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20 CHRISTMAS OFFERS
白い光が目蓋を刺す。
身体中が重くて怠くて、果梨はこのまま温かく心和らぐ香りがする布団に埋もれて居たかった。
掛布団を上に引き上げようとして、その軽さに驚く。
一体いつから自分は羽根布団を使うようになっただろうか……思い出せない。
(…………ん?)
ふわっと包まれる感触に満足げに唸った所で、違和感を覚えた。
そうだ、自分の家の布団は羽根布団じゃない。普通の、いたってノーマルな奴だ。
だがこれは手触りが非常に良いし……軽くて暖かい。
(…………なんで? パワーアップしてる?)
家の布団が? レベルアップするのか?
そこでようやく果梨の意識回路がつながった。
次から次へと映像が溢れて来る。
気持ちよく寝ていた所を、非常に卑猥な方法で起こされた。眠さとオカシナ欲望が混じり合った状態で、後ろから攻め立てられた。もうヤダと何度か懇願したが、それを上回る執拗さで求められ、最終的には感じた事も無い絶頂で果てたのだ。
まだ日は出ていなかったが、冬至をたった一日過ぎただけでは長い夜は時計上の朝まで食い込む。
(なんじ……)
光にしょぼしょぼする目を凝らしてヘッドボードを見上げれば、藤城康晃らしい、どこか簡素でなのにお洒落なアナログ時計が置かれていた。
針が差すのは十と二。
十と……二。
(十時……じゅっぷ……)
刹那、果梨の悲鳴が静かなマンションの一室に響き渡った。
「恐ろしくご機嫌ですね」
十二月度の営業成績を提出しながら、本橋が怪訝な顔をする。昨日と一転して浮かれ気味の上司が不気味過ぎる。
「そうか?」
ちらっと眼を上げた氷の営業部長がにっこりと微笑む。
そう……微笑んだ、のだ。
(怖ッ)
余りの珍しさにひきっと口元を凍らせる部下。そんな彼など既に視界から追い出した康晃は鼻歌でも歌いたい所だった。
なにせ身体が軽い。
寝たのは明け方で、正味三時間ほどしか寝ていない。それでも異様な程すっきりと目覚められた。
死んだように深い眠りに落ちている果穂を、もう一回起こしても良かったが流石に気が引けたのだ。
……死んだように眠っている原因が、全面的に自分に有ったし。
つらつらと昨日一晩と朝の事態を思い返しながら、康晃はにやけるのを必死に堪えた。
全くトンデモナイ女だ。
(一発やればそれで終わるかと思ったが……)
それ所では無かった。その上、大きな矛盾を抱える彼女の、なんだかよく判らない謎も増えてしまった。
溶けた目で見上げるくせに、ふとした瞬間切なげで。捨てないでと縋りつく子猫のように身を寄せて来る。かと思えば逃げ出そうとする。
「部長」
珍しくパソコンのモニターを見たまま違う世界の映像を覗き見ていた康晃は、その声に顔を上げた。
どこか張り付けたような笑顔の香月が、こちらに近づいてきた。
「高槻さんがお休みと言う事何で、私が代わりに月間報告書まとめますので」
「ああ」
デスクの上に積まれていた十二月度の報告書。これをデータ化してファイルするのが高槻と羽田の仕事の一部だ。
羽田がやる雰囲気は微塵も無いので、必然的に果穂に回って行く。
そろそろ今年も終わりだし、大きな案件は年明けだ。的場銀行の件も一応落ち着いたし、部下達は得意先への挨拶回りや建設から「年内に」と拝み倒された案件に文句を言いながらも付き合っている。
手が空いているのは「今年の仕事は今年のうちに」というか「今ある仕事は今のうちに」で全く持越しをしていない香月くらいだろう。
にっこり笑ってファイルに手を伸ばそうとする香月に、上司たる藤城は警戒心が働いた。
