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☆岩田憲政
しおりを挟む翌朝。
呉地駅のホーム。
広水高校へ通う為いつものように女性客の薄い場所で電車を待っていた僕は、ほどなくして到着した電車に乗り込んだ。なるだけ女性客が少なくて男性客が多く乗っている車両を選ぶのは、欠かせない作業になる。
移動中の車内では、昇降口の角っこで目立ないように背中を見せて立っていた。
何故こんな事をするかは言うまでも無い、女の子に顔を見られたくないからだ。
見せて刺激させたくないからだ。
だけど広水高校のある広水町に到着するまでの二駅で、途中何にも考えてない女子生徒が乗り込んできたりする。
女性専用車両があるというのにだ。
そう、今日の後ろの女子高生二人みたいに……。
「ちょっとちょっと……。カッコ良すぎない彼」
「うんうん。何処の高校かなあ。ストライクだね」
情けないが女子のひそひそ話は、反射的に自分の事かと委縮してしまう。
だが今日は違う。僕以上に興味を惹かれるヤツがいるのだろう。やれやれだ。
公共の場に一度出ると僕顔(ぼくかお)を直視する女性が多い。
特に電車などは至近距離から僕顔を視界に入れてしまって、ムンク絶叫する女性が多発したりする。
最悪のケースだと《気絶》という被害が起きたりするのだ。
だからいつも同じ時間の同じ車両に乗るようには心がけてはいるが(同一車両&時間だと、同じ乗客と乗り合わせる事が多くなり、それ即ち僕顔耐性が備わるのだ。
嫌なら事前に僕を避けて別の車両に乗ってくれるわけだ)それでもたまに女子に叫ばれ駅員が飛んでくるといった事態になる。
到着した駅員に「また君か」と残念な顔を向けられ、ホームの常連客たちにも「ああ~。またかコイツか……」と哀れみの眼差しを貰うほど僕は有名なのだった。
「彼女いるかなぁ」
「いるでしょ、絶対」
「ダメ元で、メアド交換トライしてみる?」
「やだあ。強気ぃ~」
後ろの女子高生二人にやたらと評判が良い。
どんな男なんだ?
女子の視線の先をこっそり辿ってみると、なんと岩田だった。
剣道部三年間の朝練の習慣が抜けず、今だに早く登校していたのに、僕と同じ時間の電車に乗っているとは珍しい事もあるもんだ。
まあいけど。
だが自分の噂をされているとも知らず、平気でスマホを弄っているその姿は、周りのむさい男連中とは違って爽やかに浮いていやがる。
相変わらず良い男だったりする。
岩田め、女子の熱い視線と話し声が聞えないのか。
いや知ってて無視しているのか。
「おっ!」
まずっ。
岩田に見つかっちまった。
手を上げてニコニコしている。
ちょっとゴメンとか言いながらこっちに来ようとしている。
公共の場ではあまり近寄って欲しくないんだが、とか思ってたらついに岩田のやつ真横に来ちまったよ。
わあ、めちゃくちゃ嬉しそう。
しっぽ振りまくっている犬みたいなんだけど。
岩田建成(いわたけんせい)は剣道で何度も全国大会に出場している有名人だ。
元モデルの母親の遺伝をしっかりと受け継いだモデル体型に、剣道で培われた筋肉が加わる。
顔は端正な顔立ちで、その特徴的な二重まぶたの切れ長の瞳に、めろめろになる女子も少なくない。
一方僕といえば、中学までは剣道をしていたが、高校では単なる帰宅部。
人知れずクローゼットの彼女たちと平和なひと時を過ごすのが日課。
