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謝罪

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 わけわかんない。とにかく必死で頭を下げた。
 すると少しだけ間があった後――。

「大丈夫か?」

 驚くほど柔らかな言いようだった。

 怒ってないの? うそ。
 不安な気分で顔をあげると、彼の頬がわずかにほころび優しい顔を見せている。

 信じられない。遅れたことよりも、あたしが来たことのほうが嬉しい……?
 それとも、遠山くんが単に優しすぎるだけ……?
 どっちにしても、そんなふうにされたら、

 つい見栄が……、欲が……、でてしまう。
 だから――――。

「みんなから、マックに誘われちゃって……。それで、盛り上がってしまって……」

 自分を正当化する嘘をだらだらついてしまう。
 わざと遅れたことは秘密。出てくるのを待ってたなんて言えるわけない。
 すると途中から、優しかった彼の表情がこわばり、徐々に険しくなり、

「いや、別に。なんともないから……」

 怒りの感情はない、ポツリと呟く冷めた力ない声。
 さっきまでとは全然違う遠山くん、呆れてものが言えないみたい。 

 な、何がいけなかったの……?
 あたし変なこと言った?
 遠山くんの態度は見るからに不機嫌で、あたしは内心おろおろするばかり。
 彼の気持ちをこのままにしておくことはできない。
 なんとか機嫌を直して欲しくて得意の笑顔を作ってみる。

 必ず許してくれるはずだった。
 まえの学校の男子連中がそうだったのだから。
 だけど、遠山くんは笑顔をみせてはくれない。

 なぜ……、と思いつつも、これが自然なのだと、普通なのだと、この態度が下心がない素なのだと改めて感じた。
 この人……、今まであたしに寄ってきた男と違う。
 急いでるから、と歩き出す遠山くんを一人で帰宅させることはできなかった。

 ハイヤーに無理矢理押し込み、保育園に送る。
 フェンスで囲まれた保育園の中庭には、遊具で遊ぶ園児の姿はない。
 当たり前、みんなとうに帰宅している時間だ。
 遠山くんはなんの用事があるのだろうか。
 彼のお姉さんがここの保母さんとか?

 そんなことを思っていたら、彼は早々に園内に入って行くので慌てて呼び止めた。
 遠山くんは斜め下を向いて、黙ったままでいる。

「今日は、本当にごめんなさい。
 ……明日、よかったらだけど……、一緒にマックに行こうよ。おごっちゃうから」

 今日はもう無理だけど、早いうちにこのお詫びをしたいし、本気で彼と仲良くなりたかったからだ。
 一緒にとは、二人っきりという意味。
 いくらずうずうしいあたしでも恥ずかしくてストレートには言えない。
 何度となく口にしたセリフなのに、彼に告白したみたいでわけもなく焦った。

 うん、いいよ、と喜ぶ遠山くんを想像しちゃって、あたしは結果がわかった百点の答案用紙が返ってくる気分でいた。

「ごめん――」

 えっ?

「ごめん――。そういうのは断る。
 それから、部活の案内は他の人と行ってくれ」

「……」

 わけがわからない。

 断るって…………なに? 
 あたしとは行きたくない……、ってコト?
 まるであたしの事が嫌いみたいな言い方……。

 うそ。そんなのない。
 本当はあたしと行きたいのに、明日もなにかしら用事があって、それができないとか……じゃないの?
 唇を噛んだままの遠山くんは、俯いてなにも言わない。

 やだやだ。なんかそれじゃ、本当に振られたみたいじゃない。

 前の彼に浮気されたとき、頬を思いっ切り平手打ちしてやった。
 即日、別れようとメールが届いた。あのときでさえ、こんなに悲しくはなかった。

 謝りたい。
 なにをどう、謝ればいいのかわからないけれど、こんなのはいやだ……。

 頭が混乱してわけがわからない。
 彼は運転手の佐藤さんに一礼して、園舎の方へと向かった。
 わたしには何も言わずに。


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