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△例外・月光優花
しおりを挟む秋からスタートする岩田監督のサスペンスドラマ。
あたしは犯人を目撃してしまった小学6年生の女の子《ミキちゃん役》――つまり重要人物に抜擢された。
登場機会もセリフも多く、女の子が泣いたり怒ったりするシーンが物語の見せ場になっていて、この作品がヒットするかどうかは、あたしの演技力にかかっている、と考えてもおかしくない。とてもやり甲斐のある役だ。
ああ……なんて幸運なんだろうか……。
地道にジュニアスクールで頑張っていたからだ、絶対。
正直にいうと、実はたまたまスクールに来ていたトキメキTVの矢島プロデューサーの目に留まった。
トキメキTVのオーディションで最終選考まで残ったあたしを覚えていてくれたのだ。
矢島プロデューサーはサスペンスドラマのプロデューサーも請け負っており、その推薦であたしがミキちゃん役に決まった。
「いいこと優花ちゃん。もしこの作品がブレイクしたら、優花ちゃんは注目の的。女優の道が一気に広がるわ」
「ママ……。あたし怖い。でも……頑張る……」
「そうよ、優花ちゃん」
「パパも応援するぞ。優花ファンクラブを作らなきゃな。はははは」
「パパ……」
あたしはパパとママに応援されて、小学1年生から演技にダンスにと毎日頑張ってきた。
6年後の今、その成果が出たんだと思う。
これから、あたしの女優としての道が開けてゆくんだわっ!!
やるぞ~~っ!!
しかし……。
しかしぃ――――――――っ!!
ぎゃあああああああああああああ――っっ!!
「悪いが、長女役キャンセルね。キミは三女役になったから」
にこやかに言う矢島プロデューサーに、付き添いのママも苦笑いで返事をする。するしかない。ママの痛いくらいの気持ちは分かる。あたしと一緒だから。
愕然とするあたしとママに、「長女役は急に『あいりん』に決まっちゃってね~。ごめんね」と矢島プロデューサーは付け足した。
……あいりん。
岩田監督の娘。岩田愛里だ。
岩田監督の裏工作でトキメキTVに合格し、国民的アイドルの地位を獲ったとも噂されている。
トキメキTVのあいりんを視たが、演技も下手だし、歌唱力も無い。しかもたまに天然ボケするドジだ。
それがイイとバカなファンが騒いでいるが、ドジっ娘のフリしているのが分からないのだろう。男のツボを心得たしたたかな女、ずるい女だ。
努力もなく、ただ監督の娘に生まれただけで楽勝の人生。あいりんは、本当に腹が立つ。
◆
サスペンスドラマの撮影初日。
憧れの白ビル《大阪TJスタジオ》の第一スタジオにわたしはいる。
ただの取り巻きの三女役になってしまった私はセリフが少ない。
しかし、その僅かなセリフでも真剣に演じる。きっと心に響くものがある。もちろん全部暗記している。演技してみて、と何時言われても完璧に披露できる自信があるわ。
長椅子に座るのが岩田監督だ。超有名な俳優さんが台本片手に呟いている。
あっ、オーラーが半端ないモデルみたいな女の人がいる。誰だろう、柏樹セナって人かな? あたし知らない女優はいないんだけど。
その隣にヤクザみたいな男がいるけどSP(ボディガード)? 俳優? あっ、サングラス外した……。げっ! 激怖ぃ~~っ!
あの青い瞳の男の子、トキメキTVのオーディションで3次まで一緒だった子だ。凄いイケメンだから覚えている。ちょっとあたしの好み。胸がドキドキする。お話しする機会があるかな。
しかし、肝心のあいりんはいなかった。
初顔合わせなのに来ないってどうなの? それが許される岩田愛里(人気者あいりん)は特別待遇ってわけね。つくづく腹が立つわ。
監督の話しと顔合わせが終わって、いよいよスタジオで撮影が始まった。
今日はもうあたしの出番は無い。虚しいけど、岩田監督と矢島プロデューサーに挨拶をして、集団控え室に向かった。
一流俳優の控え室が連なる廊下の途中、『あいりん』と記された部屋を見つけた。
演技もろくに出来ない、ただ可愛いだけのあの子が、あたしと一歳しか違わないあの子が、個人の控え室を与えられている……。
なんとも言えない憤り。ビップ待遇に腹が立つ。
ドアが少しだけ開いていた。
いけない、と思いながらも、周囲に誰もいないのを確認し、そっと顔を近づけた。
「ぐがあぁーっ! ぐぎゅああ――っっ! キリキリキリッ……! ごぐああぁぁ――っ!」
怪獣の雄叫び? ライオンでもいるの?
恐る恐る部屋に入ると、畳に横になっている岩田愛里がいた。寝ている……。
信じられないけど……、この爆音は、ケダモノの咆哮みたいなのは、岩田愛里の口から拡散されていた。
「なんだ、こいつ……」
見下ろす幼い顔と身体からは、とても想像が出来ない。でも現実。
スマホが側にあった。岩田愛里のだろう。
寝ているから分かるまい。
中を開く。メールをチェックしちゃえっ!
