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第2章 嫌われた英雄

第66話 マッサージ

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「ひゃっ!」
「うわっ」

 するとアイネがガバッと体を起こしてきた。
 当然のように俺とスイは驚き尻もちをつく。
 後ろがたき火のため、少し冷や汗をかいた。

「そ、そうか?」
「うん、なにこれ、マッサージ?」

 そう言いながら俺にぐいっと頭をつきつけてくる。

 ──せめてさっきと同じ体勢をとってくれないからなぁ……

 アイネの濡れた髪が見事にヒットし、俺の服も濡れてしまっている。
 とはいえ、流石にこれぐらいで怒る程、俺の器も小さくない。
 アイネの無言の訴えに応じてもう一度アイネの頭をぐっと押してやる。
 するとトワが怪訝な表情で話しかけてきた。

「ん? どういうこと? リーダー君が何かやってるんの?」
「リーダーがぐっと押してくれるんすよ。それが気持ちいいの」
「へー、ボクも人間の大きさだったらなぁ」

 うらやましげにトワがアイネのことを見つめている。
 そのまま俺の肩に移動すると何か言いたげに俺に視線を移した。
 とはいえトワの頭は指でつまめるほどに小さいのだ。当然できるはずがない。
 仮にやったとしたらトラウマものの光景が繰り広げられることになるだろう。

「あの、タオル。持ってきました、すいません。最初に持ってこなくて」

 と、いつの間にかスイが手にタオルを何枚かもってきていた。
 帯を首にまいているとはいえ濡れた髪を放置しておくのはアイネも気持ち悪いだろう。
 俺はそのタオルを手に取りアイネの頭にかけてやる。

「どうもー、はぁー……すっごくすっきりしたぁ」

 タオルを頭に押し付けながら顔を拭き、アイネが笑みを見せてきた。
 なかなかに解放的な表情をしている。

「……そんなに?」

 と、スイが少し声のトーンを下げてアイネに尋ねる。
 するとアイネはニヤリと笑うと携帯シャワーを指さした。

「先輩もやってみます?」
「え、でも……」

 ちらりとスイが俺に視線を移してくる。

 ──まさか、この流れは……

「ほらほら、ここにうつ伏せになるっすよ」
「ちょっと、きゃっ……」

 なんか悲鳴っぽい声をあげているが、スイはさっきまでアイネがうつ伏せになっていたところにしゃがんで自ら自分の髪にブラシを通している。
 しばらくするとスイは首を丸太に預け、アイネがスイの髪を持ち上げた。

「ほら、ウチがこうしとくんで。リーダー」
「え、またやるのか?」
「うっ……い、嫌じゃなければ……お願いできますか……?」

 ──すでにその恰好が洗う気満々じゃないですかっ!

 そう突っ込みたくなる気持ちはあったが、別に嫌だという訳ではない。

「……分かった」

 スイの髪にも同じように水をかけシャンプーを泡当てる。
 
「んっ……あ、上手ですね。たしかに。なかなか気持ちいい……」

 スイの髪はアイネの髪よりさらに滑らかなさわり心地だった。
 それだけにさらに背徳的な感覚を覚える。

「そもそも人に頭洗ってもらう機会なんてないっすよねぇ。父ちゃんと風呂に入ってた頃はやってもらった記憶あるけど」
「散髪する時にやってもらったりしないのか?」
「んー、髪は自分で切っちゃいますからね。毛先を整える程度ですし」
「トーラに散髪屋さんていないんすよ。だからウチらは結構自分で切ってるんす。にしても先輩の髪の毛マジでサラサラっすね。持ちにくいっすよ」
「そ、そうかな……」

 うつ伏せになっているせいでスイの表情は良く見えないが多分照れ臭そうにしているのだろう。
 そんな表情を連想させる声だった。
 一方のアイネは少し眉をひそめながら手をもたつかせている。
 どうもスイの髪の毛が指から落ちてしまうらしく必死につかんでいるらしい。
 あまり長引かせるのもかわいそうだろう。二人とも同じような髪の長さのためある程度要領はつかめている。
 俺は一回アイネからスイの髪を受け取ると全体に泡を行き届かせ、その後にスイの泡を流す。
 そしてアイネにもう一度スイの髪の毛を渡しスイの頭をぎゅっとおしてあげた。
 
「あっ、なにこれっ。あっ……うあっ……」

 と、スイが変な声で善がりだす。

 ──これではスイも人の事を言えないのではないだろうか。

「おい、変な声出すなって……」
「あー……こういうマッサージあるんですね。あ、あー……」

 だが俺の声は聞こえていないようだった。
 アイネがニヤニヤと笑っている。

「ほら、気持ちわかったでしょ?」
「うん、これいいね……あー……んっ……」
「はい、終わり」

 スイの声を聴き続けるのが妙な意味で辛くなりそうなので俺はそこで手を止める。
 するとスイがタオルをかぶりながら起き上り、残念そうに苦笑いを見せてきた。

「うーん、ちょっともったいないですね」
「まぁ気に入ってくれたならよかったよ」

 あまりに伸びすぎた髪の毛を切りに行った時に、ハゲることを心配されまくったあの時の経験が活きたようだった。
 顔もよく覚えていないがその時の理容師に感謝しないといけないだろう。よくもまぁ、あんな不潔な俺の髪を涼しい顔で触っていたものだ……
 と、そんなどうでもいいことを考えていると──

「じゃ、次はリーダーの番っすね」

 アイネが携帯シャワーを片手に俺に近づいてきた。
 
「え、俺?」
「今度は私達が洗ってあげますよ」

 アイネの方を見ていると、スイが後ろからガバッとアイネがつけていた帯を首にまいてきた。

「いや、ちょっとまて。俺そんなに髪長くないし一人で出来るぞ」
「あーもー、空気読めてないねリーダー君は。そういう問題じゃないんだよ」

 俺の顔の前でふわふわと飛ぶトワが変な事を思いついたいたずらっ子のような笑顔を見せている。
 スイとアイネも濡れた髪をパタパタとさせながら同じような顔をしていた。

「そういうことっ」
「はい、お礼です」
「いや、まて……うごっ!」

 半ば力づくで、俺は丸太に顔を預けうつ伏せにされる。

「じゃあながしますね。短いからブラッシングは大丈夫ですよねっ……」
「うっす。じゃあぶちまけるっす!」

 ジャーっと俺の頭に水をかけてくるアイネ。

 ──ちょっと待て、俺はもう少し優しくやらなかったか?

 そんなふうに内心でアイネに抗議をしているとスイが凍りついた声色を出した。

「あっ、シャンプーが切れてる……」

 この後、超適当に頭をシャワーでぐしゃぐしゃに洗われた。
 まぁ、このぐらいは水に流すとしよう。……シャワーだけに。
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