クレーンゲームの達人

タキテル

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僕はキャリーバッグに荷物を詰め込んである場所に出向いた。まるで家出のような大荷物だ。家出と言えばそうなってしまうのだが、気持ち的には軽い旅行のような感覚だ。決して家出ではない。
時刻は夜の二十一時を過ぎた時間帯だ。僕は慣れた手つきであるお宅の呼び鈴を連打する。居留守を使っていても鬱陶しくて思わず出てしまうほどに押し続けた。
「だー! 誰だ! 今何時だと思っているんだ。うるさくてゲームに集中できないだろうが!」
 呼び鈴を何度も鳴らされたことによっていても経ってもいられず家主である神谷が興奮気味で扉を開けた。
「またゲームしていたのか」
 僕はため息混じりに言った。
「ん? 鈴木か。なんだよ、突然来て。来るなら来るってLINEしろよ」
 神谷は突然来たことに少し不満な様子である。
「忘れてた! 気づいたらここにいたわ」
 僕は下手な言い訳を重ねる。
「……気づいたらってなんだよ。それにその大荷物はなに?」
 神谷は僕の後ろに視線を向けてキャディーバッグについて触れた。
「神谷! しばらく泊めてくれないか?」
「はぁ?」
 神谷は怪訝そうな表情で言った。そうなるのも無理もない話であるがここは引く訳にはいかない。
「泊めてほしいんだ」
 僕は真面目に言っていることを分かってもらうため真顔で言った。
「これが可愛い女の子なら喜んで上げるのによりによって鈴木かよ」
 不機嫌そうに言う神谷は頭の後ろをボリボリかく。悪かったな、可愛い女の子じゃなくてこんな冴えない男友達で。
「まぁ、良い。ちょうどゲームの対戦相手が欲しかったところだ。上がれよ」
 そう言って神谷はすんなりと家に上げてくれた。と、言っても動画編集の為にほぼ毎日家に上がり込んでいるので抵抗はない。上がるときはむしろ「お邪魔します」ではなく「ただいま」と言うほど僕はこの家に訪れている。なので、何も抵抗もなく入れる間柄になっていると言える。
「お邪魔します」
 いくら「ただいま」と言える間柄でも親しい仲にも礼儀ありといったもので流石に堂々とそんなことは言えない。そしてキッチリ靴を揃えることも忘れず、僕はアニメ部屋に上がり込んだ。
 最初にこの部屋に入った時は衝撃的だったけれど、今となってはこの部屋が普通に感じるほど見飽きたのだ。大分馴染んでいると言える。
「これ! 一回戦ってくれ」
 神谷は僕にテレビゲームのコントローラーを手渡す。それを受け取った僕は格ゲーの対戦相手をさせられる。当然ながら僕は神谷に勝つことはできない。長年ゲームをやり続けているとはいえ、ゲームに関しては神谷の方が一枚上手なのだ。勝てたとして五回に一回くらい勝てたらいい方である。ウォーミングアップで対戦をした僕と神谷は無言で切りのいいところまで対戦をしてコントロールから手を放し、神谷が聞いた。
「なんかあったか?」
 飯でも食いに行くか? といったような軽い口調で僕に気にかけてくれた。
「……実は」
「やりたいことでも見つかったのか」
 僕が言おうとしたその瞬間、察したように神谷は言った。ドンピシャで続きを先に言われたことにより、僕はなんでわかったのか問う。
「何年とは言わないけど、ほぼ毎日のように一緒に居れば何を考えているのかわかる。いつか言われるかもと薄々感じていた。ワイが勝手に誘ったことや。どこか遠くのところに行くのは鈴木の自由だ。何も驚きも寂しくもない」
 神谷は悟ったように言う。
「考えて見れば、僕の人生を狂わせた張本人は神谷だったよね。覚えている? 初対面のきっかけ」
 僕は初めて神谷と出会った日について触れる。
「あれだろ? ゲーセンで……」
「うん。うん」
 僕は煽るように頷く。
「格ゲーの対戦相手として戦った時だろ?」
 僕は拍子抜けして座りながらもずっこけた。
「それは喋ったきっかけでしょう。出会ったのはもっと前だから!」
