34 / 182
1章
ビンタ
しおりを挟む司令官室の前。
アハートさんがドアノブを回したけど、開かない。
カギがかかっていたことに、不思議そうな顔をしているよ。
『あれれ? 来たよアハート』(ヒソヒソ)
部屋の中から、普通の人間には絶対に聞こえないが、俺にはアリシアに化けたサキュバットの間抜けな声がはっきりと聞こえる。
『……掃除でもする気か? 夜の集会のために』(ヒソヒソ)
この声はファースト化したヤツのだな。
『ちょうどいいじゃん。みんないるし、アイツ気に入らないから食べようよ』(ヒソヒソ)
『まあ、まて。アハートはヒジカタのお気に入りだ。殺してもいいが、お前がなりすませるか?』(ヒソヒソ)
『できないよー。お嬢様は肩がこるし』(ヒソヒソ)
『だろう』(ヒソヒソ)
『でも、いいじゃん。アハートはロアンと一緒に服毒自殺ってことにすれば。ロアンも嫌いなんだよね』(ヒソヒソ)
『アハートが死のうが、ヒジカタは黙って剣を作り続けるだろうが、まだ早い。このままやり過ごすぞ』(ヒソヒソ)
酷えなあ。
「あのう、誰か中にいるのですか?」
アハートさんも部屋の物音に気づいたみたい。
ドアを何度もノックするが、中から返事はない。
リングを取り出し、たくさんの鍵の中からひとつを鍵穴に差し込んで回す。
『あらら、わざわざカギ持って来たんだあ。どうすんの、このありさまだよ』(ヒソヒソ)
殺害した人間を食べ終えても、床の血痕や異臭は残ったまま。
『……仕方がない』(ヒソヒソ)
『アハートの怯える顔を想像したら、食欲が出てきちゃったよお♪』(ヒソヒソ)
『いいか、騒がれる前に殺すんだぞ』(ヒソヒソ)
『りょーかい。結局あたしの言ったとおりになるね、お兄ちゃん♪』(ヒソヒソ)
こいつらみたいなのがいるから、人間がモンスターを恐れる。
害虫のように駆除したり、結界を張り閉じ込める。
モンスターの中には知能があり、人間と会話ができる生物だっている。
共存だって可能なはず。
くそったれがッ!
おっと、興奮してしまったね。
いけない、いけない。
冷静にならなければ。
ガチャ、とカギを開けたアハートさんの後ろの床へ、俺は静かに流れ落ち、急いで人間の姿になる。
「……あのう」
ドアノブに手を伸ばすより早く声をかけたよ。
できるだけ脅かさないよう心がけたつもりだったけど。
「きゃ――っ!!」
絶叫しちゃったアハートさん。
怖がり屋さんなのかな。
「……ヒジカタさま? ど、どうされたのですか、こんなところに」
え。
ヒジカタって……、あ……。
ロアンくん似のイケメンのつもりが、咄嗟に人間化しちゃったから、核が記憶したヒジカタで形成したんだ。
しまったーっ!
「いや、ちょっと……」
「驚きましたわ」
「急に声をかけて、すいませんでした」
「大丈夫です。でも、どこにいらしたのですか? 途中でお見かけしませんでしたが……」
天井ですよー、とは言えないね。
「……えっと……」
サキュバットたちがざわつく。
金属が擦れる音。
……抜刀か?
ドアのノブに手をかけ、少なくとも4名のサキュバットが抜刀して呼吸を整えているな。
「迷ってしまい。ここはどこでしょう。出口を探してて」
「迷う?」
「はい。分かんなくて、はははは」
適当な会話をする。
「あの……内区へ入るのには通行証が必要です……、ヒジカタさま。失礼ですが、お持ちですか?
それに、そのライン入軍服……門番や見習い兵だけが着るもの」
完全に疑ってるよ、アハートさん。眼が座ってるもん。
「通行証ね。はいはい……。あれ? どこかなあ」
ポケットを探すふりをするしかないよ。
「では、中で詳しい事情を伺いましょうか」
「え……この部屋で、ですか?!」
「……もちろん。なにか?」
げっ! 逆だよ。
アハートさんの後ろ、すうっと開いたドアの隙間から、サキュバットたちがギラつく剣を構えていた。
えーい!