「いや、お前に雑用はスペックの無駄遣いだ」
さりげなく各々から提出された報告書のファイルの上に手を置く。
それから首を伸ばして、自分のデスクで得意先、取引先への年賀状の宛名を震える腕で書き込んでいる松原を見付けた。
「松原、それ香月と代われ」
「ええ!?」
宛名を全て手書きで書け。
営業たるもの、一文字入魂。
そう謳って毎年年賀状の宛名書きに部下を任命するのは、藤城部長ではない。
「ああ、助かるよ、部長」
五十代後半の営業『課長』、栗林だ。
「いいえ。松原も確かに字は上手ですが何分、遅いですから」
苦笑する藤城に、栗林は溜息を吐いて松原の背中を叩いた。
「痛ッ」
「ったく……それはもういい。香月は字も丁寧だし早いから助かるよ」
「はあ……」
眉間に皺をよせ、腑に落ちない顔をする香月に心持ち藤城は冷たい笑みを返した。
「最近仕事が立て込んでたからな。たまには息抜きしろ」
その笑みの理由に気付かず、香月がぱっと顔を輝かせる。
果穂は何も言わなかった。
誰が悪いも、何を言われたのかも。
だが、果穂に免じて無罪放免するには康晃は狭量だった。特に、その所為で自分がおおまぬけだと確信したからには。
嬉しそうにこちらに向かってくる松原を見ながら、藤城は淡々と告げた。
「連絡ミスなんて起こされたらたまったもんじゃないからな」
瞬間、香月の顔色が変わった。一瞬で真っ白になったのだ。だが藤城はあえて彼女を見なかった。
「で、部長。俺は何をすれば?」
「松原も、『ほうれんそう』忘れるなよ」
「………………買いに行けって事ですか?」
キョトンとした後、困惑して尋ねる松原に「馬鹿かお前は」と藤城が冷笑する。
「イマドキ、小学生でも知ってるわ」
「え?」
「兎に角、お前はこれをまとめて、二十八までに年間の報告書に仕上げてくれ」
「ええええええええええ!?」
「煩い、黙れ。高槻が戻ってきたら彼女と一緒にやれ」
「はぁい」
「松原ッ」
「了解であります!」
ささっとファイルを抱えてデスクに戻る青年を見送り、藤城は溜息を吐いた。
「部長……」
振り返ると、ぎゅっと手を握り締めた香月がこちらを見て居た。青ざめた顔の中で、その猫目だけが爛々と輝いている。
「お前もさっさと課長を手伝え」
これ以上は聞かない、と言外に告げて康晃はとっとと自分のデスクに戻った。
「高槻は生きてるか?」
夕方近く東野建設へ顔を出した康晃に、白石が開口一番に告げたセリフがこれだ。
所長と話をし、年明けに間に合うようそれぞれが仕事を調整しているとの回答に満足して帰る所だった。
背後から声を掛けられ、振り返るとにやにやした男がこちらに近づいて来る所だった。
「……俺が彼女を殺すとでも?」
「殺しかねない勢いだったからな」
二日前の出来事を指しているのだろう。思い出し、康晃はふんと鼻を鳴らした。
「殺してはいないが死にそうにはなってる」
無言で睨み付ける白石に、康晃は苦笑した。
「お前な。俺がアイツに何か変な事でもすると思ってんのか?」
「お前ならやりかねない」
「俺を何だと思ってんだ?」
「ドアの前で恐喝してた男」
「それは……否定できないな」
軽く返して笑う康晃が意外過ぎて、白石の目が微かに大きくなる。そう言えば微妙に機嫌が良さそうだ。
「お前、高槻に何をした?」
コーヒーでも飲んで帰るかな、と考えていた康晃は、唐突な質問に咽た。じっとこちらを見詰める白石に、困惑気に眉を寄せる。
「アイツは俺の婚約者だ。その婚約者とする事と言えば一つだろ」
「…………ナルホド」
なんとも複雑な顔で頷く白石が、以前から奇妙な目で果穂を見て居た事を思い出した。前に一度カマを掛けたこともある。
……そう、カマを掛けたのだ。
