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★お引っ越し
しおりを挟む勇者さまの彼女さんのお家で、お誕生会をしてくれました。
終わって自宅へ戻ると、郵便ポストの下に大きな包が置いてありました。
リボンで飾り付けされた四角いB4サイズほどのそれは、持つと軽く『岩田愛里さんへ』と記されていているだけで、差出人には不明、消印とかも無く、あたしが家を出る時は無かったので、最中に誰かが直接ここに置いたようです。
家に持ち込んで開けてみると、あたしがあっかんべーをしている油絵でした。
手の込んだイタズラとは思えないほどの精巧な仕上がり、油絵を書き慣れた人が時間をかけてじっくり描いたものです。
しかし、何故かあっかんべー。もっと他にありそうなものだけど。
同封されていたメッセージカードには、『今までごめんね、お誕生日おめでとう!』と書かれただけ。
心当たりはまったく無く、兄さんいわく、『愛里の隠れファンからのプレゼントだな』だそうで、ふーん、あたしなんかの何処が良いのだろうか、と首を捻りました。
翌日学校へ行くと、ブラックファンの女子たちがつまらなそうに廊下で駄弁っていました。
あたしとしては、ブラックとの一件から近寄りがたく、なるべく関わり合わないようにしていたので、同じようにスルーで自分の教室に入ろうとしたら『羽沢くんが引っ越しをするんだってー』『ショックよね~』と聞こえてきました。
――羽沢くんが引っ越し――。
素敵っ!
今日はもう学校に来てないそうで、昨日の登校が最後だったようです。
悲しみに落ち込んでいるファンの中に何故か6年生の女子もいます。
「羽沢はテニスの才能があったのに、急に止めて剣道なんかを始めたりして、分からん子だった」
テニス部の先輩でしょう、あの子も密かにブラックファンだったのですね。器用な人です。
「これから剣道を続けてゆくそうだ。お面を被ったらカッコイイ顔が見えないのに……」
「そういえば、羽沢くんって絵も上手だったわよねー」
「そうそう、あたしなんかノートに似顔絵を描いてもらっちゃったー」
「えーっ。いいないいな~っ!」
……え? 絵?
まさか、あの油絵は、ブラックのもの? ブラックがあたしの為に描いたってわけ?
信じられないんだけど。
いや、でも、百歩譲ってそうだったら、直接あたしの家のチャイムを鳴らし、出てきたあたしか兄さんに『どうぞ僕から愛里ちゃんへのプレゼントです!』と、これみよがしに渡しそうですけど……。
「羽沢くんって、色んな才能がある子だったねー。結局彼女に誰もなれなかったけどー」
「そうそう。真面目っていうかさー。あれだけモテモテなのに、個人的にデートとかした女の子は誰もいないんじゃないの?」
「女の子なら別け隔てなく誰とでもニコニコ接してくれて、本当に良い男子だったねー」
亡くなった人は、美しく思えると言うけれど、いやいや、ブラックは死んではいないから違うけど。それが本当だったら、あたしにしてた呪いのような接し方はなんだったんだろーか、うーん……。
ブラックファンが言うには、今日、羽沢くんは引っ越しの荷作りを手伝っているそうで、羽沢宅まで挨拶に行くとのこと。
あたしも油絵が本当にブラックのプレゼントなのかどうか確かめたいし、もしそうならブラックとも最後ですし、お礼くらいは言わないといけないと思ったので、学校が終わって羽沢くんの家に向かう小学生の女の子集団を尾行したのでした。
自宅らしき看板を下ろした酒屋さんの前で、「「「はーざーわーくーんっ!」」」と女の子の大合唱。
今になって知る真実――ブラックは町内の酒屋さんの子だったんだー。
出てきた青い瞳、ブラックの爽やかな顔を見て、きゃーきゃー騒いでいる生徒よりず~っと後ろの電柱から、あたしはそっと顔をのぞかせておりました。
長い長いファンとの交流が続き、あたしとしては夕飯のお買い物もまだなのに~、と痺れを切らしそうになっていると、名残惜しそうに最後の女子たちが帰ってゆきました。
やれやれ。
さて、いよいよあたしがブラックと話す番、そう思ったら急に尻込みしてきました。
過去の対ブラック戦は、いずれも向こうからアタックしてきたもので、今この電柱から奇襲を仕掛ける積極的な戦法は始めての事。一歩間違えば、『なんだ~、愛里ちゃんはやっぱり僕の事をっ!』と、ブラックの妄想を自ら大きく膨らませる羽目になります。
不用意に電柱から出るわけにはゆきません。慎重にしなければなりません。
すると、軒並みならぬあたしの殺気を感じ取ったのか、
「やっ!」
ブラックはこっちを向いてシュタッと右手を上げました。
「はっ?!」
咄嗟に電柱に顔を引っ込めましたが、無駄なこと、ぽとぽと聞こえる足音は、たぶん白い歯をキラキラさせているブラックのものですから。
