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☆綾部さん その2
しおりを挟む「おいおい。聞いたぞ山柿っ!」
「あのお淑やかな綾部さんと、どこで接点があったんだ?」
「昨日綾部さんは岩田に振られたばかりだろ。岩田と唯一仲が良いお前に、間を取り持ってもらいたくてじゃねーの?」
「いやいや、岩田に振られたショックで、綾部さん……頭がおかしくなっていたのかもしれないな。かわいそ~に」
数時間後には、早朝での出来事が知れ渡っていて、僕はクラスメイトに囲まれて質問攻め&勝手に想像が暴走していた。
「あのなあ、本当に、よく分からないんだよ」
実際に彼女の本当の狙いは不明だ。
僕が脅されているのは確かだけど。
「でも良いよなあ~。どうせお昼を友にするんだろ?」
卒業を控えた僕たち三年生は昼までしか授業が無いので、放課後付き合うというのは即ち『昼食を一緒にとりませんか』と誘われたのに近い。
「出来れば、早く帰りたいんだが」
そう、夕方まで受験勉強をして、それから岩田家へ電話だ。
僕には重大な任務がある。
「くっそーっ!
なに勿体ない事言ってんだっ!
……でもまあ、分かるよお前の気持ち。
綾部さんがお前を……。言いにくいんだが、そう見ているとは思えないわなぁ。
まあ岩田がらみなんだろうけど。
でもな。綾部さんから誘われただけでも宝くじに当たったみたいなモンだ。感謝しろよ」
クラスメイトが哀愁を漂わせ、僕の肩をぽんと叩く。
「分かってるって」
分かっているのは、あの女が女神では無いってこと。
人の弱みを握って何かしょうと企む意地の悪い人間だということ。
別に彼女の性格をばらすつもりはない。
彼女の容姿に癒されている男子は少なくないのだ。
美しい想い出のまま卒業すればいい。
全ての授業を終え、お昼になった。
綾部さんから指定された待ち合わせ場所は校門前。
岩田から『行くのは止めておけ』と言われたが、『大丈夫だから』と軽く流して校門に向かった。
岩田よありがとう。綾部さんの脅迫じみた行為など、無視したいところなのだけどそうもゆかない。
あの手紙が謝罪文が、綾部さんの手にあるのだから。
僕が困るからとかでなくて、書いてある愛里との行為がそのまま、愛里が傷物だったという偏見に変化して明るみになるのだけは防ぎたい。
汚れない妖精が嘲笑の話題に上がるのだけは、いやらしい視線で見られるのだけは嫌なのだ。
先に校門に到着した僕は、帰りゆく生徒に疑問の眼差しを浴びせられながら待っていると、「こんにちは」と綾部さんが現れた。
品良くお辞儀をして微笑むとパッツン前髪が優しく揺れた。
「待ちました?」
「いえ。さっき来たところです」
「よかった」
こうしていれば普通に良い人だ。
僕の顔を見て嫌悪感を出さないだけでも、相当なスキルだと思う。
「行きつけの喫茶店があるの。話しはそこでいい?」
断る理由はない。僕は頷く。
綾部さんがじゃ、と言って歩いて五分、ついたのは広水駅だった。
「あの……」
僕が疑問を口にするより早く綾部さんが言いだした。
「山柿くんの家は何処なの?」
「呉地だが」
「あたしも呉地に住んでいるのよ、奇遇ねえ。喫茶店も同じだから」
「……」
余りにも空々しい。バカにしているのだろうか。
あんたが拾った僕の謝罪文入り封筒は、呉地の岩田家から帰宅している途中で失くしたのだから、僕が呉地に住んでいる事くらい想像できるだろうに……。
僕は文句を言わずに電車に揺られ、そして歩くこと十五分、喫茶店は母さんがよく行く商店街にあった。
カランと鳴らして入った店内は、昭和初期を思わせるレトロな雰囲気がたっぷりな内装だった。
僕たちは一番奥の窓際の席に座る。
「好きなものを頼んでちょうだい。今日はおごらせてもらうわ」
綾部さんがメニュー表を広げて僕に見せ、にこやかに微笑む。
「それはいいです」
そう。そんな事より要件をいってくれ。
授業中ずっと気になって仕方がなかったのだ。
「あら。そうはいかないわ。私が誘ったのだから、ここはおごらせてもらえないかしら?」
誘った? 脅したの間違いじゃないのか?