「ご、ごめんなさいっ!」
俺は思い切ってアハートさんに抱きついたよ。
むぎゅ~っ、と柔らかい膨らみの感触と、黒髪のいい香り。
「なっ!? な……っ! 止めなさいっ。は、放してっ!」
「いや、あの、これはこれは……。ずっとずっと、好きでしたああああ!!」
これはほんと。
「ダメ――ッ!!」
抵抗は覚悟の上。
アハートさんの意識を暴漢(俺だよ)に向けておき、その隙に両足のズボンの先から触手を出す。
剣状にした一本を振り下ろし、サキュバットの両手首を切断。そっと静かに手から先を床に置く。
もう一本で心臓を一突き。
残り3名の心臓を連続で刺し、ゆっくりドアを閉める。
全部で1秒もかからない。
「放しなさい。このストーカー!」
「い、いやです」
ドサッ、と遅れて倒れる音がしたけど、アハートさんは気付いてないみたい。
これでいい。知らないほうがいい。
暴れるアハートさんを無理やりお姫様抱っこで、廊下を人間の走る最高速度くらいで進む。
苦労して階段を降り、屋外でおろしたんだけど――。
バッチ――ン!
「見損ないましたわ、ヒジカタさま! なんて破廉恥ッ!」
通行人の嘲笑を気にもせず、涙ぐむアハートさんの顔は真っ赤だ。
ほっぺたがジンジンする。手形がついたかな。
スライムだから皮膚の炎症は一瞬で元に戻せるけど、
お淑やかなアハートさんがビンタをした。
しなくちゃいけない。我慢できない事を俺は、させてしまったのだと、悲しかった。
「す、すいません」
「一般人がなぜ軍服を着ているのですッ! 納得のゆく説明をしてください」
「本当に、すいません……」
謝ることしかできない。
3ヶ月前に父親を亡くしたアハートさん。
弟のファーストくんと妹のアリシアちゃんまで殺され、一緒に住んでいるのが殺害犯のサキュバットだとは、気の毒で言えない。
それに、殺された185名の自衛軍たちの家族の心情を思うと、暴露をためらう。
10
あなたにおすすめの小説
没落した貴族家に拾われたので恩返しで復興させます
六山葵
ファンタジー
生まれて間も無く、山の中に捨てられていた赤子レオン・ハートフィリア。
彼を拾ったのは没落して平民になった貴族達だった。
優しい両親に育てられ、可愛い弟と共にすくすくと成長したレオンは不思議な夢を見るようになる。
それは過去の記憶なのか、あるいは前世の記憶か。
その夢のおかげで魔法を学んだレオンは愛する両親を再び貴族にするために魔法学院で魔法を学ぶことを決意した。
しかし、学院でレオンを待っていたのは酷い平民差別。そしてそこにレオンの夢の謎も交わって、彼の運命は大きく変わっていくことになるのだった。
※2025/12/31に書籍五巻以降の話を非公開に変更する予定です。
詳細は近況ボードをご覧ください。
【㊗️受賞!】神のミスで転生したけど、幼児化しちゃった!〜もふもふと一緒に、異世界ライフを楽しもう!〜
一ノ蔵(いちのくら)
ファンタジー
※第18回ファンタジー小説大賞にて、奨励賞を受賞しました!投票して頂いた皆様には、感謝申し上げますm(_ _)m
✩物語は、ゆっくり進みます。冒険より、日常に重きありの異世界ライフです。
【あらすじ】
神のミスにより、異世界転生が決まったミオ。調子に乗って、スキルを欲張り過ぎた結果、幼児化してしまった!
そんなハプニングがありつつも、ミオは、大好きな異世界で送る第二の人生に、希望いっぱい!
