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しおりを挟む勇者さまが心配でたまりません。
「兄さんちょっとあたし、大事な御用があるの」
「そうなのか?」
ブラックが気持悪い子だと説明するのは、家に帰ってからにします。
ブラックが変な顔をしましたが、無視して勇者さまを探して商店街を駆けました。
山柿さまは自宅へ戻るでしょうか? あたしが走っている道とは限らず、追い越しているかもしれません。
でも何もしないよりマシ。
走って山柿さまの自宅が見えて勇者さま発見。
でもお家に入ってしまい、
『ブラックに断るつもりで言ったんですっ! 目を閉じたから山柿お兄ちゃんに気付かなかったの』
説明が出来ない……。
今朝みたいに、山の上公園に上がって勇者さまの窓に向かって手を振ろうと思いましたが、意味が伝わらないし、逆に冷やかしに来たと思われるかもしれません。
どうしょう……。
玄関を叩いて山柿さまを呼び出す勇気はありません。
彼女さんの呆れ顔を思い出すと悔しくなっちゃう。
あたしを『困ったちゃんだな~っ』とか『所詮子供かぁ~っ』とか思ってます。
親切にしてくれた山柿さまに間違いでも酷い事を言ったんですから、仕方がありません。
身体は重く、視界は膜がかかり、スライムみたいにずるずると引き返していると、スーパーのお客さんの袋が透けて見え。
――あっ!
唐揚げを作るつもりだった。
何やってる。ブラックを振り切ることばかり考え、忘れていた自分が情けなく、でも今更どうなのっていう虚しさで泣きそうでした。
上手に唐揚げが作れても持って行く勇気はなく、渡せても『ありがと』と素っ気なく言われ食べてくれるかどうか、それ以前に会ってもくれないかも。
違う違う! 勇者さまなら優しく振る舞います。
とりえずスーパーの通路をうろうろし、今日もママの帰りが遅いから、夕食の材料を買います。
「あら、愛里ちゃんじゃない」
おばさまです。
あたしの買い物カゴを見て「晩御飯は……唐揚げ?」
「え……」
鶏のもも肉、玉子、唐揚げ粉が知らぬ間にカゴに入っていて。
「いえ、その……」
そうか。作ってみようと無意識で入れたのです、あたし。
「もしかして、愛里ちゃんが作るの?」
「あ、まあ、そうです」
「凄いじゃない愛里ちゃん。実はね、うちの聖も大好物なのよ」
もちろん知ってます。
「そうなんですか」
「どんな唐揚げか食べてみたいな。おばさんも大好きだから」
ふふふ、と笑っておばさまはお魚コナーへ向かわれました。山柿家の夕食はお魚ですね。
あたしはレジへ並びます。商品スキャンが終わり、お財布からお金を取り出そうとして、
「わっ! 脅かさないでよ!」
飛び出たムカデさん。着地したレジ台で、フルフルぶよぶよ気持ち悪そうにしています。レジのパートさんが、おもちゃは持ち込まないで、と苦笑いしました。
あっちゃーっ! ムカデさんをお財布に入れたままでした。
「ごめんなさい」
勇者さまがあたしの為にドブ川に入って探したムカデさん。
そういえば、お返しをしていないままでした。
お返し……。
じっと唐揚げ粉を見つめます。
作ってみよう……。
取り敢えず、作ってみよう。
食べてくれなくても、喜んでくれなくても、一応作って持っていってみよう。
◆
◆
自宅の玄関のドアノブを捻ると鍵がかかっていて、自分の鍵を使って家に入ると誰もいませんでした。
兄さんはどうしたの?
受験勉強していると思ったのですが……。まさか、ブラックと親睦を深めているんじゃ? 道場に安内して……。
ええぃっ。ダメダメ。想像しても仕方ありません。
唐揚げを作るには丁度いい。兄さんがいたらつまみ食いされるでしょうし、出来上がっても持ち出すのに苦労しそう。
兄さんが帰る前に作っちゃいましょう。
システムキッチンの前に椅子を持ってきてその上に立ち、もも肉とその他必要ある物を並べて料理レシピを見ました。
『その一、鳥肉を一口大にカットした物をナイロン袋に入れ、浸るくらい醤油とチューブ生姜を入れてよく揉み込みます』
ふむふむ。これは簡単。ざくざくざく。ぽいぽい。とぽとぽ。モミモミモミ。
『その二、よく揉んだら、三十分寝かせます』
さて、問題はこれです。
寝かせる……。
しかも三十分だけという細かい注文。
お布団に入っても寝付けなかったりして、一応お肉さんに寝てもらいますが、本当に寝入っているかを確認するのが超難題です。鳥が殺された時に安らかな眠りに入っているのに、これ以上どうお休みして貰えばいいのでしょう?
