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☆秘策
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その夜。
有名そうな居酒屋にて、産婦人科の女性7名とコンパだという。
嫌々ながらも岩田とともに参加してみた。
僕はコンパなどという物に参加する人間は、『恋人を探していまーす!』とあからさまに、貪欲に、見境なく、もっと言えば《自分は欲望エロモード全開だよー! やっほー》と宣言している連中だと思っていたが、向かい合うお淑やかな女性7人の話しを聞いているうちに考えを改めた。
「山柿クンはK大の何学部?」とか「趣味はなーに?」とか「今度遊びに行こうよー」とか、僕にビビるどころか超親切なのだ。
サングラスの効果もあるだろうが、みんな社会人だからか、看護婦さんだからか、「隣の岩田クン? だったかしら、無口だね。調子悪いのかしら」などと、1人無言で烏龍茶をちびちびやっているポーカーフェイスをいたわる事も忘れない。
みんなすげー良い子! 偏見で見下した僕がバカだった。コンパサイコー。
ちょっとお手洗いに行ってくるねー、と席を立った2名に続いて残り全ての女の子がお手洗いに行った。
残ったサークルのメンバーが、誰が可愛いの、あの子は俺に気があるだの、唾つけみたいなのをやっている。
なんと露骨なのだろうか、彼女たちのように、自然に会話を楽しむことは出来ないのだろうか?
注意してやりたいのは山々だが、僕は入ったばかりのしかも一回生だから、止めておいた。
無言だった岩田がトイレと言って席を立った。丁度僕も行きたくなったので付いゆく。広いトイレで用を済ませて出ると、コンパの女の子たちが立ち話をしていた。
「すっごいイケメンだったねー。超カッコイイんだけど。彼女とか、もういそうだよね絶対」
「うんうん。一言も喋らないから隣のヤクザに振ったんだけど、バカだから行動しないのよ」
「見てた見てた。自分がモテてると錯覚してんだよねー。あるわけないじゃん」
「こっちの狙い読めよ、いい加減って、突っ込みを入れたくなるね」
「「「きゃはは♪」」」
天使が悪魔に変わった瞬間だった。
「どうした山柿?」
「いや、別に……」
岩田と共に席に戻る。
――僕はバカだろうか。
高校生まで女性と上手く話せなかった人間が、いきなり初対面の女性と楽しく会話が出来た。
この時点でそもそもおかしいだろう。気付けよ自分。
もしかしたら、7人の誰かが彼女になっちゃうんだろーか、などと下心満載でいた自分が恥ずかしい。
彼女が出来るということは、ある時期が来れば自然とかかる麻疹のようなものではないのだ、と今更ながら痛感した。
やっぱり、女性は緊張と劣等感を伴った用件を伝えるだけの人間なのだろう……。
つい高校生時代にたどり着いた後ろ向きな見解が顔を覗く。
「誰か好きな子いたか?」
「いや。とくに……」
「まあ、場数増やせばなんとかなるさ」
K大寮に戻ってからの岩田との会話だ。
こいつ僕に彼女を作らせる魂胆なのだ。
『私が彼女だけど、文句ある?』と宣言する綾部さんが、無口剣道オタクをボロクソにしながらも、本心はちゃんと岩田に向いている。
僕に彼女なんかいやしない。そこんとこはちゃんと分かっている岩田だけに、益々僕に彼女を作らせようとする。《触れ合いサークル》などという岩田が最も嫌いな集まりにわざわざ入ったのもその為だ。
全ては愛里だ。僕に彼女が出来れば愛里に向かなくなる。僕の心から愛里を引き離す狙いだ。
僕は岩田が寝静まって、こっそりトイレの個室に入り施錠してスマホを取り出した。
――マル秘愛里画像。
可愛い愛里が映る液晶画面。しみじみ癒やされる。
今ごろどうしているだろう。夜も遅いからパジャマに着替えて寝てるだろうか。
岩田にバレないように愛里に会いに故郷に戻る、そんなことも考えた。
僕に会えば愛里はキョトンとして、だけど一応は喜ぶかもしれない。しかし、愛里のママは近所の人はなんて思う。
兄の岩田抜きで小学女子と二人っきりの僕の姿は、危ない大学生に映るだろう。
僕を知らない人だったら、いたずら目的の変質者だと疑うかもしれない。
最悪、僕の両親に噂が届くのだけは避けたい。
そもそも小学生に恋いを抱くなんて、絶対に誰からも認められない異常な事なのだから。
岩田の目論見じゃないけど――いい加減、愛里のことは忘れなければいけない。
実は離れた大阪に来れば忘れるだろうと安易に思っていた。
だが無理みたい。
