あの夏の嘘つき

suezu

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第8章 傷痕とキス

何もない部屋2

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とりあえずソファに座っていると、涼が別の部屋からパジャマとタオルを持ってきた。どっちも新品だ。
多分、客用に最初から準備されてたものだろう。
この「部屋には何も置いてないけど客のもてなしの準備だけは抜かりない」感じが、なんか良家っぽく思えた。
どんな家庭で育ったのかとか、考えたことなかったけど、このマンション見ただけですごい家なのはわかる。
涼って、食べ方も姿勢もさりげなく品がにじみ出ている。
だから、モテるはずだよな、と、ちょっとしたことで納得してしまった。

「バスルームはあっち。洗面台はその手前にあります。千尋さん、先にどうぞ。」
「あ、うん。じゃあ……遠慮なく。」
ドアを閉めて、服を脱いで、シャワーのつまみをひねる。
バスルームもやたらと高級ホテルライクで、タイルも床も無駄に高級感がある。
そういうのに緊張しつつ、シャンプーを取ろうとした瞬間、ふわっと香りがした。
――あ、これ、涼の匂いだ。
すっきりしてて、ちょっと甘いやつ。
妙に落ち着く感じの、でもどこか気になる香り。
何の匂いだ?と思ってボトルを確認したら、“Jasmine & Citrus”って書いてある。
ジャスミンとシトラス。へぇ……なんか急に名前を知っただけで、距離が近づいたような、でもそれも気のせいのような、変な気持ちになった
泡を手のひらに広げるたびに、またあの香りが立ち上ってくる。
別に深く考えてたわけじゃないのに、次々と涼の顔とか、声とかが、頭に浮かんできてしまう。
「……ていうか、俺、今、同じ匂いしてるのか?」
つい独り言が出た。
一気に恥ずかしくなって、勢いよくシャワーで泡を流す。
いや、落ち着け。別に何がどうってわけじゃない。けど、こう、落ち着かない。
シャワーの音に紛れて、心臓の鼓動の音が聞こえるきもしてきた。

身支度を済ませてリビングに戻り、スマホを取り出して、父親に「今日は涼のところに泊まる」とだけ送ると、
『涼くんからも連絡もらってる。あまり迷惑かけるなよ』
すぐにそう返信がきた。
さすが涼だ。こういうところ。
根回しが早くて、ぬかりない。しかもそれを当たり前の顔でやってのける。病院に連れてってくれた時も鳥の巣箱の時にもそう感じた。
だから、一緒にいて戸惑わないし、不安がないから、一緒にいると安心する。

ソファに深くもたれかかっていたら、シャワーを終えた涼が出てきた。
Tシャツにスウェット、髪の毛はまだちょっと先の方が濡れていた。
「ベッド、一つしかないから、一緒に寝ることになるんですけど……」
「……ん?」
言い方があまりにも普通すぎて、何の断りを入れられてるのか一瞬、わからなかった。
「ダブルベッドなんで、そんなに窮屈じゃないと思いますよ。」
「あ、うん。……了解」

涼の声のトーンから察するに、そこに変な意味はたぶんない。
うちでも一緒にベッドでごろごろしたことは何回かあるし、それなのに、今さら「いや、俺、ソファで寝るわ」とか言ったら、そっちのほうが意識してるっぽくて、ややこしい。

案内されたベッドルームも、相変わらずシンプルで、ベッドとルームライト、それだけだった。
高級そうな壁紙や部屋に埋め込んであるライト。
モノがないってやっぱり、ホテルにいるみたいな気持ちになる。それも高級ホテルって、泊まったことないし、だから、ちょっと落ち着かないが、居心地は悪くない。

広いベッドに横になって、部屋の明かりが落とされると、床からの淡い間接照明の光だけが
床からの間接照明だけが、淡くぼんやり部屋を照らした。
余計なものが何もないせいで、静けさがやけに際立つ。
そしてそのせいで、今この部屋に二人きりでいることも、妙に、はっきりわかる。
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