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★勇者さまに襲われる役
しおりを挟む大阪。サスペンスドラマの撮影で、ずっと宿泊しているホテルの一室。
大人気でスタートしたサスペンスドラマ第5話目。
明日はいよいよ犯人を目撃してしまった小学6年生の女の子ミキちゃん(あたしの役です)が、犯人(勇者さまの役)に襲われるシーンの撮影です。
襲われるといっても途中で邪魔が、いえ助けが入ってしまって、残念なことになるのですが、それでも演技とはいえ、あたしが勇者さまに襲われちゃう。あくしょんばいおれんすされるのでとても楽しみです。
どんな攻め方をされるのかしら、ムチもあるのかしら、ロウソクまでされるとちょっと初心者のあたしでは厳しいかも、でもまあ、麻縄縛りは定番ですから期待しちゃうかも。でも問題は縛り方ですね、などとセナお姉ちゃんばりのSM決めポーズ(許してポーズのこと)をスタンドミラーの前で予行演習していると、
「何をしているデスカー。愛里ちゃん?」
後でミッチェルさんが咳払いをしたので止めました。
「どうしていつも見ているのよー」
ミッチェルさんはトイレ以外はあたしにべったり。寝るときも同じ部屋。
あたしの別人格がでるかもしれないので、ママがそうしなさいと命令したのです。
「愛里ちゃんダイジョーブ、問題ナイデース。安心くだサーイネ」
「……、……」
ママがいるお部屋に戻り、5話目の台本に眼を通していると、犯人はロリコンとありました。
犯人はロリコン……。勇者さまも嫌っていたロリコン……。
つまり大根やれんこんみたいな野菜好きという設定。
なんと、最悪!
だったら、攻め方は縄で縛ったりはせず、野菜を持って叩くかくすぐるか、とにかく大したことはなく、セナお姉ちゃんの苦しそうな喜びみたいな、視聴者がぞぞぞ~ってなるような、あくしょんばいおれんすな演技が出来ないというわけです。
でも台本を読み進めると、野菜を使用しての攻撃ではないようです。
犯人は下校途中の小学6年生のミキちゃんを軽自動車に連れ込み、両手を後でガムテープで止め、口にもガムテープをする。
攻め技はガムテープ!
そういえば、K大寮のスライムおじさまがあたしにしたのもガムテープでした。
ロリコンはガムテープ攻撃が定番なんだ。
へーっ、そうだったんだー、と深く感心しながら、流石は月刊SM恋コイを監修しているママ、知識が広いなあ、と感心しました。
台本の続きには、声を出せないミキちゃん(あたしです)を犯人(勇者さま)が自宅へ連れ込み(おおおおお――っ!)。
嫌がるあたしの衣服を、勇者さまが乱暴に脱がしてゆく(なんと素晴らしいっ!!)。
そしてズボンを脱ぐ犯人(おちんちんが進化を始めるーっ! ぱんぱかぱ~ん♪)。
しかし、そこへ近所の人の通報で駆けつけた警官が――(ああ~。つまんないシナリオ)。
「こんばんは、監督、ミッチェルさん、愛里ちゃん」
そこへなんと、本物の勇者さまが訪ねて来られました。
「こんばんはーっ、お兄ちゃぁああああ――ん♪」
あたしは猛ダッシュして、胸板にジャンピング抱っこをしました。
ママの言いつけを守れば、あたしたちは何をしても良いのに、勇者さまは何もしてきません。
チャンスだった掃除道具部屋では月光優花ちゃんが滅多に見られない最終進化形態を独り占めしてしまって、あたしは横をペロペロしただけで終わってしまいました。
それでもドラマの収録が合えば食事をしたり、休憩時間を一緒に過ごして、あたしの趣味や《セミの抜け殻・愛里公式基準》を説明したりするのですけど、途中から必ず月光優花ちゃんが会話に入ってきて、まあ、それはそれで楽しいけど、それだけで終わってしまって、お仕事が終る時間もバラバラなので、あくしょんばいおれんすは出来ていません。
でもいま、セナお姉ちゃん抜きで、あたしに逢いにホテルに来てくれた。
それって、それってっ……、待望のあくしょんカルピスをする為にっ??
月光優花ちゃんが最終進化系態のとき、ちゅーちゅーしたら、それっぽい白いのが出ていて、たぶんもっと頑張ったらセナお姉ちゃんが言っていたように噴き出すのだと思うのです。
ああああああっっ、でもでも、直ぐそこに、ママがいるのに、別のお部屋でするのも、ダメダメ――――ッ!! 声が漏れちゃうーっ!
「5話の台本読んだんですけど、いいんですか監督。このシナリオはゴールデンで過激じゃないですか?」
勇者さまは、がっちり抱きついているあたしを、そっと床に下ろし、大きな手で頭をなでなで。爽やかな先生みたいな振る舞い。
あうーっ!
まったく予想外です。
あたしのお部屋を見てから勇者さまは、なんだかよそよそしい。恥ずかしいのかな?