「じゃせめて割り勘に」
「あら? 私がおごるのが気に入らないの」
綾部さんは微笑んでいる。
こんなやり取りの何処が楽しいのだろうか、さっぱりわからん。
ああ、もう、めんどくさい。「わかりました」と僕は言う。
やがて運ばれたバーガーを僕は一口ぱくり。
テーブルを挟んで向い合う綾部さんが、傾けていたティーカップをソーサーに戻すなり口を開いたのは、お互いの関心事であるK大学入試についてだった。
構えていただけに少し拍子抜けしたが、知っている限りのことは受け答えする。
やがて質問が底をついたかと思ったら、今度は僕の趣味は何かとか家族構成はとかを訊いてきた。
おいおい、どうなっているんだ?
謝罪文の事をあえて避けている理由はなんだ。
これっぽっちも話題にでてこないじゃないか。
警戒しつつ、質問事項は全て答えられる範囲で述べさせてもらった。
謝罪文を岩田に渡されてもどうこう思わないのだが、一般の生徒や岩田家の近所に知れ渡るのは避けたい。
それに綾部さんが謝罪文をチラつかせて、僕にさせようとしている何かには興味はある。
予想通り岩田との仲介希望ならば、受験が終わり次第岩田とのツーショットをセッティングしょうじゃないか。
だがもしそうでなくて、別の狙いだとしたら?
考えたくはないが、たとえば金品の要求とか。
綾部さんがそんなゆすりみたいな事をするとは思えないが……。
それとも僕みたいな女子から毛嫌いされる特殊な男性と話をしてみたいという好奇心?
お化け屋敷が好きな女子みたいなものか?
やがて食べる物も無くなり、会話も少なくなり、「そろそろ出ましょうか」と綾部さんは伝票を持ってレジへ向かった。
あれ、結局謝罪文はどうしたんだよ?
何事も無く会計を済ませる綾部さん。
「ごちそうさまです」
取り合えず僕はお礼を言った。
彼女はお金持ちのお嬢様が持っていそうなブランド物っぽい長財布に、受け取った小銭と紙幣をそれぞれのポケットに収め、レシートは二つ折りにして、レシート専用らしきポケットに入れる。
そしてようやく僕にした返事というのが――。
「どういたしまして……と言いたいけれど、本当におごらせるとは思ってみなかったわ」
「はっ?」
意味がわからん。
『おごらせてもらえないかしら?』と言ったのを僕はきっぱり断ったはずだ、割り勘にしないかと。
女子におごってもらうのは気不味くてたまらないし、そこまでの間柄ではないからだ。
それをわざわざ『あら? 私がおごるのが気に入らないの』と拒否したのはあんたじゃないか?
「止めて、顔が近いわ!」
突然、綾部さんが顔をそむけた。
「わ、わるい……」
僕は慌てて一歩下がる。おかしな事を言いだすものだがら、つい覗きこんでいたのだった。
「そう、それくらいが良いわね」
澄ました顔で僕との距離を分析する綾部さん。
「確かにおごると言ったわ。誘ったのが私ですものね。
それは受験を二週間後に控えた大事な時期に、自宅に帰ってお勉強をしたいと言う貴方を無理矢理お茶に誘ったわけですから、当然だとは思いますけれど」
じっと僕の表情を読んでいる、嫌な感じだ。
「はっきりと言ってくれないか?」
「あら、怒っているのかしら」
「まさか。元からこんな顔だ」
「そうよね。おごってもらっておいて、腹を立てるのはどうかと思うわ。
ごめんなさい。貴方の顔は表情が読み取りにくいの」
「わざに言わなくてもいいよ」
ニコニコしていやがる。
謝罪文で脅そうとしたり、こんな変な人だったのか綾部さんって。
お金持ちのお嬢様だから甘やかされて育ったのか?
お嬢様が全てそうだとは思えないが。
僕は財布から500円玉をひとつ取り出した。
「どうしたの、これ?」
「バーガー330円とコーラのSサイズ170円分、合計500円だ」
「あらいやだ。私がおごると言ったはずなのに」
僕をおちょくって楽しいか?
誰だ、綾部さんをお淑やかとか言いだしたのは?
「僕にどうしろと?」
「では、こうしましょう。その500円はいらないから、貴方のお部屋を見せてちょうだい」
「はい?」
ダメ? と綾部さんは可愛らしく小首を傾げ、胸ポケットを手で触れた。
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