取り敢えず、このお肉をあたしのお部屋に連れて行き、お肉さんが今起きているものとして、あたしのベッドに入れて三十分後に目覚ましが鳴るようにセットしておきました。更に熟睡できるようにと、隣で心地よい子守唄を歌ってみます。
「からあげ~、からあげ~、かっかっかっらあげ~っ♪」
三十分という長丁場をほぼ創作曲で歌いきりました。
どうでしょう。
良く眠れたでしょうか?
あたしは疲れましたけど。
ジリジリジリ――ッ! と目覚ましが鳴ったと同時にお布団をはぐってみましたが、ナイロン袋に入ったお肉さんは相変わらずギトギトした光沢をしているだけでした。
うーん……わかりません、さっぱり。
だから――、
「いつまで寝ているつもりなのよっ! さっさと歯を磨いてキッチンに来なさいっ!」
学校へ行かなきゃいけないのに、いつまでも寝ている息子を起こしに来たママのつもりでやってみました。
でも鶏肉がキビキビ歩いて洗面所に行くわけもなく、
「しょうがないわね……とろ~んとしちゃってもう」
ぶつぶつ文句を言いつつ、中身どろどろのナイロン袋を摘んでキッチンに行きました。
さていよいよその次です。
『その三、寝かせた後、片栗粉を加えて更によく混ぜます』
寝かせた後……。つまり起こしてからでしょうね、これは……。
「お――ぃ! おおお――――ぃぃっ!! 起きてるか――いっ!! おおおお――――――ぃぃっっ!!」
ナイロン袋に向かって、はしたなくも激を飛ばしてみましたから、これでもうはっきりと目覚めたはずです。
ぱっぱっぱっ。モミモミモミモ。にちゃにちゃにちゃ。
よしこれで完璧。
『その四、取り出して油で揚げれば出来上がり』
おおっ。後は油で揚げるだけですかっ……。いよいよメラの時ですね。
わくわくしながらガスコンロに火をつけて中華鍋に油をたっぷり注くと、少したったころでしょうか、油面に手をかざすとほんのり温かく、いい感じになりました。
ナイロン袋からお箸でお肉を一つ取り出して、そっと油の中へ入れてみると、
バチバチバチバチ。
「おおおおおおぉぉぉぉっっ!」
もの凄い音が響いて、鍋の中は地獄絵図。まさしくメラ状態になったようなので、次々投入しました。
ぱちんぱちん、と油があたしの近くに飛んできて、
「わちゃちゃ! わちゃちゃっ!」
危険です。超危険ですって。
でも我慢、我慢。メラを扱えなくて冒険なんてできません。
ここを乗り越えると山柿さまに分かって貰えるような気がして、喜んでくれるお顔が浮かんできて、じっと耐えていたのですが、ついに我慢しきれず、椅子からテーブルに飛び移って避難しました。
情けない。なんてヘタレなの、あたしって……。
これが小学生の能力の限界でしょうか。
レディの壁をヒシヒシと感じつつ、メラ初体験を離れた場所で見守ってしまったというあたしは、お肉が美味しそうな色に変わってきたので、即コンロの火を止めました。
「ふう――っ!」
疲れました。
ブツブツと地獄絵図が弱まってきた鍋から、お肉を取り出し皿に並べると、綺麗なこんがり茶色。
完成です――――っ!!
やったーっ。
食器棚から大きめのタッパを取り出して、出来上がったばかりの唐揚げを詰めて蓋をします。
なんだか、メラの地獄絵図を見ていたら、あたしの心までもブツブツ自信が湧いてきたような感じです。
勇者さまの大好物の唐揚げ。
食べてくれるかな。喜んでくれるかな。
まずは。山柿家へ行くのです。
『やだ。得意の唐揚げを作り過ぎちゃったぁ~。山柿お兄ちゃん食べてくれないかなぁ』
とか言って山柿宅に上がらせて貰えないかな。そうすればブラックの事を詳しく説明できるのに。
『やだぁ~。あれはブラックに言ったのですょー』
『えっ、そうだったんだ。よ、よかった……』
『当たり前です。そんな事、あたしが言うわけないじゃないですか。大好きなお兄ちゃんに……』
『えっ?』
『あっ』
『だだだ、大好きなっ!!』
『あっ。やだっ。あたしったら、ぽっ』
『そんなに僕のことを……』
『いえそれは、そのぉ……、あっ! どうされたのです、お兄ちゃんっ? あああっ!! だめだめだめ、お母さまが下にいらしてなのにっ! あれーっ。いやいや、うっふん♪』
まあっ。こういうケースでイヤイヤをすれば良かったのですね。反省反省と。
よしっ。イメージ通りにならなかったとしても、ちゃんと話せば分かってくれるはずです。
そして、そしてです。
お気に入りの紐付きパンティーは絶対に履いてゆかなきゃ。
更に机の引き出しに押し込んでいたセミの折り紙を取り出し、これも……と心に刻むあたしなのでした。
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