せっかく久しぶりに会ったのに……。
「別に愛里が裸になるわけじゃない。衣服を脱がされはするが、その日は体育が水泳で、水着姿の愛里になるだけだ。
坂本も分かっているだろうが、狙いはあいりんの脱がされる過程にある。
トキメキTVで可憐で可愛いイメージの女の子が、衣服をむしり取られる。男なら注目するだろう、興奮するだろう」
「いや、まあそうですけど。せっかくのアイドルのイメージが損なわれませんか? 愛里の肌が晒されるのはちょっとどうかと」
あたしの心配をしてくれていたのです。
嬉しい。
「愛里を小さくまとめるつもりはない。愛ちゃんは将来女優になる。世界的に有名のな。トキメキTVやこのドラマはその踏み台にしかない。まず日本を取って次に世界だ」
「野望が凄すぎやしませんか監督」
「そうか? ふふふ」
「お兄ちゃん、お兄ちゃん」
ママとばかりお話ししている勇者さまの袖をクイクイ引っ張りました。
「こーんな顔して脱がされるからね」
「わーっ! なんて色っぽい顔してるの――っ??」
うふふ。やっとあたしを見てくれた。
困ったお顔が、やっぱり勇者さまー。
「どこで覚えたって、えっとね。セナお姉ちゃんが出ているご本でお勉強したの」
「ついにSM雑誌を読んじゃったのか……」
「ううん。まだだよ。表紙に出ているお顔だよ。真似したの」
「そんな顔、人前ではして欲しくないなあ」
「えっ!」
独占欲。
これは、勇者さまだけにみせるお顔にして欲しい、とお願いされちゃった。
なんかすごく嬉しい。
「……はい……わ、わかったぁ……約束するー」
◆
◆
夜中に目が覚めて、おトイレに行っての帰り、リビングからママと勇者さまの声が聞こえました。
「近いうちに愛里ちゃんを精神病院で診てもらってはどうですか」
「なぜだ……」
「ミッチェルさんにも聞いたんですけど、最近別人格が出る頻度が多くなっているそうですね」
「……」
「医者に事情を説明して、一度精密検査をして貰ったほうが。もし脳に重大な異常があるかもしれないし、愛里ちゃんの感性とも因果関係があるかもしれないし」
「……今はダメだな」
「えっ……、それは、どうしてです?」
「分からないのか。あいりんがブレイク中だ。この波に乗らないでどうする。それにサスペンスドラマの収録が終わっていない」
「いや、しかし。休日に診てもらうだけですよ」
「それがまずいのだっ、バカ者――っ! 愛ちゃんの周りには記者がいる。もし、愛ちゃんが二重人格だと知れたらマスコミは騒ぎ立てるぞ」
ママはお酒を飲んでいて、だから怒っているみたい。
「そうですか……ダメですか……」
「当たり前だろうが」
「実は診察のお願い以外にも、もう一つお願いがあるんです」
「なんだぁ? さっさと言ってみろ」
「愛里ちゃんの趣味とか、感性とかをそれとなく、柔らかく公表するのを許可してもらう為に来たんです」
えっ……。
あたしのお部屋や好きなこと、中学生になるまで我慢しようね、と言っていた勇者さまが、わざわざ口添えしてくれているのです。
嬉しくなり、急いでドアに耳をあてました。
「ばか者ーっ! そんなことが出来るものかっ!」
「いっ……いきなりでなくていいんですっ。……まずは、昆虫が好きだとか、ムカデが好きだとか、そんなところからで良いんです。徐々に愛里ちゃんを出していけば――」
「出して、どうする? 批判されて、挙句にあいりんのイメージがダウンして価値が無くなる。女優生命の終わりだ」
「それでも……愛里ちゃんは良いと思っています。もともと女優には興味がなくて、それより――「くだらん! 全くくだらん!」
ガチャーンとガラスが割れる音がしました。ママが飲んでいたコップでも投げたのでしょうか。
「愛ちゃんはまだ小学4年生だ。いま女優に感心が無くたって、中学生になれば欲も出てくる。子供の目標を親が設定してやってなにが悪い。余計なお世話だ坂本!」
「……」
「お前は自分の演技を磨いていればそれで良い。私の言う通りにしていれば、一流の俳優にしてやる」
「分かりました……」
「分かったか……。分かればいいんだ分かれば」
「……そうやって本当の愛里ちゃんを隠し続けて、……大きくなった愛里ちゃんが公表したいって言っても、さっきみたいに押さえつけるんですか?」
「なにっ……!」
「押さえつけて隠し続けて、愛里ちゃんは自分を出せないまま生きていくんですか?」
「貴様はバカか? 愛ちゃんの感性を公表するだと? あのおぞましい部屋を公表するだと? どうなるか想像がつかんのか!?」
「そんなの分かってます! 僕だってあの気持ち悪い部屋が、受け入れられないくらい!
愛里ちゃんの感性が不気味だって思ってますから!」
気持ち悪い部屋――。
不気味な――。
うそ。
あたしのお部屋を気持ち悪いって。あたしを不気味だって。
今までウソをついていたんだ。
騙していたんだ。
あたしは裏切られたんだ。
勇者さまが……、いえ、もう。
――勇者なんかじゃない。
覚えていません。
気がついたらセミ色の空が広がっていました。
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