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☆監督の野望
しおりを挟む《キノコの旅》のアダルト撮影は3日で終わり、そのまま居酒屋で打ち上げになった。
「あーん。アンタとヤリたかったなーっ!」
隣に座るセナさんが、生ビールを片手に身体をあずけてきたので、押し戻す。
凄いピッチでビールを飲んでいる監督は、少し離れた場所で俳優さんと盛り上がっている。
「岩田監督はぁ~。ザルだから。ザル~」
「強いんだ」
監督の約束を果たすことは出来なかった。これで監督も二度と僕をA∨に出そうとは思わない、買いかぶり過ぎだったと自覚しただろう。
早速明日、実家に帰省するか。
「ちょっと僕、皆さんにお酌してまわります」
「ん~。いい心がけだねぇ~さかもとーお」
僕の下半身で、ボス役の演技で皆さん(スタッフ)には迷惑をかけた。
それでも皆さんは嫌な顔ひとつせず最善をつくす。
この仕事に誇りをもっている。見習わないといけない。
「突然だが、皆んな訊いてくれ」
監督がそう言い出した。皆んな静かになり注目する。
「この秋のKDAのゴールデンで2時間ドラマを依頼された。サスペンスだ」
おーっ、おめでとうございます、監督! と歓声と拍手が湧き上がった。
KDAは全国放送。しかもゴールデンに監督の作品が登場するのは初だ。
原作は直木賞作家で、脚本は岩田監督自らがするとか。
有名な俳優も多数でるそうだ。
A∨監督がアダルト以外を手がけるのは異例のことで、いかに岩田作品がアダルト抜きでも面白いか人気があるかを物語っている。
「そこでだ。今回のサスペンスの犯人役に、坂本氷魔を大抜擢することに決めた」
宴会場がガチッと凍りつく。
ある者はジョッキを傾け、ある者はフライドチキンにかぶりつき、ある者は大きく口を開けてバカ笑いしたままの形で停止している。
むろん僕もお酌をする形のまま、威厳ある顔つきで重大発表を終えた監督を、マヌケ顔で見やった。宴会場にはクエッションマークが無数に浮かんでいる。
演技もまともに出来ない僕を、重要キャストの犯人役に?
セリフだって多い。
監督が表舞台に立つ大事な作品なのに、なんで僕? ド素人の僕? 意味がわからない。
それにA∨に出たのも顔を隠すから、山柿聖だと分からないようにする約束だからだ。
なのに今度はドラマの犯人役だ。顔は隠さないだろう。
サングラスをかけても良いのか?
もしダメなら、この顔が日本中に晒される。怖がられる。キモがられる。
最悪……。死にたい。
「どうした。 みんな黙って。何か不服か?」
「ははそんな。やだなー」
「ちょっと驚いただけですよ」
「監督らしい斬新な起用かもしれん」
「流石は監督!」
スタッフが無理に同意している。そりゃそうだろう。
「そうか。皆んながそう言って貰えると私も嬉しい。こらこら坂本よ。死んだような顔しているが、先に言っておく。キミには演技の勉強に行ってもらう」
再びざわつく宴会場。顔を見合わせるスタッフたち。
「私が親密にしている教育機関だ。話しはもう通してある」
「は……はあ……」
「驚くのは無理もないかもしれんが、ドラマの撮影開始は盆が明けて8月20日だ。時間はあまりないが頑張ってくれ。期待している」
「は……はあ……」
「うむ」
ごきげんな監督はビールのジョッキをぐびぐび飲みほし、僕は皆さんに注目されながら、なんとも申しわけない気分でお酌をして回り、元の場所に座った。
ほろ酔い気味のセナさんに「すっごいじゃーん。アンタ! 出世コース出世コース」と小突かれ、身体を揺されながら、誰にも分からないように溜息を吐いた。
はあ、としか言葉が出ない。
皆んなの視線が痛い。嫌な雰囲気が宴会場に広がる。
どうして坂本だけひいきにされるのだろうか。顔が個性的だからか?
腑に落ちない。わざわざ素人を一から教育してまでする意味はあるのか?
特別な何かがヤツにはあるのか。
ここにいる人は裏方だけじゃない。
真剣に俳優を目指して頑張っている人もいる。
監督の横に座っているあの人もだ。そんな人にとって僕は、トントン拍子に出世するラッキーマンであり、嫉妬の対象でしかない。
「マジで頑張んなさいよー」
「ありがとう。セナさん……」
◆
宴会が終わり、二次会を何処でするかの相談をしている皆んな(スタッフ)からひとり離れ、僕はK大寮へ帰ろうとしていた。
べろんべろんに酔っ払っているセナさんに、その旨を伝えようとしたら「おい。坂本!」と監督に手招きで呼ばれた。
「二人で話しがしたい」
僕だけ特別にしないで下さい、と言いたかったが、僕は視線を向けているスタッフの皆さんに深くお辞儀をしてから、おずおずと監督について夜道を歩いた。
話しとは、監督がひいきにしている劇団があり、僕がそこの研究生に混じって演技の基礎を学ぶというもの。
ドラマの撮影は盆明けから始まるので、一ヶ月という短期間で習得しないといけない。
朝は8時から夜6時まで、その劇団の研究生と演技を学び、夜8時から声優の勉強と歌のレッスンまでやるというハードな内容だった。
本来は1ヶ月3万円の授業料が必要なのだが、K大寮からレッスン場までの交通費、レッスンウエアーなども含め、全て岩田監督の負担。更に私から頼んでいるので、一ヶ月分の給料を支払うとまで言われた。
「有りがたいんですけど……いやぁ……僕はただ、監督との約束だからA∨に出ただけで、そういう普通のドラマはちょっと」
目をかけてくれるのは本当に嬉しい。
でも、本気で役者を目指しているわけでない僕としては、(A∨で期待に応えられなかったから、次はモノにしたい気持ちも勿論あるけど)この作品でもう終わりにしたいのだ。こんな顔の僕は役者には向かない。一番向かない職業だ。
「気にするな。次のドラマがあの約束だ」
うおおお、苦しい頼みだっ!
