐ返事が返せなかった。
嫌いなわけではない。だが、どう見ても異国の血が混じっている俺はこの国のどこにいようと異質な存在で母の国とてそれは変わらない。
この国が好きだし発展してほしいと思うが自分がその頂点に立って采配を振っている姿は全く想像できない。
「お前には野心がない。」
まだ一言も答えていないのに皇帝の大きな声が場の空気を全てもっていく。
「だが人心を掴む力がある。お前が望まずとも周囲がお前を皇帝の座に押し上げようと画策するかもしれん。」
アルバ皇子をじっと見つめたまま俺は答える。
「私を買ってくださるのはありがたいですが、世間では当然アルバ皇子を推す声の方が高いですし、協力者も数多おられます。」
「貴族連中の中ではな。だが民衆に評が高いのはお前だ。特にお前が争いを鎮めた地域の民はお前を崇めていると言ってもいい。
いがみ合っていた領主共もお前の手腕に舌を巻いている。」
皇帝の言葉に皇子も小さく頷いた。
両者がそんな微細なことまで把握していることの方が驚きだが…
「なるほど、ならばやはり私は皇帝の器ではありません。
私は王座に座り指示を出すよりも現地に赴きその場その場で対応をしていく方が性に合っております。大臣たちとの腹の探り合いも好みませんし。」
「私も別に好んでいるわけではないぞ。」
俺の言葉に嫌そうに眉を寄せる皇子に小さく頷きながら続ける。
「しかし貴方ほど上手く大臣たちを掌で転がすことはできません。陛下をも凌ぐほどの手腕だと思っております。」
流石に生意気すぎたかと皇帝に目を向けるが特に気分を害した様子もなく葉巻を燻らせながらつまらなそうに天井を見上げている。
「逆らってくるような煩い連中など切り捨てれば良い。」
その口調が拗ねた子供のようで俺は思わず苦笑してしまった。
それが引き金だったかのように強張っていたアルバ皇子のまとう空気がフッと和らいだ。
「皇帝に敵はつきものだ。足の引っ張り合いもな。特に父上ほどの絶対的強者の跡を継ぐとなると気苦労は絶えないだろう。
野心がなく優秀でできるならば心許せる仲になれそうな味方は何ものにも代え難い。」
ゆっくりと指先まで整った手が差し出される。それなりに武道を嗜んでいるはずだが俺の無骨な手とは大違いだ。
「なってくれるか?」
それはさっき俺が口にした言葉の答えなのだろう。俺を信用してくれると。
正直意外だった。切り捨てられる覚悟でこの部屋を訪れたのだから。
だが、真っ直ぐこちらを見つめる目に偽りの色はない。
俺は静かに膝をつき彼の差し出した手を額にあてる。
「貴方のお望みのままに。」
すると想像よりも強い力で引っ張りあげられまた向かい合う形になる。
「私たちは半分とはいえ同じ血が流れた兄弟だ。立ち位置はこれがいい。」
そして握ったままだった手を一度離して差し出してくる。
思っていたより面白い皇子らしい。
俺はなんだかおかしくなって強くその手を握った。
「ようやく仮面を外したな。そなたの素の笑顔を初めて間近で見た。」
言われて確かに、彼らの前で素になったことなど一度もないことに気づいた。
「余はまだ其方を皇太子に指定しておらぬぞ。」
水を差すような皇帝の言葉に握手をしたままアルバ皇子が振り返る。
「私以上に相応しい者を見出せますか?父上、そろそろ観念なさった方がよろしいかと。」
平然と返す言葉に皇帝はつまらなそうにフンと鼻を鳴らす。
「もっと早くそうした面を見せておれば良いものを。」
かろうじて聞とれた小さな呟きに吹き出しそうになる。
忌々しそうに葉巻を押し消す皇帝の傍で正妃が静かに立ち上がると扉の外から自らワゴンを引き込み手慣れた様子で紅茶をいれ始めた。
上座には紅茶のカップと琥珀色をしたガラス瓶を、さらにカップを三つ机に並べてくれたのでアルバ皇子に続くように俺も席につく。
驚いたのは皇帝も素直にソファから立ち上がりどっかりと上座に腰を下ろしたことだ。
「まったく忌々しい。忌々しいが、まぁ、これで多少の憂いも晴れるというものだ。」
そうしてまるで酒を煽るようにグイッと紅茶を飲み干す。すかさず正妃が再びカップを満たすとガラス瓶から琥珀色の液体を数滴垂らし今度は味わうようにちびちびと口に運んでいる。
「冷めないうちにいただこう。」
アルバ皇子もさっそくカップを手に取る。
一連の流れに慣れきった様子で正妃も席に座るとゆっくりとカップを口元に運ぶ。
一瞬疑念が頭をよぎったが大人しく口にしてみたそれは今まで飲んだことがないほど香り高く味わい深い。茶葉はもちろん最上級だろうがやはり淹れ手の腕が際立っているからだろう。
「美味しいです。」
思わず正妃に笑いかけると今までひと言も発しなかった正妃がゆっくりと笑みを浮かべた。