事故のお詫びに遣わされた、守護獣神のジョウとともに、ミオは異世界ライフを楽しみます!
仕事繁忙期の為、2月中旬まで更新を週一に致します。
カクヨム(吉野 ひな)様にも投稿しています。
神様、ちょっとチートがすぎませんか?
ななくさ ゆう
ファンタジー
【大きすぎるチートは呪いと紙一重だよっ!】
未熟な神さまの手違いで『常人の“200倍”』の力と魔力を持って産まれてしまった少年パド。
本当は『常人の“2倍”』くらいの力と魔力をもらって転生したはずなのにっ!!
おかげで、産まれたその日に家を壊しかけるわ、謎の『闇』が襲いかかってくるわ、教会に命を狙われるわ、王女様に勇者候補としてスカウトされるわ、もう大変!!
僕は『家族と楽しく平和に暮らせる普通の幸せ』を望んだだけなのに、どうしてこうなるの!?
◇◆◇◆◇◆◇◆◇
――前世で大人になれなかった少年は、新たな世界で幸せを求める。
しかし、『幸せになりたい』という夢をかなえるの難しさを、彼はまだ知らない。
自分自身の幸せを追い求める少年は、やがて世界に幸せをもたらす『勇者』となる――
◇◆◇◆◇◆◇◆◇
本文中&表紙のイラストはへるにゃー様よりご提供戴いたものです(掲載許可済)。
へるにゃー様のHP:http://syakewokuwaeta.bake-neko.net/
---------------
※カクヨムとなろうにも投稿しています
異世界に転移したら、孤児院でごはん係になりました
雪月夜狐
ファンタジー
ある日突然、異世界に転移してしまったユウ。
気がつけば、そこは辺境にある小さな孤児院だった。
剣も魔法も使えないユウにできるのは、
子供たちのごはんを作り、洗濯をして、寝かしつけをすることだけ。
……のはずが、なぜか料理や家事といった
日常のことだけが、やたらとうまくいく。
無口な男の子、甘えん坊の女の子、元気いっぱいな年長組。
個性豊かな子供たちに囲まれて、
ユウは孤児院の「ごはん係」として、毎日を過ごしていく。
やがて、かつてこの孤児院で育った冒険者や商人たちも顔を出し、
孤児院は少しずつ、人が集まる場所になっていく。
戦わない、争わない。
ただ、ごはんを作って、今日をちゃんと暮らすだけ。
ほんわか天然な世話係と子供たちの日常を描く、
やさしい異世界孤児院ファンタジー。
【完結】幼馴染にフラれて異世界ハーレム風呂で優しく癒されてますが、好感度アップに未練タラタラなのが役立ってるとは気付かず、世界を救いました。
三矢さくら
ファンタジー
【本編完結】⭐︎気分どん底スタート、あとはアガるだけの異世界純情ハーレム&バトルファンタジー⭐︎
長年思い続けた幼馴染にフラれたショックで目の前が全部真っ白になったと思ったら、これ異世界召喚ですか!?
しかも、フラれたばかりのダダ凹みなのに、まさかのハーレム展開。まったくそんな気分じゃないのに、それが『シキタリ』と言われては断りにくい。毎日混浴ですか。そうですか。赤面しますよ。
ただ、召喚されたお城は、落城寸前の風前の灯火。伝説の『マレビト』として召喚された俺、百海勇吾(18)は、城主代行を任されて、城に襲い掛かる謎のバケモノたちに立ち向かうことに。
といっても、発現するらしいチートは使えないし、お城に唯一いた呪術師の第4王女様は召喚の呪術の影響で、眠りっ放し。
とにかく、俺を取り囲んでる女子たちと、お城の皆さんの気持ちをまとめて闘うしかない!
フラれたばかりで、そんな気分じゃないんだけどなぁ!
