あの夏の嘘つき

suezu

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第12章 真実

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気がつけば病院だった。大学で倒れて救急車で運ばれたらしい。
何年かぶりの大きな発作だった。
寝返りをうつだけで咳が止まらなくなり、心臓が波打つ。
身体はいつだって正直だ。

点滴のしずくが規則正しく落ちるのを、ただじっと眺める。ピッ、ピッと鳴るモニター音は不思議と懐かしい。幼い頃から長い時間を過ごしてきた病院は、もはやアウェイではなく、自分の居場所に戻ってきた気がした。

――やっぱり、世界が違うんだ。
病気の世界を行き来しながらどうにか生活をしているのに、贅沢な夢をみただけだ。もう考えない。もう期待しない。何も欲しがらない。
みじめだ、と思った。
涼と過ごした夏に浮かれていた自分が、どうしようもなくみじめに思えた。
今まではそう感じないようにしてきた。病気のことも、学校でいじめられていた時も、「みじめだ」と思わなければ、その瞬間だけは、みじめな自分を存在させずにいられたから。
なのに、少しの間だけ、何にもなかった自分の人生に色が差したように錯覚して、浮かれてしまった。涼にとっては、きっと数ある恋愛のひとつに過ぎないのだろう。恋愛ですらなかったのかもしれない。俺なんか、いてもいなくても、涼の人生には何の影響も残らない。
ああ。誰かに必要とされたい。
中二病かよ、と自分でつっこみを入れながらも、心の底では本気でそう思う。
ああ。誰か、俺の手をとって引き上げてくれないかな。
世界の片隅の小さな、小さな場所でいい。
そこで「一緒にいようよ」って、誰かに言ってほしいだけだ。

ようやく大学へ通えるようになった頃には、冬が深くなっていた。
卒論と卒業単位をどうにかしなければ、卒業すら危うい。
結局、就職は決まらなかった。あの後、ろくな就活もできなかった。
卒業間際になって、進路が決まってないことに見かねた教授が奨学金の話を持ちかけ、推薦状まで書いてくれて、大学院へ進むことになったが、研究がしたいわけじゃない。ただ先延ばしにしただけだった。

何をするにも力が入らなかった。いや、そう感じてしまっているだけで、自分の人生はもともとこんなもんだっただろ。あの楽しかった夏が異常だっただけだ。
それでも、不意に空を見上げるたびに思い出してしまう。
「宇宙人に拉致されても、絶対に帰ってくる」と言ってたっけ。
涼が宇宙人に本当に連れ去られているんじゃないか。
そう思うと、少し心が緩んだ。

本当に涼が宇宙人に拉致されてるのならいい。だから、連絡が取れないんだ。
そして今頃、宇宙人と仲良くなって、宇宙船の操縦を覚えて地球へ戻ってくる途中かもしれない。
…くだらない妄想だ。笑えすらしない。
現実を見なくちゃ。
そう言い聞かせることが、習慣みたいになっていった。

大学院での生活は、想像以上に孤独だった。
研究がしたい人たちの中で、何の興味もわかずに、ただ、与えられた課題を淡々とこなすだけで、誰かと深く話すこともなく、授業と研究と家を往復する毎日が積み重なった。
それでも時間は過ぎていく。
淡々と過ごし、どうにか修士課程の最終年度を迎えて、今度はどうにか就職先が決まった。
日本市場に参入したばかりの外資系企業でのフルリモート職。
望んでいたはずの働き方なのに、これから一生、あの狭い部屋で一人きり。こもって働いて誰とも会わなくなるのか。なぜか、そう思った。
一人でいることに慣れていたはずだ。涼に出会うまでは、それが当たり前だった。
けれど、いったん誰かのぬくもりを知ってしまうと、以前のひとりにすんなり戻るのは難しいかった。
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