「え? 嘘、いつ?」
 神谷は惚けているわけでもなく真面目にわからないといった感じで首を傾げる。神谷は今の今まで僕が元ゲーセンの店員であったこと、神谷のせいで職を失ったことは知らない様子である。知っているのは僕が落ちるに落ちていった成れの果てからしか知らないみたいだ。あえて自分から話題を振ることもなかったし、神谷もなぜ無職をしているのか聞いてこなかった。だからあの時、格ゲーの対戦をきっかけに喋ってからの僕の姿しか神谷は知らないということになる。
 このまま何も知らないのは僕としても心がモヤモヤする為、カミングアウトをする時が来たようだ。いや、ただ神谷の記憶力に問題があるのであって今更といったような話になる。
 だから僕は順を追って昔話をするかのように神谷に語ったのだ。僕は神谷のことを『疫病神』と呼んでいたこと、嫌でも目に入る存在であったこと、神谷のおかげで職を無くしたこと。何もかも包み隠さず一部始終漏れがないように伝えた。
「…………ふぇ?」
 人は驚いた時はうまく言葉で表現できないことを僕は目の当たりにした。神谷は間抜けズラで殴りたくなるような声の漏らし方である。そしてようやくまともな言葉が出たと言えば「それはわるかった」と片手を上げて軽い口調で言ったくらいだ。絶対に悪いとは思っていないが今更怒る気にもなれなかった。
「基本、ワイは店員以前に人の顔はまともに見たりはしない。赤の他人なら尚更覚えているほど視野に入れないし、行きつけの店の店員すら見ないと言ってもいい。例外と言えば可愛い子ちゃんなら忘れないほどじっくり見る。男はどうでもいいから覚えているほど見ても意味ないからさ」
 と、神谷は周りの人間の顔は一切覚えていないと言い切ってしまう。店員時代の頃でも何回か神谷と言葉を交わしている。神谷がクレーンゲームで位置を変えて欲しいと僕にお願いして変えたことや、閉店時間を過ぎても居座っていたので帰るように促すこともあった。店員と客の関係でも軽いやりとりはしているのにも関わらず覚えていないはさすがに酷いというかそれほど僕の存在がどうでもよかったのだと解釈できる。
「そういえばよく見たら店が潰れた店員とそっくりだわ!」
「いや、それ僕本人だからそっくりに決まっているし!」
 あー! と言いながら神谷の記憶は戻り始めたようだ。思い出してくれただけでもよしとするべきなのかもしれない。
「ホント、今更だな。なんで言わなかったんだよ。水臭い」
 なんでと言われても僕はうまく答えられない。単純に流されたという感じになりうやむやになってしまっただけだ。
「今後、どうしたい訳?」と、神谷は話を戻した。
「笑われるかもしれないけど、やっぱり僕は夢を捨てきれない。確かにこのまま神谷とYouTuberを続けていっても悪くはない。むしろ、楽しいし、居心地が良い。この歳で夢とか言って恥かしいけど、でもプログラマーになりたい。その気持ちは消えることはないんだ」
「笑わないよ。いいんじゃないか? 好きなようにやればいいさ。鈴木の人生だ。ワイがとやかく言うギリはない」
 神谷はあっさりと背中を押してくれた。
「もしプログラマーになったらコンビを解散することになるかもしれないんだよ? それでもいいの?」
「構わん。解散するのも夢を追うのも自由だ。そもそもプログラマーって言ってもどうやってなるんだよ。ちゃんとなる為の道筋はできているのか?」
 痛いところを突かれ、一瞬口籠もる。
「いや、そのなりたいという決心が付いたという意味で具体的にそのなんていうか……」
 僕は人差し指同士をくるくるしてもじもじされる。
「だろうな」
 神谷は知っていたように頷く。その姿がなんだか虚しく感じる。
「よし。鈴木! ワイに良い考えがある」
「良い考え?」
「あぁ、ある人をお前に紹介してやろう」
 僕は神谷の考えに不安しか感じなかった。
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