すると、『ブラック』というニックネームの男の子とのやり取りが殆どだった。
彼氏ではないようだ。それに、やたらと『勇者さま』の文字が多い。
ふむふむ、どうやら岩田愛里は、勇者さまというニックネームの男性(年上のようだ。それもかなりの)に恋をしている。
言い寄るブラックは、それが理解できない。ブラックはストーカーか? いや岩田愛里が命令しているからM男か?
――セミの抜け殻の良し悪しも分からないの? とか、意味不明なやり取りがされている。
岩田愛里はバカなんだろうか。
ついでに画像フォルダーもチェックだ。フォルダーの一つに『勇者の間』というのがあったので展開してみる。
全てが恐ろしい顔の男の画像だった。
あ……この男、さっきの第一スタジオにいた。こいつが勇者なのか?
1枚づつ確認いてゆくと、とんでもない画像を5枚見つけた。連続撮影された5枚だ。
1枚目は、怖い男の上半身の画像――背景からしてトイレの中で撮影されているようだ。
2枚目は、やはり同じ怖い男の下半身の画像――はっきりとアレが映されている。それも男性のアレが凄くアレになっている。
始めてみた。アレってここまでアレするんだ……。
3枚目は、アレしている男の太ももに、女が乗って、向い合って抱っこしている。女も下半身が丸見えで……あれ?
これ、この女は子供だ。あたしと同じくらいの子。だってあそこが似ているし……。
4枚目と5枚目は、男と女の子のアレがアレ寸前の画像だ。
ちょっと待って……。
動揺していて気が付かなかったけど、この子供……岩田愛里じゃない?
映っている上着が、長い黒髪が、いまここで爆睡している岩田愛里のと完璧に同じなんだけど……。
なにこれ、じゃあふたりはデキているわけ?
岩田愛里は、あのヤクザみたいな激怖男とヤッている、Hしまくっているんだ。
自分たちが性交するシーンをわざわざ写メで撮って保存しているって……なにこの小学生?
親がアダルト監督だから、娘も汚いわけ?
あいりんが可愛いだって? 清純だって? 国民的美少女だって?
みんな騙されている。
この子、世間を騙しているんだ……。小学生の皮を被ったエロ狂いのゲス女だ。
もう罪悪感はなかった。私が裁いてやる。罰を与えてやる。
何も知らずに寝ているバカ女の写真を撮って保存し、岩田愛里の携帯からインターネットにアクセスして投稿サイトに入る。
アップロードをクリック。5枚のH画像とさっき撮影した画像を関連付けの為に選択。
タイトル……。
そうだ。
《トキメキTVあいりんの、グロ過ぎる恋人とのエロ画像》
「ふっふっふっ……。これで終わりね、あいりん。あんたは、ママのエロDVDで主役になると良いわ」
あたしは投稿を確認すると、スマホを置く。
すると、うう~~んと岩田愛里が寝返りをうった。スカートのポケットから財布が転がって落ちた。
ふっふっふ……どうしたのこれ。まるで中身を見てくれといっているみたいじゃない。
躊躇もなく開けてみると――――。
「うっぎゃああああああああああああ――っっ!!」
ムム、ムカデ――ッ!!
他にも虫、虫、虫だらけ~~~っ!
「あ……」
目を覚ました岩田愛里とばったり眼が合った。
まずい……。
「う~ん……。あなたは、だあれ?」
「えっと……部屋間違えちゃったーっ! てへっ♪」
「そうなんだ。じゃ、あなたも女優さんなのかな」
そうよ、と返事をしたら、「あたしは、あいりんって言うよ。よろしくね」ときちんと挨拶された。
なめている……。あんたの事知らない日本人がいると思っているのか?
まあ、いいわ。
「あたしは月光優花。今度あなたと同じドラマに出るのよ。よろしくね」
「そうなんだーっ! ……あれ、優花ちゃん。それ、あたしのお財布……」
岩田愛里が疑いの眼であたしを見ている。
「あっ、そうそう、これ、落ちていたから、中身が出てて」
「そうなんだーっ! ムカデさん、これ可愛いでしょー。ぷるぷるだよー」
何処が可愛いんだろう。
「うんうん」
「でも優花ちゃん、女子力すごいねー。咄嗟にあんな驚いた声が出せるんだもん。立派だよ。あたしなんか、とてもとても」
「はあ……」
このあと、岩田愛里といろいろ話しをしたが、殆どが意味不明だった。
頭の中のネジが一本飛んで無くなっているとしか思えない。天然ボケだけは本当だったか。
ここに来るより、精神病院に通ったほうがいいんじゃない?
一つ年下だけど俳優では遥かに格上の岩田愛里にさよならの挨拶をして、あたしは部屋を出た。
またお話ししょうねー♪、と言われた。成り行きでメアドも交換してしまった。
完全になつかれた。まあ良い。
荷物を置いている控え室に戻る。
今ごろあの画像の回覧数が爆発しているかな。ふふふ。
「月光優花さーん。明後日撮影入りますから、台本読んでいて下さいね」
スタッフに言われ、私は笑顔で、はーい! と清々しい返事をした。
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