王太子様、あなたが見捨てた「雑草」は万能薬でしたけど?

奥野碧

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第12話

 領都アルデンブルクは、ミントンの十倍の規模の大都市だった。

 石畳の大通りには馬車が絶え間なく行き交い、四階建ての建物が立ち並ぶ。ジークハルトの馬車はまっすぐ大公爵邸の門を潜り、客人用の車寄せに停まった。

「どうぞ、こちらへ」

 出迎えた家令の後について、リリアは長い廊下を進む。内装は豪奢というより、古く、品のある落ち着きに満ちていた。壁には歴代当主の肖像画、床には深い赤の絨毯。ヴェルモリアの王宮とは、空気の重みが違った。

 案内された寝室では、老紳士が大きな寝台に横たわっていた。

 白髪、痩せた頬、閉じられた瞼。傍らには看護の侍女と、額の汗を拭う若い執事。部屋に満ちているのは、病の匂いではなかった。もっと別の――金属のような、冷たい気配。

 リリアは、一歩踏み込んだ瞬間に気づいた。

 これは、病ではない。毒だ。


「リリア殿」

 寝台の枕元に座っていた貴婦人――大公爵夫人と思われる女性が、静かに立ち上がった。

「遠いところをお越しくださり、ありがとうございます」

「いいえ。どうか、楽にしていらしてください」

 リリアは礼を返し、寝台の傍らにそっと近づいた。老当主の手を取り、脈を感じる。呼吸を聞く。体の内側の気配を、静かに辿る。

 間違いない。

 じわじわと、数ヶ月をかけて――いや、もっと長いかもしれない――微量の毒が、体に積もっている。単発の毒殺ではない。継続的に、ほんの少しずつ、摂取させられていた。毒の種類は、金属性のもの。服用した薬、あるいは日常の食事に、ごく僅かに混ぜられていたのだろう。

 リリアは、静かに顔を上げた。

「夫人」

「はい」

「こちらの方、病ではありません」

 夫人の顔が、凍りついた。

「――毒です。長い間、少しずつ盛られていた」

 部屋の空気が、ひんやりと重くなった。


「お疑いでしたら、改めて宮廷医にお調べいただいても構いません。ただ、一般的な毒物検査ではおそらく検出されません。特殊な浄化茶を続けて飲ませなければ、体の奥から毒は抜けません」

 リリアは、静かに続けた。

「失礼ながら、お屋敷の使用人の中に、長くこの方のお世話を任されている方はいらっしゃいますか」

 夫人は、震える声で答えた。

「……十年来の、薬係の者が」

「その方の身辺を、内密にお調べください。今は、それ以上は申し上げられません」

 リリアは、自分の持参した茶器と薬草を取り出した。銀葉草、月光苔、そして解毒に特化した希少な根――全て、王宮から持ち出した種から育てたものだ。

 慎重に湯を注ぎ、蒸らし、濾す。琥珀色の茶が、カップに満たされた。

「これを、三日間、朝晩に」

 夫人の手に、小瓶に移した茶を渡す。

「三日後に、また参ります。様子を見て、次の調合を決めます」

 夫人は、小瓶を受け取ったまま、ぽろぽろと涙を流し始めた。


 廊下に出ると、柱の陰でジークハルトが待っていた。彼は、リリアの顔を一目見て、全てを察したようだった。

「――毒、ですか」

 リリアは、静かに頷いた。

「詳しいことは、屋敷を出てからお話しします」

「わかりました」

 ジークハルトは、それ以上を問わなかった。ただ、リリアの歩調に合わせてゆっくりと歩き、屋敷の門を出た。

 馬車に乗り込み、扉が閉まった瞬間、リリアは深く息を吐いた。体の芯から、緊張の糸が緩んでいく。

「お疲れ様でした」

 ジークハルトが、向かいの席から静かに言った。

「――リリア殿」

「はい」

「あなたは今日、人の命を救いました」

 リリアは、窓の外を見たまま、首を横に振った。

「まだ、救えていません。三日後、ちゃんと毒が抜けるかどうかを見届けるまで」

「それでも」

 ジークハルトの声は、柔らかかった。

「あなたの力は、今日、確かに一人の人間の生を、引き戻した」

 馬車は、夕暮れの街道を走っていた。窓の外では、雪が細かく舞い始めていた。
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