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第9章 味方
味方
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「小宮くん……ですよね?」
振り返ると、見慣れない女の子が立っていた。薄手の白いニットに紺色のスカート、肩にかかる髪を結ばずにそのままにしている。声のトーンからも服からも、みるからにおとなしそうな女の子だ。
「えっと……」
誰だろう。理工学部に女子は珍しい。情報工学専攻にいたっては、数人程度。そのなかにこんな子、いただろうか……?
「やっぱり、わからないよね。私は仁見《ひとみ》っていいます。中学校で小宮くんと同じクラスだったの」
「…えーと、もしかしたら、仁見真由子さん?」
印象的な苗字だから耳に残っていたのかもしれない。
苗字を聞いたら、フルネームがなんとなく出てきた。でも、顔は全然わからない。あの頃はとにかく自分の体調と中中学の頃は、日々の登校だけで手いっぱいだったし、結局はいじめにあった記憶しか残ってなくて、誰の名前も憶えていないと思っていた。
「そう。名前を憶えていてくれて、ありがとう。」
真由子が驚きながらも笑顔になる。はにかんだ笑顔でそれだけで、おとなしい子だなとわかった。
「こちらこそ。俺のことを覚えてくれていて。俺、あんまり学校に行けてなかったのに。」
「うん。実は、私、大学に入って名簿見て、もしかしてって思ったけど、小宮くんの雰囲気が全然違ってたから……」
ああ、きっと金髪にしてたあの頃だろう。チャラ男を目指して、頑張って外見だけ飾ってた、あの時期だろう。
「そうだよね」
千尋は小さくうなずいた。
「それでね、小宮くん、ちょっとだけ時間ある?」
ふたりで学食の隣にあるガラス張りのパーラーに行った。
「小宮くんは中学のことを今さら言われても、って思うかもしれないけど……私、ずっと謝りたかったんだ」
真由子の話はこうだった。
中学時代、千尋に対して教室でじわじわと起きていたいじめのような空気に彼女は気づいていた。でも、どうしていいかわからなかった。見ているだけしかできなかった。そして千尋は、学校に来なくなった。
「私、あの時もっと何かできたんじゃないかって、ずっと考えてたの。だから、大学で小宮くんの名前を見つけたとき、本当にびっくりして―気になって見てたの。講義を休んでる日が多いのに、まわりは『遊んでる』みたいに言ってて。でも、私はきっと体調のことがあるんじゃないかなって思って。それで、今度こそ私にできることがあるなら、少しでも力になれたらって。卒業まであと半年ってタイミングで、勝手でごめんね。でも―手伝わせてもらえないかな?」
純粋に心からありがたかった。こんなふうに、助けてくれる人がいるなんて、想像したこともなかった。
せっかく内定が取れたとしても、卒業が出来なかったら意味がない。
これから秋から冬にかけて、寒くなると、咳き込んで発作を起こして寝込むことが多くなるから、卒業単位のことも心配だった。
「ほんと、助かる。病気のことを大学では誰にも言ってないからさ……どうしようって思ってた。」
「私、ほとんど毎日大学へは来てるから、大丈夫だよ。」
真面目な真由子自身は、とっくに講義の単位は取り終えて、残すは卒論のみらしい。就活もかなり前に終えているという。それなのに、典型的な優等生らしく、毎日大学へきて、講義を受けているという。
それから、真由子は講義のノートを見せてくれるようになった。レポートに必要な資料をLINEで送ってくれたり、試験前には過去問を持ってきてくれる。連絡はまめで、会えばさりげなく体調を気遣ってくれる。
大学でパーラーの隅っこで並んでノートを見る時間が、少しずつ、千尋の生活の中に入り込んできた。
中学時代なんて、つらい記憶だけで、何もない日々でしかないと思っていたのに、真由子のように見ていてくれた人もいると思うと、あの思い出すのが嫌な期間さえも意味あるものに思えてきた。
振り返ると、見慣れない女の子が立っていた。薄手の白いニットに紺色のスカート、肩にかかる髪を結ばずにそのままにしている。声のトーンからも服からも、みるからにおとなしそうな女の子だ。
「えっと……」
誰だろう。理工学部に女子は珍しい。情報工学専攻にいたっては、数人程度。そのなかにこんな子、いただろうか……?
