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第2章 嫌われた英雄

116話 バレバレ

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 スイのうわずった声がきこえてくる。
 おそらく、魔法の知識に疎そうなアイネよりも冒険者として経験を積んできたスイの方が魔法の強さを正しく認識しているのではないだろう。


 ──でも、それだけじゃなさそうだな……


 少し心が苦しくなる。
 俺がこの魔法の練習をしたのはあくまで命綱を確保するためだ。
 敢えて皆に見せびらかすつもりで披露したわけじゃない。

「……あまりにもリーダーが強すぎて……ははっ、なんかおかしくなっちゃいますね。これなら最初から──」

 そう言いながら乾いた笑い声をあげるスイ。
 魔法によって破壊された大地を見つめながらアイネがはしゃぐ。

「あははっ! ウチもおかしいっすよ! 魔術師って皆こんな魔法使えるわけじゃないんすよね?」
「えぇ……あの威力の百分の一を出せて一人前って言ったところでしょうか……」

 スイの手が、その胸の前で交差する。
 ぎゅっと握りしめられたその手は少し震えているように見えた。


「不意打ちをかけたら多分一撃で終わるんじゃないでしょうか」


 明るく『作られた』その声をきいてアイネがぴょんぴょんとジャンプする。

「たしかに! あれに耐えられるヤツなんて想像できないっす!」
「流石じゃん、リーダー君! これならサラマンダーなんて楽勝だねっ!」
「そっすね! リーダーに任せればクエスト達成なんて余裕っす!!」

 アイネとトワはクリスタルブリザードが放たれた場所の方ばかり見ている。
 だから気づいていないのだろう。



「……止めろ」



 そうするつもりは無かったのだが。
 恐ろしく冷たい声が自分の口から出てきてしまった。

「ん、リーダー君……?」
「……どしたんすか?」

 二人が怪訝な声をあげながら振り返る。
 その顔は俺の声色の変化を察知したせいか、少し強張っていた。

「……いや、それでいいのか?」
「え……?」

 スイに視線を移す。一歩、スイが俺から距離をとる。

「俺が一撃で倒して終わり。それでいいのか?」

 ずっと、どこかでひっかかっていたその疑問を口にする。
 サラマンダー討伐という目標なら今の魔法で達成はできると思う。

 ──だが、それで本当にスイに恩を返したことになるのだろうか? スイを助けた事になるのだろうか?

「リーダー……? あ……」
「スイ、ちゃん……?」

 アイネとトワが神妙な面持ちで近づいてきた。
 ……どうやら、二人も察したらしい。

「えっと、どういう意味ですか? サラマンダーを倒せれば私はそれで……」

 淡々とした抑揚のない声でスイが答える。

 ──もう、バレバレなんだよな……

 スイがこのトーンで話す時は、いつも自分の感情を殺している時だ。

「でもライルには譲らなかっただろう」
「それは……ライルさんに譲ると交際を受け入れざるを得なくなると思ったからで……」
「本当にそれだけか?」

 その問いかけにスイは数秒、沈黙する。

「……どういう意味ですか?」

 ──だめか。

 ふと、ため息が出てくる。
 本当は自分の口で言ってほしかった。頼ってほしかった。
 だが彼女はそうしないだろう。俺自身も、俺が頼れるような人間じゃないことは分かっている。
 ならば俺が言うしかない。無理にでも引き出すしかない。


「スイ。本当は自分でサラマンダーを倒したいと思ってるんじゃないか?」
「っ……」

 スイが押し殺すような呼吸をして、のどをならす。
 今度の沈黙はさっきよりも長い。

「…………気のせいですよ」

 絞り出すような声で答えるスイ。
 そんな訳ない。誰が見たって分かるのに、彼女はまだ隠そうとしている。

「俺は、サラマンダーはスイが倒すべきだと思う」
「っ……」

 スイが息をのむ音がきこえてきた。
 そのまま声もあげず、じっと沈黙を守るスイ。
 会話を拒絶されているようだ。
 だが俺が辛抱強く彼女の事を見つめ続けていたせいだろう。
 諦めたように彼女は口を開く。

「で、でも……そんな回りくどいことしなくても……貴方が戦えば……」

 返ってきた言葉は期待したものではなかった。
 一つ、ため息をついて間を置く。

「スイ」

 俺の呼びかけに、スイがびくりと体を震わせる。
 あまり気持ちの良い対応のされかたではない。
 しかし、ここまで言ってしまっては俺も言葉をのみこむことはできない。

「そもそもサラマンダー討伐の依頼を受けたのは何故だ?」
「え……そ、それは……」

 言葉を濁すスイ。
 もっとも、これは前振りだ。別にスイに質問をしたかった訳じゃない。

「周りにあぁやって何か言われるのが辛かったんだろ。だから自分の実力を示したいと思ったのがきっかけなんだよな?」

 彼女が直接そう言った訳ではない。
 だが今までの会話がどういうものだったか──記憶を追えば、そういう気持ちであったことは簡単に想像できる。
 そしてそれは、そこまで間違っていないはずだ。

「その目的って、俺がサラマンダーを倒して達成できるものなのか?」
「──!」

 俺から視線をそらすスイ。動揺しているのが明らかに見てとれる。

「で、できますよ……一応、形式的には私が達成したことに……」
「それってスイにとって意味があるのか?」

 ライルのアプローチに関してはひとまず拒絶する理由ができるかもしれない。
 でもそれは一時的なものだ。根本的な解決になっていない。
 あの様子を見れば別の機会を狙って繰り返しスイに言い寄ってくると容易に想像がつく。

「スイさ。俺に協力を頼む時『噂通りズルすることになる』って言ってたよな。実はそれが少しひっかかってたんだ」

 ……そう、俺は勘違いをしていた。
 サラマンダーを倒す事でスイを助ける事ができるのだと。
 でも、よくよく考えてみればスイを悩ます根本はサラマンダーそのものではない。
 それだけではこの問題は何も解決しない。

「本当は自分の力でサラマンダー討伐を成し遂げたいと思ってるんじゃないか? 俺に倒してもらうってやり方に納得できてないんじゃないか?」

 スイに一歩詰め寄って俺はそう彼女に問いかける。
 そんな俺に、スイは顔を伏せ冷たい声を返してきた。

「……納得できるかどうかは関係ないですよ。結果としてサラマンダーの討伐が私にできるか、できないか。問題はそこじゃないですか?」
「それならスイが戦う事に問題は無い」
「……え?」
「サラマンダーのレベルは100だったよな。何度か考えたんだけど……やっぱり、スイが倒せない相手じゃないと思う」

 レベル補正がどのようにこの世界に反映されているのかは把握できない。
 ところどころ、ゲームには無かった点、ゲームとは違う点があるのは確かだ。
 この世界でサラマンダーを見た訳でもないのにそう感じるのは、俺の願望が混じっていたせいかもしれない。
でも、それでも──スイが勝てない相手とは、どうしても思えなかった。

「そんなことは……それに、私は別に自分で倒したいなんて……」
「それなら──」

 ──まだ言うか。

 苛立ちにも似た感情を抱き、俺は反射的にスイの肩をつかむ。
 怯えたように体を震わせて、顔を伏せようとするスイ。
 だがそれを俺は許さない。

「それならっ、そんな顔しなくたっていいだろっ……!」
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