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★愛里はアイドル
しおりを挟む桜の季節を迎え、兄さんは山柿さんと同じK大学の遼に引っ越して行き、あたしは小学四年生になりました。
新しいクラスにも慣れ、学校から帰宅すると――。
「有難うございます!」
ママが電話口でもの凄く喜んでいるのでした。
「よーし! これからは、愛里も芸能人」
電話を終えたママに肩を揺すられましたが、わけがわかりません。
聞けばトキメキTVの主演に合格したのだそうで、早速来週から撮影だそうです。
ママはパパと結婚する以前はモデルのお仕事をしていて、それであたしも芸能界で働かせたかったみたいなのです。
◆
次ぎの日早々お買い物。
ママは楽しそうにあたしのお洋服を選び、スマホも操作が簡単なものを買ってくれ、家に帰ると習得しておいたほうが良いとウォーキングレッスンや、軽いメイクの仕方まで教えてくれたのです。
楽しそうなママの笑顔を見ると、ついあたしまでも嬉しくなるのですが、心の中はどんより暗く沈んでいました。
もう一ヵ月も勇者さまに会っていません。
思い返すたびに胸が苦しく、裏もものちくちく感が忘れられなくて、こっそり山柿さんの画像を見てはもじもじしていました。画像はママが留守の時、兄さんの部屋にこっそり侵入して、押入れの中の卒業アルバムから彼の登場しているページをスマホで撮ったもの。
はっきりとわかるのは、彼の事が大好きなあたしの心だけです。
今ごろ彼はどうしているのでしょうか? 大学で彼女はできたかしら? もしいるとすればどんな人? まだいないなら、どんな女の子が好み? あたしみたいな年下でも大丈夫かなぁ?
あたしは山柿さんの事をなんにも知りません。
兄さんは『あいつに興味を持ってはいけないぞ』の一点張りで、代わりのつもりでしょうか、さり気なくブラックを進めてくるのでした。
「聞いてる愛ちゃん?」
「あっ! うん」
ついぼーっとしちゃってました。いけないいけない!
「スタッフの人に会ったら元気に挨拶するのよ」
「うん……」
「ハイでしょ? それから笑顔も。《うん》はもう使わないほうがいいわね」
「うん……」
なんと毎週日曜日は収録のため大阪に行けるのです。大阪にはK大学があり、山柿さんにお会いできるかもしれません!
「ねえ、ねえママ、大阪に行ったら、兄さんにも会うんでしょ?」一緒に山柿さんにも……。
「そうね。折角だから食事くらいはしたいかな。でもあまり時間はないわ」
「収録って、そんなに大変なの?」
「いい、愛ちゃん。ママはダメだったけど、あなたは売れっ子になって欲しい。これはチャンス。トキメキTVで人気が出れば、将来女優になれるかもしれない」
瞳を輝かせて見つめられ、なんだか……、申し訳ない気分になるのでした。
オーデションの時は、予選を通過するたびに凄く喜ぶママと一緒にあたしもはしゃいでいたのですが、いざ合格です、今日から女優だよ、と背中を押されても、皆んなから注目されるなんて、しかもお仕事なんて好きではないのです。もしモデルみたいに大勢の人の前で歩いたら、きっと途中で気絶してしまうでしょう。トキメキTVは料理を作ったり、歌ったり、お芝居もしなくてはいけません。無理ですあたし、絶対に!
どちらかといえば、静かに昆虫図鑑でも見ているほうが落ち着くし、将来はお嫁さんが良いのです。
できるものなら……、山柿さんの……。
でも、それはあくまで希望で、無理だと分かっていました。
山柿さんほどの立派な方なら、きっと女性にモテモテでしょうし、今も綾部という美人のお姉さんが彼女のポジションにおられるからです。
だけど、だけどそんな勇者さまとあたしはトイレで秘密の関係になったのです。あんな激しい行為は、たぶん他の女性――彼女さんにもしていないでしょうから、勇者さまにとって、あたしは特別なのだと思うのです。ただ弄ばれただけ、浮気相手かもしれませんが、それでもいいのです。折角ほかの女性から一歩リードしたのに、このまま会えないでいると、終わってしまうような……。
なんとかしないと、折角見つけた赤い糸を見失うかもしれません。
◆
待ちに待った大阪でのお仕事初日。
眠い目を擦りながら、でもしっかりと勇者さまが見つけてくれた紐パンティーを履いて、朝一番の新幹線に乗って三時間、やっと大阪へ到着したあたしとママは、そのままTV局へ入りました。
トキメキTVは三十分番組なので直ぐに終わるはず、その足で兄さんに会いに行き、そうすれば同じ遼室の山柿さんにもと期待していたのですが、収録から収録までのお着替えやメイク直し、スタッフの人との打ち合わせやセットの組立の待ち時間など、意外にも時間が掛かるのです。しかも月曜日から金曜日までを一気に一日で収録してしまうらしく、日曜日の夕方にやっと終った時には、あたしは疲れ果ててぐったりと寝てしまい、気が付いたのは新幹線に乗って帰る途中でした。
新幹線の窓を流れる夜景が、なんとも寂しそうに見えます。
こんなハードなお仕事だったら、山柿さんに逢うなんて絶対に無理かもしれません。
「どうしたの愛ちゃん。疲れた?」
隣の座席のママが不安そうにしています。
「ううん」
「そう……。ママには何でも言いなさいね」
あたしの悩みは内緒。小学生のあたしが兄さんの親友と関係を持ったなんて、ママが喜びそうなワイドショーネタじゃないですか。流石にそれは早すぎなので言えるわけがありません。
その道に詳しい美咲が言うには、『こういう男女の身体の関係はちゃんとA、B、C、と手順を踏んで進むのよ』だそうです。
いくら男女の事に疎いあたしでも、Aが挨拶の頭文字、つまり告白だと言うことぐらいは知っています。
そして彼がトイレであたしにしたのが、たぶんC。いや、もしかしたら大便のDかもしれません。
あっ!
だったらあたしが山柿さんにしたのがC、おしっこのCですきっと。
だとすれば、あたしたちはAの告白とBの……何でしょうか、とにかくそれも飛び越え、一気に禁断のCDまで駆け上ったことになります。なんだかリズミカルな音楽でも聴こえてきそうですね。
これも信頼ある友人の言葉なのですが『恋って、時にはジェットコースターなのよっ!』だそうです。
なんて深い言葉なのでしょうか。皆さんもあたしたちみたいな事を、密かにされているのでしょうね。
でも、それはそれ、これはこれです。
ママに相談するには、ちゃんとAくらいは済ませておかないと、手順を踏まない常識はずれの娘と嘆かれそうで絶対に嫌なのです。
でも簡単にAと言っても、大阪に行ってしまった山柿さんがわざわざあたしに告白をしてくれるでしょうか?
そもそも山柿さんがAをしてくれなかったのは、やっぱり……。ああ、やっぱり遊びだったのでしょうか?
「ううん、大丈夫だよママ。なんでもない」
ふしだらな娘という言葉が胸に刺さります。あたしはできる限り笑顔をつくってママに見せました。
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