運動を全然していないのにオヤジの遺伝で無駄にごっつい丈夫な身体を授かっている。
顔は大きく四角で肌は黒くてがさがさ。
特徴的な一重まぶたの吊り上がった小さな目に、『ヤ、ヤクザが校内にいますっ!』と先生に報告された事も少なくない。
岩田よ。僕の気持ちが分かっているのか。
こんなプラスとマイナスのような人間が一緒にいると、周囲の話題がだなあ……。
「みてみて。あのイケてる彼。あんなのと知り合いみたいよ」
あんなの……。
「怖凄すぎない? ビビるんだけど。犯罪的レベルの顔なんだけど」
犯罪的レベルの顔……。
「言えてる。ドラッグでもやっててそう。そんで顔が変形したとか。キャハハ」
顔が変形……。
「でもあのイケてる彼は、肩なんか抱いちゃって、相当仲が良いみたい。キモくないのかな」
「「不思議ぃ――っ!」」
ほら見ろ、言わんこっちゃない。
僕の話題にすり替わるんだよぉおおおっ。
出来ることなら今から速攻Uターンして家に帰り、クローゼットの彼女たちと風呂に入ってゆっくり癒されたい気分だ。
「おはよう。昨日は感謝だ」
爽やかに白い歯を見せる岩田の向こう、女子高生が瞳をハートマークにしていた。
「おはよ。いや別に……」
「うむ。今日は特に乾燥してる。風邪に気をつけないと」
岩田よ。気をつけるのは乾燥具合でなく、空気だろう。ちったあ読んでくれよな。
「どうした浮かない顔して」
ようやく岩田が僕の分かりにくい顔からいじけモードを察知したようだ。
「もしかして、あの女子高生……」
そう岩田は横目だけで意識して鼻で笑う。
状況に気付いたなら、注目されないようにして欲しかったな。
もう遅いけど。
「気にするな山柿」
お前が来るまでは、気にする必要もなかったんだけど。
「サンキュ」
一応礼は言っておく。
「つまらん女たちの意味のない呟きだ。相手にするだけ勿体ない」
相手にするつもりは、はなから無かった。
お前が寄ってきたから自然と僕に興味が向いただけなのだが……。分かってないだろうな。
「あのなあ……」
僕は隣のイケメンに思い切って言った。
「岩田はいいだろうよ岩田は。
ルックス最高じゃん。
だけどな、僕はそうもいかないんだよ。
この顔じゃん。
どうしょうもない怖顔じゃん。
女子とまともに会話すらできないんだぞ。
つまらん女の呟きって言うけど、僕にとっては矢が刺さったように苦しいんだよ」
「外見なんか気にするな。お前は今のままで十分かっこいい」
「僕がかっこいい? 冗談言ってるのか。
かっこいいのはお前だよ。現に女子にモテモテじゃないか。
剣道だって全国レベルだ。お前はかっこいい、とことんかっこいいよ」
「素直にありがとう。だがな真剣(マジ)でお前もかっこいい。これは本当だ」
さらさらの前髪をかき上げ岩田がさらりと言った。
僕がかっこいい。
どっから湧いてきたネタだ。
「お前、目悪いんじゃないのか?」
「両眼とも1,5だ。お前はキツイ顔をしているが決して悪くはない。
身長も高いし女が見る目がないだけだ。大丈夫」
「見る目が無いって……。この顔は誰が見たって怖いぞ」
「その怖さもお前の男気を引き立てている。
体力測定もお前がクラスで一番だったじゃないか」
「身体能力ったって聞こえは良いが、ようは外見がゴリラかフランケン見たいな図体だけデカイだけだ」
男気を引き立てている?