「ありがとう。貴方に振る舞うことができてよかったわ。」
彼女もこの展開に満足しているようで安心した。
「こやつの茶を口にできる人間は幸運だ。心して飲めよ。近々簡単には味わえなくなるからな。」
「それはどういう意味ですか父上?」
アルバ皇子が不審そうに眉をひそめる。
「お前を皇太子、次期皇帝に指名したら余はこやつを連れてしばらく南の離宮に滞在する。後は任せた。」
ポカンと口を開けたのはアルバ皇子だけではない、俺もだ。
「そんな唐突に!城にどれほどの混乱を招くか…」
「なんだ、自信がないのか?先ほどあんな大口をたたいていたのに?」
完全に面白がっている口調の皇帝にアルバ皇子は拳を握りしめてからニッコリと微笑んだ。
「自信などあるわけないじゃないですか。
父上ほどの偉大な皇帝の跡を継ぐのですから。それでも精一杯やってはみますが。
いろいろと、配慮が足らずお戻りになったときに父上の居場所を残しておくことができていなかったら申し訳ありません。」
「ふん。口さがないやつめ。やはりお前は面白みに欠ける。ソーマ、考え直さぬか?」
「謹んで辞退申し上げます。」
初めて名を呼ばれた驚きと、打ち解けたやり取りに目を白黒させる俺を見て皇帝が大きく口を開けて笑った。その姿も初めて見たもので実は夢を見ているんじゃないかと密かに手の甲をつねってみた。
当然、痛かった。
「母上も…ですか?」
「あれも昔からはねっ返りだった。
まぁあれの血も入っているのだから当然か。」
意外だった
物静かで外といえば庭園内くらいまでしか出ない母がはねっかえりとは…
「其方らも手元から離さないと頑固でな。好きにしたらいいと言ったら本当にその歳になるまで手元に置いておくとは。」
呆れたようにドスンと背もたれに寄りかかるが巨大なソファーはびくともしない。玉座よりよほど丈夫な作りなのではと考えおかしくなる。
「本当におかしな奴だ何をニヤニヤしている。」
陛下の傍からじっとこちらを見ている正妃も訝しむように眉をひそめている。
「申し訳ありません。」
急いで顔を引き締めるが部屋にいる3人が揃って不審そうな眼差しを向けてくる。
面倒くさい。だから嫌なんだ。人の表情をいちいち深読みされて怪しまれるなんて。
「くだらぬ事を考えておりました。
玉座よりそちらのソファーの方がよほど頑丈にできているのではと。」
適当に言い訳するより正直に話した方がよほどいい。そう思って口にする。
さぁ、くだらないと怒り狂うか鼻で笑うか?
だが俺の予想に反して皇帝は口をへの字に曲げたまま(これはいつものことだ)
「うむ」
と頷いた。
「ここはくつろぎの場だからな。強度より見かけを重視する必要もない。」
それだけ口にすると再び黙って葉巻を燻らせる。
アルバ皇子は再び身体の向きを変え視線を窓の外に向けたまま静かに口を開いた。
「私が皇帝の座に興味がないと言えば嘘になる。そなたと違って権力はあればあるほど役に立つと思っているからな。
何故なら…」
ゆっくりと視線を俺に向けた。
「私はこの国が好きだからだ。この国の土地も民も守り発展させていきたいと思っている。
そなたはどうだ?」
唐突に問われて俺はすぐ返事が返せなかった。
嫌いなわけではない。だが、どう見ても異国の血が混じっている俺はこの国のどこにいようと異質な存在で母の国とてそれは変わらない。
この国が好きだし発展してほしいと思うが自分がその頂点に立って采配を振っている姿は全く想像できない。
「お前には野心がない。」
まだ一言も答えていないのに皇帝の大きな声が場の空気を全てもっていく。
「だが人心を掴む力がある。お前が望まずとも周囲がお前を皇帝の座に押し上げようと画策するかもしれん。」
アルバ皇子をじっと見つめたまま俺は答える。
「私を買ってくださるのはありがたいですが、世間では当然アルバ皇子を推す声の方が高いですし、協力者も数多おられます。」
「貴族連中の中ではな。だが民衆に評が高いのはお前だ。特にお前が争いを鎮めた地域の民はお前を崇めていると言ってもいい。
いがみ合っていた領主共もお前の手腕に舌を巻いている。」
皇帝の言葉に皇子も小さく頷いた。
両者がそんな微細なことまで把握していることの方が驚きだが…
「なるほど、ならばやはり私は皇帝の器ではありません。
私は王座に座り指示を出すよりも現地に赴きその場その場で対応をしていく方が性に合っております。大臣たちとの腹の探り合いも好みませんし。」
「私も別に好んでいるわけではないぞ。」
俺の言葉に嫌そうに眉を寄せる皇子に小さく頷きながら続ける。
「しかし貴方ほど上手く大臣たちを掌で転がすことはできません。陛下をも凌ぐほどの手腕だと思っております。」
