盤外の女神

雲雀 聖瑠

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勇者と盤外の女神

前編

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世界が魔王によって心を失って数年。

瘴気は減ったが、物流や人の流れは途絶えてしまっている。

瘴気による飢餓に喘いでいた時代は、魔王による経済不況に困窮する時代へと移行した。

そんな時代を生きる私の名はルーリング。『裁定』を司る女神の巫女だ。

ルーリングは本名でなく、『裁定』の女神の巫女が代々名乗る名前だ。本名は巫女となったその時に忘れてしまった。俗世を捨てて女神に尽くせという啓示なのだろう。そう悟った私は身内とも完全に縁を切って巫女となった。



数年前、女神が信託を下した。

『魔王が復活した。六神の力を宿した勇者に協力し、魔王を封じよ』



私は驚愕した。生贄を代々排出し、封印を保ってきたクライムレス国の儀式は滞りなく行われたと報告を受けたというのに。

だが、如何なる理由であろうと与えられた役割を怠ったことは確かである。

私は『裁定』を下す。クライムレス国への援助をすべて停止し、国から出奔しようとするものを罪人として拘束するように命じた。

女神から与えられた役割を損じたものがどうなるのか。それを身をもって知らしめなければ愚かな人々はすぐに女神への信仰を忘れてしまう。

その信仰を疑ってはいけない。信じることで私たちの繁栄は約束されているのだから。



女神の加護に適合した人間は巫女と呼ばれ、己が主神の代行者という存在になる。

その権威は貴族であろうと国王であろうと届かぬ高みにあった。

だが、それと同時に女神の意思を必ず成し遂げなければならない重責も背負う。



「ルーリング様、自称勇者様が三名いらっしゃいました」



信託は各女神が守護する六大国を中心に世界各地に伝わっている。

それ以降、金や名声を求める不埒物が巫女の元を訪れるようになった。

女神に栄誉を賜わりし勇者を騙るなど公開で拷問にかけたのちに死刑になるのだが、困窮したこの時代、命がけで詐欺を働こうとするものはどうしても途絶えない。

魔王を封じればまたあの輝かしい時代が再来するに違いない。

だから、私は勇者が訪れるのを待っている。



謁見の間に赴けば、報告通り三人の勇者を名乗る人間がいた。



一人は20代前半の青年。爽やかな印象ないかにもな好青年だ。肉体は確かに勇者を騙るだけあって鍛え上げられている。私の姿を見ると礼儀正しくその場に跪いた。



二人目は、20歳前後の女性。自分に絶対の自信があるのだろう。背筋をきれいに伸ばし、礼を取る。女性にしては来たられているが一人目の青年には劣る。



三人目は10代の少年だった。身なりが整っておらず、とても巫女である私に謁見する姿ではない。たとえ本物の勇者であったとしても許容しがたい存在だった。その瞳は昏く澱んでおり三人の中で唯一私に礼を取らなかった。



「貴様らが勇者を騙る者たちか?」



「はい。その通りでございます。横の二人と違い、私こそが本物の勇者セルジュ」



「いいえ、わたくしこそが本物の勇者レイラです。巫女ルーリング様」



「…………」



青年と女性が互いを牽制しあうように名乗りを上げる。対して少年はこちらを見定めるような視線をよこすばかりで言葉を発しない。



「赤子ですら知っている事実だが、女神の信託を受けし者を騙ることは重罪である。それを脳裏に刻んだうえでもう一度応えよ。貴様が勇者か」



ゴクリと二人は私の気迫に押されて唾を呑み込む。



「くだらない」



ここへきて少年が初めて口を開く。声変りがまだな高い声だった。いやもしかしたら少女だったのかもしれない。汚れた身なりでは性別を判別できない。



「かような茶番にいつまで時間を浪費するか『裁定』。とっとと己が役割を果たせ」



「なっ、無礼な!」



少年の口の利き方に部下が眉を顰める。

横の二人はこれ幸いとばかりに、少年が偽物であると糾弾した。まずは候補者を一人減らすつもりなのだろう。浅ましい。



「貴様、名は?」



少年は目を細めて嘲笑する。



「女神に役割を与えられたものに名前などありはしない」



「決まりだな」



私は少年の前に歩み出て跪く。



「『裁定』の巫女ルーリング。今宵より、私はあなたの配下に下ります。我が身を何なりとお使いください。勇者様」



その場の誰もが驚愕に表情を彩らせる。



「な、何の間違いです! こんな薄汚いガキが勇者のはずっ!」



「貴様ら二人は勇者を騙った罪で拘束する。一週間後には五臓六腑を晒すことになるだろう」



連れて行けと部下に命じれば、速やかに彼らは拘束された。

そう。あの二人は名乗った瞬間に偽物だと判明してしまった。それ以前に巫女だからわかる女神の力をあの二人からは全く感じなかったのだ。

対して、勇者からは複数の女神の力を感じる。

六神の力を宿す勇者。正直、思い描いていた理想とは程遠い人物像だった。

旅立つ前に勇者に湯あみをさせ、衣服を新調させた。さすがに物乞いより汚い身なりのものの隣を歩きたくはなかったからだ。

綺麗になった勇者は驚くほどの美しさを持っていた。少年とも少女ともとれる中性的な顔立ち、雪のように肌は白く、髪は黒檀のように黒く、まるで彫刻のようだった。唯一顔色に生気がなく、瞳にも光がなかったが、その異様さも相まって唯一無二の美しさを持っていた。



巫女は生涯独身の習わしだ。それに伴い煩悩は捨ててきたつもりだった。だが、私は一瞬勇者に劣情を抱き、すぐに自身を恥じた。何をやっているのだ。私も勇者も偉大な使命があるというのに。

だが、まさしく理想的な勇者が目の前に現れたことに私は舞い上がっていたのは確かだ。
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