「あの……それって、顔を隠したままでやるんですか?」
「ほう、奇抜だな。獄門島やアニメコナンの犯人が顔を隠したままで登場するが、今回の犯人役は坂本の顔をそのまま使う。いまサングラスをかけているが、それもない。素顔のままだ」
マジか! 監督は分かってて言っているのか?
「まずいと思うんですけど……」
「怖い顔が公共の電波でお茶の間に映し出される。日本各地で絶叫が起きて苦情が殺到。そう考えているのだろうが、気にするな。むしろそうなったほうが好都合、良い宣伝になる。くっくっくっ……」
なに考えてんですかー!
日本中に嫌われるのは勘弁して欲しいっ!
「いや、しかし……でも、僕が嫌なんです。素顔で表を歩くことだって躊躇っているわけで――」
「キミが顔にコンプレックスを抱いているのは知っている。
だから尚さらだ。克服する為にもやってみろ」
簡単に言ってくれちゃってるけど、こっちの身にもなって欲しい……。
キャ――ッ! 怖い顔っ、とどんだけ叫ばれたか。
「無理ですって、ホント。今回の件は断らせて下さい。もっと有望な役者さんにチャンスをあげてください。お願いします」
監督は声を出さずに笑った。
「将来性があるからこそ、坂本に頼んだ。分かっていないな、自分の価値を」
「価値……ですか?」
不思議なことを言い出すもんだと思った。
怖い顔だけの僕に何の価値がある。女の子には嫌われ、怖くて話しかけれない。
中学までやっていた剣道も辞めた。
心が弱くて、中途半端で、良いとこなんか何一つない。
「分からないなら良いさ。何も考えなくて良い。分かった。現時点では、キミをドラマに出さないことにする。それで文句ないな」
現時点……。
後々ドラマに出させる腹積もりを匂わせているのが気になるが。
「すいません。勝手なことを言って」
「構わん。だが演技のレッスンは受けてもらう。ただ受けるだけでなく、モノにしてもらう」
「はあ……」
「将来教師になりたいなら、演技を学ぶのは有効だ」
「まあ、それは思います」
「だろ?」
何でそんな事をさせるのかと思ったが、ドラマに出ないで済むんだから文句は言うまい。
「……分かりました。レッスンは受けます」
「うむ」
演技とは何かになり切る技術。惹きつけるテクニック。
身につけられれば、生徒を授業に集中させるのに効果的だ。
それに、愛里に近づいていけるような。
絶対に手の届かない存在だけど、演技は愛里の歩いている道と同じなのだから。
僕が学ぶ遥か雲の向こうに、愛里がいるのだと思う。
監督だって僕に良かれと思ってのことだ。逆に感謝しないといけない。
「夢があるのは素晴らしいことだよ坂本。私にも目標がある」
監督は夜空を見上げながら語った。
「世界一の映画監督になること。そして愛里を世界的な大女優にすることだ」
スケールデカすぎ。野望凄すぎ!
「知らないとは思うが、こう見えても私は日本では有名なトップモデルだった」
「あっ、それはいろんな人に聞いてます。二十歳で電撃引退したとか……」
「うむ。当時のプロデューサーに孕まされた。拘束レイプだった」
え――っ! いきなりカミングアウトする??
「驚いたか?」
「ええ、まあ。とっても」
「二十歳のトップモデルが妊娠。話題性バツグンだ。仕事の関係者や周囲は『おろせ』と口を揃えて言ってきたが私は出産を決めた。プロデューサーは罰を受けることなく、のほほんと暮らしている、その仕返しでもある。ヤツにとって建成は生きる十字架だ」
唖然とした。
息子のことをそんな言い方する母親って、どうなんだろうか。
「私はトップモデルで世界を制することは出来なくなったが、監督で世界を目指す。誰もが称える監督になってやる」
この母親は半年前、愛里が一人になるのを知ってて仕事をした。
この人は仕事が最優先、名誉が最優先なんだ。
◆
◆
K大学に入っての始めての夏休み。当初の予定では、早々帰省して、土曜夜市、花火大会、虫取り、海水浴など、愛里が付いてくる可能性を期待して岩田を誘うつもりだった。
しかし現実は甘かった。
岩田は僕を残してさっさと呉地へ帰り、僕は演技の勉強をするべく、監督の指示どおり劇団のレッスン場に朝から晩まで毎日、日曜日も休まず足しげく通った。
レッスンに明け暮れたお陰で、多少なりとも演技の形は出来るようになったような気がする。
劇団員の前で演技もした。軽いメイクをして研修生と共に実際に小劇場で公演も経験した。
舞台の上だと、この顔でも叫ばれたりはしなかった。
観客に僕の怖い顔がキャラとして認識され、楽しんでもらえているのが分かる。
場慣れだろう、まだサングラスを外して堂々とは歩けないが、人前で注目されても緊張することが無くなった。
やがてお盆。
流石に劇団の活動も休み。
監督も自宅でゆっくりするそうで、僕も呉地に帰省することにした。
愛里に会いたい……。
携帯の愛里画像だけじゃ悲しい。
『坂本くんに、お願いがあるんだけど……』
不意に、セナさんから電話がかかってきた。
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