バーンズ伯爵家の内政改革 ~10歳で目覚めた長男、前世知識で領地を最適化します
namisan
ファンタジー
バーンズ伯爵家の長男マイルズは、完璧な容姿と神童と噂される知性を持っていた。だが彼には、誰にも言えない秘密があった。――前世が日本の「医師」だったという記憶だ。
マイルズが10歳となった「洗礼式」の日。
その儀式の最中、領地で謎の疫病が発生したとの凶報が届く。
「呪いだ」「悪霊の仕業だ」と混乱する大人たち。
しかしマイルズだけは、元医師の知識から即座に「病」の正体と、放置すれば領地を崩壊させる「災害」であることを看破していた。
「父上、お待ちください。それは呪いではありませぬ。……対処法がわかります」
公衆衛生の確立を皮切りに、マイルズは領地に潜む様々な「病巣」――非効率な農業、停滞する経済、旧態依然としたインフラ――に気づいていく。
前世の知識を総動員し、10歳の少年が領地を豊かに変えていく。
これは、一人の転生貴族が挑む、本格・異世界領地改革(内政)ファンタジー。
猫を拾ったら聖獣で犬を拾ったら神獣で最強すぎて困る
マーラッシュ
ファンタジー
旧題:狙って勇者パーティーを追放されて猫を拾ったら聖獣で犬を拾ったら神獣だった。そして人間を拾ったら・・・
何かを拾う度にトラブルに巻き込まれるけど、結果成り上がってしまう。
異世界転生者のユートは、バルトフェル帝国の山奥に一人で住んでいた。
ある日、盗賊に襲われている公爵令嬢を助けたことによって、勇者パーティーに推薦されることになる。
断ると角が立つと思い仕方なしに引き受けるが、このパーティーが最悪だった。
勇者ギアベルは皇帝の息子でやりたい放題。活躍すれば咎められ、上手く行かなければユートのせいにされ、パーティーに入った初日から後悔するのだった。そして他の仲間達は全て女性で、ギアベルに絶対服従していたため、味方は誰もいない。
ユートはすぐにでもパーティーを抜けるため、情報屋に金を払い噂を流すことにした。
勇者パーティーはユートがいなければ何も出来ない集団だという内容でだ。
プライドが高いギアベルは、噂を聞いてすぐに「貴様のような役立たずは勇者パーティーには必要ない!」と公衆の面前で追放してくれた。
しかし晴れて自由の身になったが、一つだけ誤算があった。
それはギアベルの怒りを買いすぎたせいで、帝国を追放されてしまったのだ。
そしてユートは荷物を取りに行くため自宅に戻ると、そこには腹をすかした猫が、道端には怪我をした犬が、さらに船の中には女の子が倒れていたが、それぞれの正体はとんでもないものであった。
これは自重できない異世界転生者が色々なものを拾った結果、トラブルに巻き込まれ解決していき成り上がり、幸せな異世界ライフを満喫する物語である。
ネグレクトされていた四歳の末娘は、前世の経理知識で実家の横領を見抜き追放されました。これからはもふもふ聖獣と美食巡りの旅に出ます。
旅する書斎(☆ほしい)
ファンタジー
アークライト子爵家の四歳の末娘リリアは、家族から存在しないものとして扱われていた。食事は厨房の残飯、衣服は兄姉のお下がりを更に継ぎ接ぎしたもの。冷たい床で眠る日々の中、彼女は高熱を出したことをきっかけに前世の記憶を取り戻す。
前世の彼女は、ブラック企業で過労死した経理担当のOLだった。
ある日、父の書斎に忍び込んだリリアは、ずさんな管理の家計簿を発見する。前世の知識でそれを読み解くと、父による悪質な横領と、家の財産がすでに破綻寸前であることが判明した。
「この家は、もうすぐ潰れます」
家族会議の場で、リリアはたった四歳とは思えぬ明瞭な口調で破産の事実を突きつける。激昂した父に「疫病神め!」と罵られ家を追い出されたリリアだったが、それは彼女の望むところだった。
手切れ金代わりの銅貨数枚を握りしめ、自由を手に入れたリリア。これからは誰にも縛られず、前世で夢見た美味しいものをたくさん食べる生活を目指す。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる