一目ぼれした小3美少女が、ゲテモノ好き変態思考者だと、僕はまだ知らない

草笛あたる(乱暴)

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☆再びあの場所へ

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「分かんないよな。アンタなんかに分かるわけがない」

 ハイテンションだったマークⅢが、寂しそうに呟き、ひとつ大きく深呼吸して俯いた。
 小学4年生のあどけない、妖精のような可憐な顔が強ばる。目を細めて、ゆっくりと慎重に話し始めた。

「頼みがある……大嫌いなアンタに。どっちか決められない片方の愛里から頼みがある……」

「僕に?」

「そう、勇者さんに」

 この子は本当に小学生なのだろうか、と疑うほど重々しい空気を作っている。

「あたし……このままアイドルでもいいかなって思っていた。だけど、そうもいかなくなった。
 ずっと逃げてばかりだったけど、それも出来そうにない……」

 不安そうに座った愛里は、小さな身体を自身の両腕で抱いて前かがみになる。
 白い手が小刻みに震えていた。怯えているのか。

「人格を表に出せば、主人格を支配すれば安泰だと思っていた。
 だけどアイツが……、アンタだって心の世界に入ったんだから知ってるだろ、アイツだよ。
 アイツが心の世界を統一するとか、普通あり得ないっつーの!」

 セミ好きの愛里のことだ。『大魔王アイリ』と呼ばれていたけど、心世界の統一を目指していたのか。

「このまま何もしないでいると消える……。あたしの全部がなくなっちゃう……。全部アイツに持っていかれちゃう……」

 固く口を閉じ、眉を寄せ、大きな瞳が潤んでいた。

「消えたくない。消えてなくなるのは嫌だってーのぉ」

 弱々しく言って少女は鼻を啜った。

「アイドル辞めて、ドラマも辞めて、あたし治療するの。もう二度とあたしじゃない人格が出てこないようにしたい。あたしはあたしだもん。ずっとこのままでいたいよぉ……いたいんだよぉ……」

「わかる……、分かるよ、すごく分かる……」

 マークⅢの苦しみは痛いほど分かる。
 今でこそマークⅢとこの子を呼んでいるけど、元々愛里に人格障害が起きる前までは、マークⅢが愛里だったのだから。
 幼稚園児のときに大きなショックを受けてからずっと、愛里の心の中に閉じこもっていたのだ。
 つい最近、4年ぶりにやっと自分を取り戻して、このまま普通に暮らしたいと思うのは当たり前のことで、決して誰からも阻害されるべきことじゃない。何度もいうが、マークⅢこそが本来の愛里なのだから。

「お願い……勇者さん。あたしに協力して。少しでもあたしが好きなら、助けて欲しい」

 もちろん協力してあげたい――――。

 愛里の望みを叶えるのは、今の物分りの良い監督だったら難しい事じゃないから。
 世間にトキメキTVあいりんは人格障害者だと公表し、治療を受けさせればいいだけだから。

 ――――しかし。
 
「なんで黙ってんだっつーの!」

「いや……」 

「やっぱり嘘っぱちだったんだ」

「……違うんだ、愛里ちゃん……」

「キモキモキモキモ勇者っ! 二度とあたしに話しかけてくんなっつーの……」

 愛里が弱々しく言って、小さな拳を僕の胸に打ち付けた。
 何度も何度もぽかぽか叩くけど、さっきの蹴りと同じで、全然痛くない。
 違うのは正座している僕の膝に、いくつかしずくが落ちたことだけ。

「愛里ちゃん……」

 押し殺した声で、僕は愛里を抱きしめた。
 腕の中の少女は嫌がらない。じっとしたまま「なにする……このエロ勇者……」と消えてしまいそうな声で呟いた。 
 
 マークⅢを消えないようにするという事は――、
 人格をマークⅢで安定させるということは――、
 そのままセミ世界に入った愛里を封印するということ。閉じ込めておくこと。
 つまり、もう二度と前の愛里とは会えない。
 ちょっと天然で、おちんちんに固執してて、寝ると怪獣のいびきをして、僕みたいな怖い顔の男でも愛想よくしてくれる愛里と、もう会えなくなるのだ。
 
 嫌だからといって、不安定な状態のまま愛里を放置できない。逆にマークⅢを愛里の心に押し込むなんて問題外だ。
 じゃ、どうすれば……どうすれば助けられる。

 愛里……、心の中に住んでいる愛里たち……教えてくれ、キミたちはどう思う。 

 どうしたらこの状況を、愛里を助けることができる?

 僕はなんとしても――。

「助けたい……。愛里を助けたいんだ……」

 赤く泣き腫らしたマークⅢの揺れる2つの瞳、その奥に向かって語りかけた。
 セミ色の大空のスクリーンに、僕が映っているだろうか。僕の声が響いているだろうか。

「助けたい……。僕は愛里を助けたいんだ……」

 綾小路と戦ったとき愛里の声が聞こえた。だから心の中の愛里に送れたって不思議じゃない。

 聞こえているかな……愛里。
 愛里……、愛里……っ!
 僕の声が伝わっているのなら、返して欲しい。どんな形でもいい、シグナルが欲しい。  
 込めた思いを飛ばす。




 ――勇者さまっ……。


 頭の奥だったかもしれない。心の深いとこだったかもしれない。
 マークⅢじゃない愛里の声が、懐かしい声が、かすかに聞こえたような気がした。
 綾小路を倒したときに感じた呪文のようだった。


 
 ――愛里を助けてあげて……。 


「おお!」

 さっきの声より少しだけはっきりと聞こえた。

(愛里っ! 僕の声が聞こえるのか?)

