貧乏小学生と、お金持ちお嬢様が、初めて『好きになる』の手前をする話

草笛あたる(乱暴)

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振られた?

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 クラクラするあたしはハイヤーの後部ドアを開けシートに転がった。

「どうされました?」

「なんでもない……」

 佐藤さんへの返事も投げやりに膝を抱えて丸まった。
 ただマックに誘っただけなのに、妙に緊張してしまったあたし。
 ここに来るまでは気軽に誘ったり誘われたりしてたのに。

 しかも断られたなんて……、あたし始めて。
 やっぱり、約束を守らなかったのが悪かったのだろうか?

「お嬢さま。彼では?」

 そう言われて思考が掻き消える。
 佐藤さんの視線の先を辿れば、遠山くんが一人ずいぶん早い足取りで歩いていた。

 さっき保育園へ入ったばかりなのに、もう出てきて、なんの用事だったんだろうか。
 途中から走り出した遠山くんが気になって、車でこっそり後を付けることにした。
 すると、彼は古びたアパートの二階の一室に入って行った。

 彼の自宅だろうか? 
 汚いといえば失礼だけど、お世辞にも奇麗とはいえないアパートだった。
 学習塾があるようには思えないし、やっぱりここに所に住んでいるのだろうか?

 車から降りたあたしは、錆びた鉄製の階段を鳴らし二階へと上がり、彼が入ったドア前まで来た。
 あたりに誰もいないことを確認してから、傷だらけのスチールドアにぴったりと耳を付けてみる。
 探偵みたいで、ちょっとドキドキした。

 こんな事をして何かわかったからといって、どうなるわけでもない。
 自分でもバカなことをしているな、と思いつつも聞き耳を立てた。
 すると聞こえていたテレビの音が消え、遠山くんのママらしき人の厳しい声が耳の届く。

「なぜ美希のお迎えに行けなかったの?」

 あ……。 

 瞬時に事態を悟った。
 彼は保育園へ妹のお迎えに行く約束があったんだ。

 それができなくて怒られてる。
 なんでよ、なんで。
 だったら、あたしのことなんか待たなくて、さっさと下校すればよかったのに。

 ばか、ばか、ばか……とことん大馬鹿っ!
 なんであんたが怒られなきゃいけないの? 
 悪いのはあたしじゃない。

 もう、居ても経ってもいられなくてドアを激しく開けて叫んだ。

「あたしが悪いんです――!」

 だけどあたしの身体は固まった。
 遠山くんを助けなきゃ、あたしがやらなきゃ、という意気込みも決意も、すべて丸ごと停止した。

 ち……、近過ぎるのだ。
 目の前には驚いた遠山くんのママ。
 玄関から入って直ぐに、遠山くんと向かい合うように正座していた。
 内に怒りの熱を持った表情で、ギロリとあたしを睨む。

 あんた誰だ? 
 他人の家にノックもなしに、勝手に入ってくるなんてっ! 
 そう言われている気がして身震いした。

 怖い、叱られる……。
 足はすくみ、声が出ない。
 さっきの勢いは跡形もなくどこかに飛んでゆき、後悔の念ばかりが浮かんでくる。

 すると背中を見せていた遠山くんが振り返った。
 両眼で見たその顔は今にも泣き出しそうな困った表情。

 なにやってんのあたし。
 自分が叱られる為に覚悟してドアを開けたんじゃない。
 あたしの嘘が原因で叱られている遠山くんを助ける為に飛び込んだんじゃないの?

「と、突然押しかけて、も、申し訳ございません……っ!」

 出ない声を振り絞り、必死に叫んだ。

「あ、あたし、遠山君と同級生の安城ねねと言います。
 ……か、か、彼の事が気になって、後をつけてここまで来ました。
 悪いとは思ったんですが、中の様子を伺ってしまって。
 遠山君が叱られているようだったので真実を言う為に家に入りました」

 始めは緊張していたが、それも話しているうちに落ち着いてきた。
 初対面の大人と会話をするのは慣れている。
 パパのパーティーに参加をしたことがたびたびあったからだ。

「実は遠山くん優しいからつい甘えてしまって、放課後に部活を案内して欲しいって頼んだんです。
 でも、あたしが約束時間に遅れてしまって……。
 それでも遠山くんは、ずっとずっと待っててくれてたんです。
 本当なら妹さんを迎えに行かないといけないのに……。
 だからお願いします。彼を叱らないでください。
 悪いのはあたしなんですから」 

「そう……」

 彼のママは、なんて優しいのだろう。
 ずっと静かに聞いてくれて、途中あたしが話しやすいように何度か頷き、微笑んでもくれる。

 幼いころ、外人みたいなあたしの容姿を見て変な顔する大人たちがいた。
 だけど安城財閥の娘だと知ると手の平を返す。
 外見や肩書きだけで本当のあたしに触れる人なんかいやしなかった。 

「良くわかったわ。
 危うく、ひーくんを怒るところだったわね」

 ひーくん……。
 遠山響だからひーくんか、と妙に納得する。

「ありがとう。安城さん。気をつけて帰ってね」

 彼のママは立ち上がり、夕食の準備だろうか取り掛かった。

 たぶんこれで彼は怒られないはず……。
 終ったと思ったら、どっと疲れが出てきた。

 旧型テレビの前で彼の妹だろうか、さっきからじっとあたしと遠山くんをそれぞれ見ている。
 どんな関係? って想像されているみたいで、妙に居づらい。

 それに遠山くんの顔は、申し訳なくて正面まともに見れなかった。
 大事な約束をあたしが壊してしまったのだから。 

「じ、じゃ……。あたし帰るね」

 のしかかるような重い沈黙に耐えられなくて外へ出た。
 すると遠山くんがハイヤーまで送ってくれた。

 たぶん礼儀だろう。
 彼の態度を見れば、完全に嫌われてしまったのだとバカなあたしでもわかる。

「ごめんね遠山くん。
 妹を迎えにいかなくちゃいけなかったんだね」

 ハイヤーに乗る前、最後だろうと思って一生懸命笑顔で言った。
 何か言い返してくれるだろうと返事を待つ。

「そんなこと……」

 一応言葉をくれた遠山くん。
 だけどその視線は宙をさ迷い、あたしを見てはいない。
 バカだあたし……。あたり前だ。

「……じゃ、……また明日。学校でね、遠山くん」

 泣きそうな気持ちで、閉まるドアから彼を見続けたけど、最後まであたしを見てはくれなかった。



 頭の中は遠山くんで一杯だった。
 屋敷に帰宅してからも、お風呂に入っていても、食事をしていても。

 あたしは卑怯ものだ。

 元はといえば、くだらない品定めで彼をだまし、嘘をつき、やってることは最低じゃない。

 自室の机の上で手紙を書くことにした。

 内容は告白だけどラブレターではない。

 わざと遅れたことをカミングアウトして彼に怒られたい。

 ひっでー女と軽蔑されるだろうけど、それでいい。

 素のあたしを知ってもらって、それから改めて謝りたい。

 だけど、彼の気持ちを確かめたいからしたことなのは間違いない。

 今なら思う……。

 男なら誰だっていいわけじゃないから。あたしは遠山くんがいいのだから……。

 そんな回想を夜通ししていたら、朝を迎えていた。




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