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第8章 傷痕とキス
なにもない部屋
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ビルの近くで食事を済ませて大通りに出た。
日曜日の夜だからなのか、ライトアップされていても、オフィス街は、都会とは思えない静けさだ。
「まだ暑いね。」
8月の下旬。
もう夜の10時を過ぎているのに、空気はまだ夏の熱を抱えたままで、夜風がじんわり首筋にまとわりついてくる。
「よければ今日、うち泊まっていきませんか? ここからわりと近いし。今から電車に揺られるのも身体しんどいだろうから、そのほうが楽かなと思って。」
涼がスマホの画面をいじっている。タクシーアプリを確認しているようだ。
誰かの家に泊まるなんて千尋にとっては初めてで、子供のようにいきなり心がわくわくしてきた。
「いいの?」
自分でも声が軽く上ずったのがわかった。
「何もない部屋ですけど。どうぞ」
淡々とした声で涼がいう。
涼が住むマンションはタクシーに乗ってワンメーターちょっと、都心近くの高級住宅街のある坂を少し上った先にあった。
打ちっ放しの壁と静かな照明に守られた瀟洒なマンションで、見るからに豪華な両開きの木製のエントランスを抜けると、中庭が見える大きな窓ガラスの廊下。
まるで音がなく別世界が広がっている。
「すご……」
思わずそう声が漏れた。
「すごくないよ。ただ親の持ち物ってだけ」
そっけなく、涼がまるで興味なさそうに感情がない声でいう。
いつも、明るい涼にしては珍しい反応だ。
ワンルームマンションの部屋よりも広いんじゃないかと思うエレベーターで、高層階へといき、ドスンと重そうな金属調のドアを開け部屋へ入る。
「…えっ?」
そこには拍子抜けするほど何もなかった。
びっくりするくらい殺風景なリビングだ。黒のソファとローテーブル。壁には何もなく、観葉植物も絵も置かれていない。テーブルの上にもソファの上にも何もなく、生活をしていた気配がまるでない。生活感がゼロ。住宅展示場だって、もっと何か飾ってあるだろう。
「水しかないけど、飲みますか?」
大きな冷蔵庫の中には、何本もミネラルウォーターが並び、手前にはサプリのケースのようなものだけが冷えている。冷蔵庫の95%は使ってない。がらんとしていた。
「…うん、ありがとう。」
涼が千尋の家に来るときは、マフィンやらハンバーガーやら、何かしら持ってくる。
「手ぶらで来い」って言っても、「いつも行列してるドーナツ屋がすいてたから」とか「自分で食べたいから」と、いつも何か持ってくるくせに、自分の生活には何も持ち込まないのだろうか。
でも、いろいろと服は持っているし、アクセサリーだって、日本の男の平均からしたら何倍も多いから、ミニマリストってわけでもない。
じゃ、なんで?
それって自分の生活に興味がない?そもそも生活に興味がないとか?