不思議な事を言う。
体力測定が一番なのは遺伝だし。
運動部に入ってなくても無駄に体力があるって、見えない部分がいくら優れてても意味ないじゃん。
「いやなに、お前といるとこんな僕でも傷つくわけよ。
へこむわけよ。余りの外見の違いに……。
こんなんじゃ一生彼女なんかできやしないってな」
「彼女は俺も出来た事はない。同じだ。心配するな」
「笑わすつもりか? 僕なんか告白された事自体ないぞ」
「そんな事か。俺はつまらん女に言い寄られて困っているだけだ」
「あのなあ……。恋愛は他人が口出しするもんじゃないと思っていたから我慢していたんだが、この際言わせてもらう。お前、女の子に冷たすぎるぞ」
「うむ。そうか?」
「そうだ。綾部さんに限らず告白してきた女の子たちの事を考えてみろよ。
どきどきしながら、やっと打ち明けたんだぞ。
それを速攻でフルとか、おかしいって。
分かって無さすぎる人間的に。
優しさというものがないのか、お前には」
話しの論点が変わっていると自覚していながら、それでも言葉は止まらなかった。
そこに嫉妬が含まれているのを感じつつも。
自分が嫌な人間だと思いつつも。
岩田自身は何も悪くなく、結局自分の中の問題だと自覚しているのに……。
僕の言葉を黙って聞いていた岩田は、すうっと目を細め、やがて大きくため息を吐いた。
「……分かってないのはお前だよ山柿」
「……何の事だ……」
「例外もいるが、お前の言う告白してきた女の子たちだが……影でお前の事を何と言っていたのか知っているのか?」
えっ……。
「……お前の事をボロクソに言っていた女子連中だ。
親友の悪口を言うヤツと俺が付き合うと思うか?」
じろりと怒ったように睨む岩田。
その顔には冗談の余地はなかった。
正真正銘の真剣だった。
「お、お前……」
がらにもなく胸が熱くなる。
僕だって自分がどう言われているのかくらい見当がつく。
女子数人が集まって僕の方を見ながら、ひそひそにやにやしている時には悪口だと。
ろくでもない話しだと。
だから岩田は断ったっていうのか告白を。
自分にはなに一つ実害はないのに、女子に悪い評判が立つと覚悟してか。
「い、岩田っ!」
「うむ」
岩田の土手っ腹に拳を突き立てた。
だけど何年も鍛え続けている筋肉に弾き返された。
岩田は眉一つ変えずポーカーフェイスのままだ。
「僕は思うぞ。
お前が女だったらどれほど良かったかと……」
「妙な事を言い出したな。頭大丈夫か?」
「うるせーよ。ばか」
例の女子二人はもちろん周りの乗客たち全てが僕たちに注目していたが、構わず岩田の腹を片腕で抱く。
僕が剣道をやっていた中学時代、どこかの剣道大会に参加しての終わり、こうやって岩田と肩を組み合ったり腹に手を回し合ったりして写真を撮ったものだ。
「止めろ。気持ちが悪い。
おいおい、あんまり近寄るな。顔が怖い」
戦績が良い岩田が、初戦で負ける僕に気を使って抱きついてくるのを、僕が嫌がっていたんだけど。
あの頃と逆じゃないか。
まったく……。
でもそんな事はどうだっていい。
こうしたくて堪らないから。
「くっそーっ! 今さらなに言ってんだっ」
前々から岩田が僕に近寄るのって、ちゃんと狙いがあって。
自分の外見がより引き立つからだなんて、姑息にも思っていたりした。
猛烈に反省したい。
自分のいじけっぷりを。
僕のプチハグから逃れた岩田は、苦笑いしながら両手で待った待ったをしている。
中一の時からつるんでくれた岩田が、今日ほどかっこいいと思ったことはなかった。
僕は親友の両肩を激しく叩きながら、出そうになる嬉し涙を堪えた。
あそこまで冷たく女子に振る舞っていた理由がこれか。
これだったのか。
僕は一人じゃなかった。
こんな側に言葉足らずの無口な男がいるじゃないか。
「いい加減にしろ」と僕の乱打から逃れたイケメンはニカッと笑い、丁度電車がホームに到着し昇降口が開くのを認めて清々しく言った。
「くだらない事やってないで行くぞ。山柿」
「そうだな」
「うむ」
ぽかーんと口を開けて僕たちの様子を見ていた女子高生たちが、急に顔を見合わせてほくそ笑いを始めた。
ふん。どうせあの二人ホモなんじゃねーの、とか想像して喜んでいるんだろーよ。
好きにしろ。
乗客の波を縫って先に歩きだした岩田に続いて僕も下車し、並んで歩調を合わせた。
朝の日差し。冷たい風が頬に心地いい。
吐いた白い息が緩やかに後ろに逃げた。
岩田の頼もしい横顔を見ていると、自然と自信が湧いてくる。
乗客たちの視線がなんとも思えなくなっていた。
ありがとう岩田。
ありがとう……。
「……、……」
ちと待て――――。
僕はその親友の妹にあんな事をしてしまったのか。
そうだよ。破廉恥行為をしてしまっていたのだった。
岩田が溺愛している愛里にだ。
わわわわわ……。
すすすスマン岩田よ……。
今夜日本刀を構えていておいてくれ。
僕は白装束で岩田家へ行くから。
冷たい風が吹いた後、目に入ったゴミを取りたくて指でゴシゴシしていると、例の女子たちに笑われてしまった。
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