さて、どう切り出そう。
ブラックの必殺技――小学3年生にして、全てを自分の都合の良いように解釈してしまう技は無敵で、迂闊なことは言えません。
「ごめんね、岩田さん……愛里ちゃん……」
電柱の向こうから、しんみりとした声がしました。
いやいや、真に受けては危険。洗剤と漂白剤を混ぜるのと同じくらい危険です。
「嫌がっているのは知っていたんだけど……、嫌がって怒った顔も可愛いから、ついついしつこくしちゃって、本当にごめんね……。でも僕が愛里ちゃんを好きなのは本当。本当に好きだから……だからごめんね」
しんみりと話すブラックは、いつもと違ってどこか悲しそうで、あたしをハメようと企んでいるのかも、と疑ったんだけど、全然近づいてこないし、離れたまま『ごめんね』を繰り返していました。
下手に出られるとキツく言い返せないのを見越して、ワザとこんな振る舞いをしていると警戒するんだけど。
「あの……」
あたしはおずおず電柱から出ました。
「わざわざ来てくれて、ありがとう」
「どういたしまして」
ブラックがほのぼの笑います。
「あ……あのね。もしかして、あたしのお家に油絵を置いたのは、羽沢くん?」
「うん。そうだよ。気に入ってくれた?」
「やっぱり……。でもなんで? ……何が狙いなの?」
「狙いって、ははは。普通に誕生プレゼントだったんだけど……、そうだな、お詫びの気持ちもあったよ」
にちゃにちゃの手で握ってくるでなく、抱きついてくるわけでもなく、距離を置いて淡々と話すブラックは普通の同級生の男の子です。
前からずっとこんな調子だったら、嫌いにならなかったでしょう。いや、いまだに信じられないけれど。
「それじゃーね、僕まだ荷作りがあるんだー、今日は本当にありがとう。愛里ちゃんが来てくれたのが、一番嬉しかったよー」とブラックから話しを切り上げ家に戻ろうとしました。だから、
「あっ! あ、ありがとう。こっちこそ、油絵。あたしのお誕生プレゼント。驚いたけど、あたしも嬉しかったよ」
驚いた顔をするブラック。やがて笑って、
「……おうっ!」
最後に白い歯をキラッと輝かせて踵を返しました。
始めてブラックに言った。ありがとうって……。
いろいろあったけど、油絵ありがとう。
絵の中であたしに、あっかんべーをさせたのは、断り続けたあたしでも気に入っているって意味なのかなぁ。なんて思いました。
それから数週間は経ち春休み。
ブラックが住んでいた酒屋は取り壊され、立体駐車場になるそうです。
そして、あたしの家から50メートルほど歩く場所にコンビニが建ちました。
新聞に《本日オープン!》の広告が入り、兄さんと一緒にお買い物に行きました。
見えてきたセブンのお店。その駐車場で、同級生の女の子たち、それも旧ブラックファンの面々がきゃぴきゃぴしながら輪になっている中心に、セブンのシャツを着た茶髪の男の子が青い瞳を細めていました。
え――っ!
う、うそでしょ??
「あっ! いらっしゃいませーっ」
イケメン男子は、横断歩道を挟んで遠くにいるあたしに向かって大声で呼び込みをし、シュタッ、と元気に右手を垂直に上げました。
つられて注目した周りの女子たちの変わりよう。ひくひくと微妙な顔をしています。
転校したんじゃないの?
「羽沢くん。家近くなったなーっ」
兄さんは知っているようでした。
引っ越しといっても、同じ町内を移動しただけ。家業が酒屋からセブンになっただけとは。
騙されたー!
うーん、始めっから転校するとは一言も無かったから、あたしの勘違いなのだろうけれど……。
まっ、いいか……。
あたしは、この間みたいなブラックでいてくれたらな~。
少ししてブラックが走って側までやってきました。
「お兄さま。ありがとうございます!」
「うむ。見事だったぞ油絵。愛里もお気に入りだ」
「ですよねーっ」
は?
まさか、あのブラックの描いた油絵は兄さんの差金?
『こんなことをすると愛里は喜ぶんだから』とか何とか言って、アドバイスをした?
二人がっしり握手して、うんうんと頷き。
「愛里ちゃんとお付き合い宜しいでしょうか?」などと言うブラックに「そうだな。愛里の気持ち次第かな。もう嫌がることはしてはいけないぞ。いいか」「はい! それはもう分かってます」などとにこやかに会話しているじゃないですか!
おかしいとは思ったのです。
あのブラックが急に好感度よくなって、奥義の『ねちゃねちゃハンド』をしてこなくなり、さほど有害ではなくなってはきたので悪くは無いのですが、それも兄さんの入れ知恵だってこと?
ああ……。なんだか微妙……。
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