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☆愛里救出その3
しおりを挟むブラックから聞いたのか、このトイレにミッチェルさんまで入ってきた。
「オーッ。ほんとに坂本サンと愛里チャンがいたデス。もうダイジョーブ、ワタクシめが来たからには問題ナイデース。安心くだサーイネ」
僕の印象だとミッチェルさんは監督に忠実な人だ。愛里を広島に連れ帰ることを理解してくれているのだろうか。
そもそも僕が監督を気絶させた事実を知っているのだろうか。
愛里がトコトコとミッチェルさんの側に行った。
「ささっ。ワタクシめに付いてきてくだサイ」
ミッチェルさんがにこやかに愛里の手を取る。妙だ。何かがおかしい。
「何処へ連れていく気ですか、ミッチェルさん」
「……監督がお待ちデスから」
もう覚めたわけだ。そして、ミッチェルさんに愛里と僕を探すよう命令した。
「あーそっか。ママ気がついたんだ。プロデューサーに会いに行くんだったよね、あたし。そんでこのキモ男があたしを拉致したんだ。なに企んでたか知んねーけど、トイレだからどうせエロいことだろうけど」
ミッチェルさんが笑顔で頷く。
「違う……愛里……」
「呼び捨てすんなよ、キモ男」
「ごめん、愛里ちゃん……。だけど、キミは、キミの身体は……」
言い難かった。
嫌いな母親だろうと親は親。世界中探してもたった一人しかいない母親に愛里は裏切られた。
教えないといけない事実だけど、ショックを受けるだろう愛里の気持ちを考えると、可哀想でたまらない。
だけど……。
「キミがここのプロデューサー綾小路に売られたんだ……」
えっ、と愛里が一瞬驚いた。俯き、不安そうに瞳をさまよわし、だけど直ぐに半笑いになる。
「いっ……意味全然わかんないンだけどー」
強がっているように思えた。
「岩田監督が利権……、つまりキミの母親は名誉が欲しくて、キミをプロデューサーに――――」
「バッ、バカ言ってんじゃねーよ。子供を売る親が何処にいるんだよ!」
愛里が強く言い返してきた。
「僕が嘘つく男だと思うかい。キミはずっと愛里の中から僕を見続けていたはずだろう」
眉を寄せ顔を曇らせた愛里は、ミッチェルさんに視線を移した。
「どうなん? キモ男の言っていることは……」
不安そうに返事を待つ愛里に、ミッチェルさんから笑顔が消えた。機械仕掛のように淡々と語った。
「坂本サンのお気持ちは良くわかりマス。ですが、長い期間で考えると、カントクの仰るのが有益だとオモワレマス」
「なにソレ? マジであたしをおやじにお供えするつもり。どうぞ食べて下さいってわけなの」
「カントクが待ってマス、愛里チャン」
以前とまるで別人じゃないか。
感情が抜け落ちたような表情のまま、ミッチェルさんが愛里の腕を掴みトイレの出口に向かう。
「イヤッ、放してっ! あたしにも兄さんみたいにさせるワケっ? そんなん最悪ーっ! 絶対にイヤ。死んでもイヤ!!」
連れだされまいと小4女子は踏ん張るが、親切だったマネージャーに犬の散歩の如くずるずると引きずられる。
「おい、いい加減にしろ!」
先回りし、ミッチェルさんの前で両腕を広げた。
「ここから先は通さない。スタンガンを体験してみるのもいいが?」
「……なるホド」
恐ろしく冷静に返事をしたミッチェルさんは、あっさり手を放す。半べそをかきながら逃げ出し、僕の腰に抱きついてきた愛里を一瞥した。
「このビルから出るつもりデスカ?」
「当たり前だろう」
彼女が笑ったのかは分からない。振り向きもせず、ひとりトイレから消えた。
監督に報告するのは確実。いや、もう誰かが、ここに来てもおかしくない。
早くこのビルから出なければ。
「トイレは坂本さまの領域ですから」
月光優花ちゃんが絶妙な突っ込みを入れた。
いやいや、トイレに籠城するつもりはないぞ!
「なるほど」
「感心するなよブラック」
一人蚊帳の外みたいになっていた愛里がやってきて、僕の足にケリを入れた。
「フン……いちおうは……ありがとうって言っておくから……キモ勇者さん」
キモが余計だって。
だけどキモ男からだと随分出世した気分だ。マジでちょっと嬉しいから僕も相当にバカだよ、ほんと。
僕は愛里たちを連れてトイレを出た。作戦なんかない。堂々とエスカレーターで1階まで降りる。
一般の見学者に混じっていれば、そうそう奴らも手荒な真似はしてこないだろう。
6階のエレベーターの前で箱の到着を待つ。
「さっきだけど……『あたしにも兄さんみたいにさせる』って言ってたけど、何なんだ?」
ふと気になったので訊ねたら、愛里が露骨に嫌な顔をした。
「教えてやんない。キモいから」
あー、そうですか、そうですか。
「じゃ、さっき東北弁の愛里ちゃんだったけど、どうして代わりにマークⅡを出さなかったんだ?」
「もういないから……」
「え?」
「うっさいな! もういないってンだろ! ヤツが片っ端から統合して……」
アイドルはたいそう険悪なご様子で、ブツブツと呟いていた。
チーンと到着音が鳴り、誰も入っていない箱に僕とブラック、それから月光優花、最後に愛里が入った。
ドアが締り、箱は1階へ降りる。
5階に止まりドアが開くと、そこには二人のボディーガード、先ほどの元K―1選手に加えてもう一人大男、そして後ろには岩田監督が笑みを浮かべていた。
3人黙って入ってくる。続いて入ろうとした見学者2名を監督が手で止め、ドアを閉めた。
「会えて嬉しいぞ、AV男優」
ポキポキ指を鳴らし、元K―1選手がイラついているのが分かる。
「よく見付けたな」
「堂々とこのビルから、逃げられると思っていたのか? 甘いな」
言い終わるより早く、僕のボディにズボッと拳がめり込んだ。心臓を刺されたような激痛が走り、むせた。前かがみになり胃液を吐く。
スタンガンを取り上げられる。
「さっきは、痛かったぜ……」
下卑た笑いを浮かべ、元K―1選手はスタンガンをスパークさせた。抵抗する間はない。
首筋に稲妻が走り、一瞬で視界が暗転した。
気がつくと、じめじめとした生土の上にうつ伏せになっていた。
辺りを見渡す。
ここはジャングルか、いや違う。
生い茂る高い背丈のシダ植物。その間から見える不気味なセミ色の空。
なんだこれ。
ここは異世界か?
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