「すごくきれいな部屋だから観葉植物とか置いたら似合いそうだよな。ほら、よくおしゃれな部屋とかカフェとかによく、葉っぱがちっちゃくて、スッてしてる木とか」
「木ねぇ、俺、枯らしそうだから無理かな。そういえば、鳥の巣箱に鳥が来た?」
二人で作った巣箱を涼はいつも気にして、千尋の家に来た時は、何度も何度も巣箱の中をチェックしている。
都心から離れた下町とは言え、東京にそんなに簡単に鳥が棲みつくはずはない。
「来てない。だから無理だって。棲みつかないよ。それにさ、せいぜい東京に飛んでたとしてもスズメくらいだろ。スズメってそういう巣には入ってこないらしい」
いつも、涼が巣箱を気にするから、逆に千尋のほうが気になって、東京の鳥についてネットで調べてみたが、人工で作った巣箱に鳥が棲みつくのは難しいらしい。それに狭い家の庭だ。そりゃ、鳥も警戒するだろう。
わかりやすく涼は、がっかりしたように「チェッ」とほおを膨らませた。
日曜日の夜だからなのか、ライトアップされていても、オフィス街は、都会とは思えない静けさだ。
「まだ暑いね。」
8月の下旬。
もう夜の10時を過ぎているのに、空気はまだ夏の熱を抱えたままで、夜風がじんわり首筋にまとわりついてくる。
「よければ今日、うち泊まっていきませんか? ここからわりと近いし。今から電車に揺られるのも身体しんどいだろうから、そのほうが楽かなと思って。」
涼がスマホの画面をいじっている。タクシーアプリを確認しているようだ。
誰かの家に泊まるなんて千尋にとっては初めてで、子供のようにいきなり心がわくわくしてきた。
「いいの?」
自分でも声が軽く上ずったのがわかった。
「何もない部屋ですけど。どうぞ」
淡々とした声で涼がいう。
涼が住むマンションはタクシーに乗ってワンメーターちょっと、都心近くの高級住宅街のある坂を少し上った先にあった。
打ちっ放しの壁と静かな照明に守られた瀟洒なマンションで、見るからに豪華な両開きの木製のエントランスを抜けると、中庭が見える大きな窓ガラスの廊下。
まるで音がなく別世界が広がっている。
「すご……」
思わずそう声が漏れた。
「すごくないよ。ただ親の持ち物ってだけ」
そっけなく、涼がまるで興味なさそうに感情がない声でいう。
いつも、明るい涼にしては珍しい反応だ。
ワンルームマンションの部屋よりも広いんじゃないかと思うエレベーターで、高層階へといき、ドスンと重そうな金属調のドアを開け部屋へ入る。
「…えっ?」
そこには拍子抜けするほど何もなかった。
びっくりするくらい殺風景なリビングだ。黒のソファとローテーブル。壁には何もなく、観葉植物も絵も置かれていない。テーブルの上にもソファの上にも何もなく、生活をしていた気配がまるでない。生活感がゼロ。住宅展示場だって、もっと何か飾ってあるだろう。
「水しかないけど、飲みますか?」
大きな冷蔵庫の中には、何本もミネラルウォーターが並び、手前にはサプリのケースのようなものだけが冷えている。冷蔵庫の95%は使ってない。がらんとしていた。
「…うん、ありがとう。」
涼が千尋の家に来るときは、マフィンやらハンバーガーやら、何かしら持ってくる。
「手ぶらで来い」って言っても、「いつも行列してるドーナツ屋がすいてたから」とか「自分で食べたいから」と、いつも何か持ってくるくせに、自分の生活には何も持ち込まないのだろうか。
でも、いろいろと服は持っているし、アクセサリーだって、日本の男の平均からしたら何倍も多いから、ミニマリストってわけでもない。
じゃ、なんで?
それって自分の生活に興味がない?そもそも生活に興味がないとか?
「すごくきれいな部屋だから観葉植物とか置いたら似合いそうだよな。ほら、よくおしゃれな部屋とかカフェとかによく、葉っぱがちっちゃくて、スッてしてる木とか」
「木ねぇ、俺、枯らしそうだから無理かな。そういえば、鳥の巣箱に鳥が来た?」
二人で作った巣箱を涼はいつも気にして、千尋の家に来た時は、何度も何度も巣箱の中をチェックしている。
都心から離れた下町とは言え、東京にそんなに簡単に鳥が棲みつくはずはない。
「来てない。だから無理だって。棲みつかないよ。それにさ、せいぜい東京に飛んでたとしてもスズメくらいだろ。スズメってそういう巣には入ってこないらしい」
いつも、涼が巣箱を気にするから、逆に千尋のほうが気になって、東京の鳥についてネットで調べてみたが、人工で作った巣箱に鳥が棲みつくのは難しいらしい。それに狭い家の庭だ。そりゃ、鳥も警戒するだろう。
わかりやすく涼は、がっかりしたように「チェッ」とほおを膨らませた。
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