 ――うん、聞こえるーっ。勇者さまの声、届いているよー!

 すごい……。心の世界と交信できてるし。

(もしかして、空にある2つのスクリーンに僕が映っているのかっ?)

 ――そだよ。さっきからずっと観てたよー。

(さ、さ、さっきから……)

 急に後ろめたくなる。
 マークⅢをハグしちゃったぞ、僕は。見ようによっては、痴話喧嘩に思われるんじゃ。
 ひしひし罪悪感が広がり、冷や汗が滲んだ。

 ――それで、どっちの愛里が好みなの? あたしに教えてーっ!

 えええええええええええええええええええええっっ!!
 やや、やっぱりそうくる! そうきちゃう!
 心の中の愛里にも無理難題を迫られるとはっ!

 ――って冗談ですーっ。マークⅢちゃんといちゃいちゃしてたから、意地悪しちゃったの。

(そそ、そうか……よかった……。ほどほどにしてよね、愛里ちゃん)

 ――勇者さまがハグしたのは深い考えがあるのでしょうから。

(えっ? あ、まあ、そう……そうなんだ)

 ――あっと、みんな黙っててっ! お話ししてるんだから!

(側に誰かいるの)

 ――うん。ホネホネやミンミンたちが邪魔してくるの。……勇者さまが浮気とかするはずないじゃない。もーっ!

 愛里の仲間たちが、僕を冷静に観ているんだな。うーん。

 ――とにかくいろいろ分かった。可哀想だからマークⅢちゃん、助けてあげてーっ!

(いいのか、それで)

 ――うん。いいよー♪

 軽い。

(そ、そうか……。優しいな愛里)

 ――えへへへ、そ、そお? マークⅢちゃんの後であたしを助けてくれればいいから♪

 思わずズッコケそうになった。
 元愛里は天然だったな。 
 全然理解してないじゃないか。この非常事態を、うーん。

 ――そ、そんな……天然だなんて、勇者さま褒めすぎぃ~。

(あっちゃー、思ったことが全て伝わるのね)

 ――そだよ。回線繋げたから。それよか、実はこっちもピンチなの、勇者さま。愛里を先に助けてね♪

(へ? いやあの、意味がわかんないんだけど……、……、……おーい、もしもしーっ!)

 ライディ――――ン!!

 返事はなく、代わりに愛里の声が僕の心いっぱいに響いた。 
 バチバチッ、と現実に部屋中のコンセントの差し込み口が放電し、青白い稲妻が僕の身体を一瞬で貫いた。

 え――――っ! 
 愛里に攻撃されるって、なにこれ?

 激痛と同時に視界が暗転し、意識が途切れる。
 消えかかる感覚の中、『コイコイ――ッ!』と叫ぶ愛里の声が最後に聞こえた。





 真っ暗な無音の世界。
 




 よくぞもどった
 
 勇者やまがきよ


 浮かんだ白い文字。
 やがて異世界の視界が広がり、桜色の空が――――?

「あれ……? セミ色だったはずだよなココの空」

 綺麗な薄桃色の大空だ。

「みーっけた――っ!」

 どこからか愛里の声が聞こえ、周囲を見渡すと、僕の20メートルほど真上だった。
 ビィィィィ――ンッ、と羽根を高速振動をさせ、空中に停止している全長10メーターはあるだろう巨大なセミの背中に、小学生くらいの女の子がまたがり、僕に向かってにこやかに手を振っていた。

「愛里っ!」

「勇者さまっ!」

 やっとだ。
 やっと再会できた愛里は――、少女の瞳は薄桃色に変化していた。
 腰まであった長い髪は肩付近でバッサリカットされ、瞳と同じ桜色に変色していた。

 これはこれで可愛い。  
 
 10メートルの高さから躊躇いもなく飛び降りた愛里は、桜色の髪を乱して着地した。
 玉虫の外骨格のようにキラキラ光る上下のスーツに、自分の身長より長い剣を背負っている。重くないのだろうか。
 いや、そんなことより……あれは……。

「会いたかった――っ!」

 愛里が無邪気な笑顔で目を潤ませ、両手を伸ばして、だーっ、と駆けてくる。
 ジャンピング抱っこをするつもりだ。
 嬉しい。嬉しいけど、走ってくるその振動で、ぶるんぶるん揺れている股間の代物は。

「勇者さま――っ!」

「あ、愛里ちゃん、ど、どうしてそんな物をっ!」

「だって、あたしもおちんちん欲しんだもーん!」

 愛里が天狗のお面を股間に付けているのだった。
 
「そ、そうか……」

 まあ、無邪気でよろしい。純粋でよろしい。エロスの欠片もないじゃないか。


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