「やっぱり、わからないよね。私は仁見《ひとみ》っていいます。中学校で小宮くんと同じクラスだったの」
「…えーと、もしかしたら、仁見真由子さん?」
印象的な苗字だから耳に残っていたのかもしれない。
苗字を聞いたら、フルネームがなんとなく出てきた。でも、顔は全然わからない。あの頃はとにかく自分の体調と中中学の頃は、日々の登校だけで手いっぱいだったし、結局はいじめにあった記憶しか残ってなくて、誰の名前も憶えていないと思っていた。
「そう。名前を憶えていてくれて、ありがとう。」
真由子が驚きながらも笑顔になる。はにかんだ笑顔でそれだけで、おとなしい子だなとわかった。
「こちらこそ。俺のことを覚えてくれていて。俺、あんまり学校に行けてなかったのに。」
「うん。実は、私、大学に入って名簿見て、もしかしてって思ったけど、小宮くんの雰囲気が全然違ってたから……」
ああ、きっと金髪にしてたあの頃だろう。チャラ男を目指して、頑張って外見だけ飾ってた、あの時期だろう。
「そうだよね」
千尋は小さくうなずいた。
「それでね、小宮くん、ちょっとだけ時間ある?」
ふたりで学食の隣にあるガラス張りのパーラーに行った。
「小宮くんは中学のことを今さら言われても、って思うかもしれないけど……私、ずっと謝りたかったんだ」
真由子の話はこうだった。
中学時代、千尋に対して教室でじわじわと起きていたいじめのような空気に彼女は気づいていた。でも、どうしていいかわからなかった。見ているだけしかできなかった。そして千尋は、学校に来なくなった。
「私、あの時もっと何かできたんじゃないかって、ずっと考えてたの。だから、大学で小宮くんの名前を見つけたとき、本当にびっくりして―気になって見てたの。講義を休んでる日が多いのに、まわりは『遊んでる』みたいに言ってて。でも、私はきっと体調のことがあるんじゃないかなって思って。それで、今度こそ私にできることがあるなら、少しでも力になれたらって。卒業まであと半年ってタイミングで、勝手でごめんね。でも―手伝わせてもらえないかな?」
純粋に心からありがたかった。こんなふうに、助けてくれる人がいるなんて、想像したこともなかった。
せっかく内定が取れたとしても、卒業が出来なかったら意味がない。
これから秋から冬にかけて、寒くなると、咳き込んで発作を起こして寝込むことが多くなるから、卒業単位のことも心配だった。
「ほんと、助かる。病気のことを大学では誰にも言ってないからさ……どうしようって思ってた。」
「私、ほとんど毎日大学へは来てるから、大丈夫だよ。」
真面目な真由子自身は、とっくに講義の単位は取り終えて、残すは卒論のみらしい。就活もかなり前に終えているという。それなのに、典型的な優等生らしく、毎日大学へきて、講義を受けているという。
それから、真由子は講義のノートを見せてくれるようになった。レポートに必要な資料をLINEで送ってくれたり、試験前には過去問を持ってきてくれる。連絡はまめで、会えばさりげなく体調を気遣ってくれる。
大学でパーラーの隅っこで並んでノートを見る時間が、少しずつ、千尋の生活の中に入り込んできた。
中学時代なんて、つらい記憶だけで、何もない日々でしかないと思っていたのに、真由子のように見ていてくれた人もいると思うと、あの思い出すのが嫌な期間さえも意味あるものに思えてきた。
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