流石に生意気すぎたかと皇帝に目を向けるが特に気分を害した様子もなく葉巻を燻らせながらつまらなそうに天井を見上げている。
「逆らってくるような煩い連中など切り捨てれば良い。」
その口調が拗ねた子供のようで俺は思わず苦笑してしまった。
それが引き金だったかのように強張っていたアルバ皇子のまとう空気がフッと和らいだ。
「皇帝に敵はつきものだ。足の引っ張り合いもな。特に父上ほどの絶対的強者の跡を継ぐとなると気苦労は絶えないだろう。
野心がなく優秀でできるならば心許せる仲になれそうな味方は何ものにも代え難い。」
ゆっくりと指先まで整った手が差し出される。それなりに武道を嗜んでいるはずだが俺の無骨な手とは大違いだ。
「なってくれるか?」
それはさっき俺が口にした言葉の答えなのだろう。俺を信用してくれると。
正直意外だった。切り捨てられる覚悟でこの部屋を訪れたのだから。
だが、真っ直ぐこちらを見つめる目に偽りの色はない。
俺は静かに膝をつき彼の差し出した手を額にあてる。
「貴方のお望みのままに。」
すると想像よりも強い力で引っ張りあげられまた向かい合う形になる。
「私たちは半分とはいえ同じ血が流れた兄弟だ。立ち位置はこれがいい。」
そして握ったままだった手を一度離して差し出してくる。
思っていたより面白い皇子らしい。
俺はなんだかおかしくなって強くその手を握った。
「ようやく仮面を外したな。そなたの素の笑顔を初めて間近で見た。」
言われて確かに、彼らの前で素になったことなど一度もないことに気づいた。
「余はまだ其方を皇太子に指定しておらぬぞ。」
水を差すような皇帝の言葉に握手をしたままアルバ皇子が振り返る。
「私以上に相応しい者を見出せますか?父上、そろそろ観念なさった方がよろしいかと。」
平然と返す言葉に皇帝はつまらなそうにフンと鼻を鳴らす。
「もっと早くそうした面を見せておれば良いものを。」
かろうじて聞とれた小さな呟きに吹き出しそうになる。
忌々しそうに葉巻を押し消す皇帝の傍で正妃が静かに立ち上がると扉の外から自らワゴンを引き込み手慣れた様子で紅茶をいれ始めた。
上座には紅茶のカップと琥珀色をしたガラス瓶を、さらにカップを三つ机に並べてくれたのでアルバ皇子に続くように俺も席につく。
驚いたのは皇帝も素直にソファから立ち上がりどっかりと上座に腰を下ろしたことだ。
「まったく忌々しい。忌々しいが、まぁ、これで多少の憂いも晴れるというものだ。」
そうしてまるで酒を煽るようにグイッと紅茶を飲み干す。すかさず正妃が再びカップを満たすとガラス瓶から琥珀色の液体を数滴垂らし今度は味わうようにちびちびと口に運んでいる。
「冷めないうちにいただこう。」
アルバ皇子もさっそくカップを手に取る。
一連の流れに慣れきった様子で正妃も席に座るとゆっくりとカップを口元に運ぶ。
一瞬疑念が頭をよぎったが大人しく口にしてみたそれは今まで飲んだことがないほど香り高く味わい深い。茶葉はもちろん最上級だろうがやはり淹れ手の腕が際立っているからだろう。
「美味しいです。」
思わず正妃に笑いかけると今までひと言も発しなかった正妃がゆっくりと笑みを浮かべた。
「ありがとう。貴方に振る舞うことができてよかったわ。」
彼女もこの展開に満足しているようで安心した。
「こやつの茶を口にできる人間は幸運だ。心して飲めよ。近々簡単には味わえなくなるからな。」
「それはどういう意味ですか父上?」
アルバ皇子が不審そうに眉をひそめる。
「お前を皇太子、次期皇帝に指名したら余はこやつを連れてしばらく南の離宮に滞在する。後は任せた。」
ポカンと口を開けたのはアルバ皇子だけではない、俺もだ。
「そんな唐突に!城にどれほどの混乱を招くか…」
「なんだ、自信がないのか?先ほどあんな大口をたたいていたのに?」
完全に面白がっている口調の皇帝にアルバ皇子は拳を握りしめてからニッコリと微笑んだ。
「自信などあるわけないじゃないですか。
父上ほどの偉大な皇帝の跡を継ぐのですから。それでも精一杯やってはみますが。
いろいろと、配慮が足らずお戻りになったときに父上の居場所を残しておくことができていなかったら申し訳ありません。」
「ふん。口さがないやつめ。やはりお前は面白みに欠ける。ソーマ、考え直さぬか?」
「謹んで辞退申し上げます。」
初めて名を呼ばれた驚きと、打ち解けたやり取りに目を白黒させる俺を見て皇帝が大きく口を開けて笑った。その姿も初めて見たもので実は夢を見ているんじゃないかと密かに手の甲をつねってみた。
当然、痛かった。
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