彼女さえできれば奇麗に忘れられる。
あれからもコンパに参加し続けてみるが、今度は逆に女性が怖くて上手く話しが出来なかった。
にこやかに僕の顔に視線を向けた彼女たちが見せる一瞬の違和感が、重い圧力となって襲いかかる。
トイレの立ち話が、女性全ての本心ではないと思いつつもだ。それでもなんとか話そうと試みるが、出てくるセリフはぎこちなくて、場の空気を変えてしまう。しらけているのが解るから、苦笑いするだけでもう次ぎの言葉は出せそうにない。
ふとスマホに綾部さんからメールが届いていた。
『いい根性しているじゃない。私という彼女がいながら、よくコンパに行けたわね。どうせ空振りなのに(笑)』
文末の(笑)が本気でないと言っている。
『岩田も一緒にコンパに参加しているけど、僕と同じく女子を全く寄せ付けないから不思議だよ。(重要=岩田は誰とも付き合っていないよ)』
綾部さんが一番知りたい情報を送っておく。リターンが来ないから安心したようだ。
岩田もいい加減綾部さんとくっつきゃいいのに、未(いま)だ何もしない。
コンパには参加するが、モーションをかけてくる女子はスルーするし、僕のような外見をしているのであれば彼女がいないのも頷けるが、岩田はイケメンとくる。高校時代同様に女性にモテるのに、なぜか付き合う事はしなかった。
「なあ、もしかして、僕に彼女ができないからって……、ワザと彼女を作らないようにしてるんじゃないのか?」
「なんだ、それ? そんな事するわけないだろ。好きなコがいないだけだよ」
「そのルックスでうじゃうじゃ寄って来てるだろ。そん中にはいるだろ一人ぐらい」
「今んとこいない。全部めんどくさいだけね」
「なんだ、そのめんどくさいって?」
ははは、と笑う岩田の目が妙に艶めかしい。
「あ…………、まさかお前」
ここの男子遼は男同士がペアでひとつの部屋になる。だが、この岩田は入寮早々に、寮長に僕と同室を希望していたのだ。
愛里が心配。僕を見張るという名目だったが……。
思い起こせば中学の時も、岩田は僕が入っていた剣道部に続くように入部して来た。高校だって、僕と同じ高校へ進学したし、この大学だってそうだ。将来、教師になりたい僕に合わせるように、岩田も教師希望だと言う。
「どうした、山柿?」
「お前まさか……、まさかだが……、僕を狙っているんじゃないだろうな……」
一瞬、岩田の目が驚きに変わった。半開きになっていた口元がやがて歪む。
「お、おまえ……、ウケる。……んなわけあるかっ!」
ひーひー、と腹を抱えて岩田は大爆笑した。
「毎夜、俺にケツの穴でも狙われてるとか考えていたのかよ。クククッ」
どうも素で笑っているようだ。僕の思い過ごしか。なんなんだよコイツ!
安心していたら着信音が鳴った。
岩田がポケットから取り出したスマホの画面を確認し、ニヤリと笑った。
「どうした?」
「ああ、母さんから今日の夕食は中止となったって連絡だよ。その理由は、……そうだな……まあ、見せてやるか、ほら!」
勿体ぶって向けられた液晶画面には、新幹線のホームの椅子、愛里ママだろう膝を枕にして、くーくー寝ている妖精の愛らしい姿だった。懐かしい姿に、うっ、と胸に込み上げるものがある。
「愛里がトキメキTVの収録で、ちょうど母さんと大阪に来てたんで、夕食でもって話しだったんだけど、肝心の愛里がコレだから仕方がないって理由よ」
「えっ?! そうなのか!」
二ヵ月ぶりだろうか。
来ていたのか、この大阪へ……。知っていれば、コンパなど無視して収録スタジオに行っていたぞ。
「こ、これからどうするんだ?」
「これからって、母さんたちの事か? 帰るに決まってるだろ、広島へ」
「そ、そうか……」
「お前、また妙な考えをしているんじゃないだろうな……」
「バ、バカなっ!」
あっさりとスマホを収めた岩田を羨まし思う。眠る愛里の画像がもの凄く欲い。添付してメール送信してくれないか、とは言えない絶対。
「まあ、食事は次ぎ来た時だな」
次ぎに来た時に食事……。
僕は愛里と面会謝絶だから岩田家だけで食事だろう。
愛里が何度大阪に来ても、僕と会うこともなくまた広島に戻ってしまう。
――ああ、生愛里に会いたい。
――ああ、生愛里の微笑みを受けたい。
日曜日の今日にトキメキTVの収録したということは、次もたぶん日曜日。愛里に学校を休ませて平日に収録はまず有り得ない。
となると……。
愛里を忘れるという決意も奇麗に消え、僕はある事を思いついた。
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