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第2章 嫌われた英雄

125話 ズル

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「え……」

 背後からスイの絞り出すような声が聞こえてきた。
 前にいるサラマンダーは勝利を確信しているのだろう。
 やたらゆっくりとこちらに近づいてくる。

「──やはり、おかしいな」

 疑念が確信に変わったのはサラマンダーの右前脚を見た時だった。
 最初にスイが攻撃し欠けたはずの棘が再生している。
 そしてスイのフォースピアーシングのダメージもサラマンダーに残っている気配がない。

 こんな再生能力は、圧倒的な防御力は、そして驚異的なスピードは、ゲームのサラマンダーには無かったものだ。例えゲームとこの世界が違うとしても、魔物の強さでここまでの差が出たことは今まで無い。

 つまりこのサラマンダーは本来のものとは違う能力を持っていると考えてよいはずだ。
 その事象をどうやったら合理的に説明できるか。
 ゲームの知識から考えらえる心当たり。それは──



 このサラマンダーに、何か支援魔法がかけられているということだ。



「ディスペル!」


 ディスペルは対象にかかった支援魔法を解除する呪術師の魔法だ。
 その魔法名を告げた瞬間、サラマンダーの体から淡い青の光がガラスの割れたような音と共にはじけ飛んだ。

 ──やはりな。

 ディスペルは対象者に支援魔法がかかっていなければ失敗する。
 そして失敗の際には「スキルフェイルド」という文字がログに流れるだけでエフェクトが発生しない。
 つまりディスペルのエフェクトが発生したという事がサラマンダーに支援魔法がかかっていたことの証拠になる……そう考えていいはずだ。

「カースリジェクター!」

 続いてさらに魔法をかける。
 カースリジェクターは対象となった者があらゆる支援魔法を受けられなくなる呪術師の魔法だ。
 サラマンダーの体を青紫の光が包み込む。

「……え、何をしているんですか?」

 スイの訝しげな声が聞こえてくる。
 ディスペルもカースリジェクターも主に対人戦で効果を発揮するものだ。
 一人で冒険者を続けていたとなれば集団戦──それも対人戦の経験が殆ど無いはずだ。
 この魔法をスイが知らないのも無理はない。

「これでいけるはずだ」

 だが魔法の効果を説明する時間はなさそうだった。
 サラマンダーは俺がけた魔法に少し警戒した素振りを見せていたが再びこちらに歩み寄ってきている。

「は……? え……?」
「あのサラマンダーには支援魔法がかかっていた。それを消したんだ」
「ど、どういうことですか……?」
「とにかく、これで互角に戦えるはずだ。戦えるか?」
「え、いや、そんな……」

 スイの顔がひきつる。
 恐怖の色を浮かべながら一歩後ずさりするスイ。

 ──まぁ、そりゃそうだよな。

 我ながら、無茶な事を言っているという自覚はある。

「む、無理ですよっ! さっきの攻防みたでしょう? 私、やっぱり──」
「こいっ、スイ!」

 サラマンダーはすぐそこまで迫っている。
 ゆっくりと説明することはできない。
 だから俺は、スイを抱きかかえて走り出す。

「え──」

 サラマンダーが体を起こして腕を使って攻撃してくる。先ほどから何度かみた動き。
 同じようなモーションで、同じような角度から振り下ろされる。
 ……だが、その速さだけは違っている。

「よく見ろっ! あれがサラマンダーの地力だ」
「え……そんな……えっ……??」

 腕の中でスイが困惑した声を出す。彼女にも明確に分かったのだろう。
 今までよりもそのスピードが落ちていることに。
 体を半回転させて尾を叩きつけようとするサラマンダー。
 それをジャンプして回避する。


 ──いや、やべぇな。このジャンプ力。


 自分でやっておいてなんだが数メートルのジャンプを、スイを抱きかかえたままやってしまうとは。
 そしてそんなジャンプが可能であると何の疑問も持たずに行動に移してしまった自分の感覚にもやばさを感じる。
 もっとも、こんな事ぐらいは流石に慣れてきてしまっている。もはや驚くに値しない。

「スイ。本当に君が勝てない相手か?」
「…………」

 サラマンダーの背後に着地して、スイを腕から降ろす。
 少しふらつきながらサラマンダーを見つめるスイ。

「で、でもっ……遅く見せてるだけかもしれないですし……それに、攻撃が通らないんじゃ……」

 出てきたのは弱々しい声だった。
 先ほどの攻防で気圧されてしまっているらしい。

「通る! 一回だけでいい! あいつに技を決めてみろ! そうすれば分かるっ!」

 そんな精神状態では勝てるものも勝てないだろう。
 思わず、スイの肩をつかむ。

「頼む、信じてくれ! アイツはもう勝てない相手じゃない! 『ズル』をしていたのは──サラマンダーの方だったんだ!!」
「……っ!」

 スイの息を吸い上げる音が聞こえてきた。
 僅かに見開いた目で俺のことを見つめてくる。
 数回の瞬きの跡、スイはこぼれた少しの涙を肘の裏でぬぐった。
 
「……分かりました」

 もう一度剣を構えなおしてサラマンダーを睨みつける。
 何度も競り負けた相手に命を懸けてその表情を向けることがどれだけ難しく、怖いことなのか──俺には分からない。
 現に、スイの表情からは恐怖の色が消え去っていない。

「あの」

 強張った頬に手をあてて無理矢理、口角を上げる仕草をするスイ。
 誰が見てもハッタリだと分かるバレバレな笑顔を見せてスイが俺に話しかける。
 
「私が死にそうになったら──」
「助けるよ。当たり前だろ」

 どう答えてやるのがいいのか分からないのもあって、思わずスイの言葉を遮ってしまう。
 するとスイはきょとんとした顔を見せてきた。

「……ふふっ、頼もしいです」

 鼻でため息をし、剣先を肩にこんこんと当てる。
 そしてサラマンダーの方に視線を移すとふっと目を細めた。

 ──少しは緊張が抜けたかな。

 その仕草を見て、俺は少しだけ安堵した。

 ……同時に、考える。


 ――誰が、支援魔法なんかを……?


 少なくとも。
 俺が知る限りでは……心当たりは、『アイツ』しかいない。
 そんなことをするメリットがある奴がそれ以外考えられないからだ。

 でも、アイツに支援魔法なんかできるのか――?
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