…………牽制ではなく。
絶対に牽制してない。それは自身を持って言える。間違いない。
「何か言ってたか?」
自分自身を納得させる作業をしていた康晃は、白石の探るような問いかけに顔を上げた。相変わらず複雑な表情だ。
「何かとは?」
怪訝そうに尋ねる康晃に、巧は言葉に詰まった。
彼女には秘密がある。
果穂じゃない、という最大の秘密が。
それを解消せずに康晃に身を委ねたのだろうかと、急に心配になったのだ。
もちろん他人がとやかく言う事ではないし、平たく言えば全て果梨の問題だ。
だが、と巧は思う。
正体を偽ったまま一緒に居るのはどう考えても良くないだろう。
まあ、果梨自身がこの問題を……ひいては康晃をどう思っているのか判らないので何とも言えないが、普通じゃない、相手を騙している状況で突き進んでしまうのはいかがなものか。
「巧?」
急に黙り込んだ友人に康晃が促す。こちらを見詰める康晃は本当なにも知らないさそうで、巧は首を振った。
「いや……何でもない」
「その沈黙が何でもないわけないだろう」
目に見えて苛立つ男をいなし、巧は「勘違いだった」と逃げを打つ。
「何の勘違いだ?」
「だから何でもない」
「だから何でもないわけないだろッ」
「…………お前、ちょっとしつこいぞ」
「お前が先に呼び止めたんだろうがッ」
ひらひらと手を振って「帰れ」アピールをする白石を睨み付け、康晃は再三に渡って問いただしていた疑問をここでも発してみた。
「―――お前、結局果穂の何なんだ?」
こちらをひたと見据える視線に対し、巧はにやりと笑って見せた。
「高槻は俺の友人だ」
胡散臭そうに見詰める康晃に、更に畳みかける。
「だから彼女を泣かせるような真似はするな」
完全なる上からの物言いに、康晃は歯噛みした。
どんな友人で、どんな過去が二人に有るのだろう。そんな疑問が急激に喉元にせり上げて来た。
どちらも互いの関係を友人だと言い、どちらもその詳細を話そうとしない。
二人の間にどんな接点があって、果穂の過去にどうかかわっているのか…………。
そこで不意に、自分が果穂に付いて知っている事が少ない事に気が付いた。
もしかしたら今、この目の前にいる友人だと名乗る男は学生時代からの友人かもしれないのだ。
ひょっとしたら幼馴染かもしれない。
どちらの過去にも、自ら率先して踏み込んだ記憶が康晃には無い。他人など、自分と接する瞬間が大事であり、過去など別に気にしたことが無かったからだ。なのに今は、どうしても二人の関係の度合いが知りたくてたまらない。
急激に湧いて来る、焦りにも似たじれったい感情に康晃は戸惑った。これに名をつけるとしたら、間違っても嫉妬ではない筈だ。
そう……違う筈。
これは単なる……好奇心だ。
「いつからの友人だ? 彼女が入社したころから? だが接点は無かったよな?」
巧は明らかに嫉妬している氷の営業部長が珍しくて笑みをこぼしそうになった。だがここで笑えば要らぬ面倒事を引き起こす。なのでなるべく平静を装って話した。
「高槻果穂と知り合ったのは最近……ここ一年くらいだ。たまに飲みに行ったりしてたよ」
「……………………へぇ」
こんな真っ黒い相槌は聞いたことが無い。
吹き出しそうになるのを堪え、それから巧は果梨の事をちょっとだけ思いやった。
彼女が……多少なりとも立場が良くなるように。
「……お前が婚約者だと言う高槻と俺は何の関係も無い。ただの友人だ。過去の何かあったわけでもない」
微かに康晃の眉が上がる。それを気にすることなく、巧は続けた。
「お前が危惧するような男女の関係は無かった。だが」
あからさまにほっとする男に、巧は釘を刺す。
「お前がどんなことであれ彼女を泣かせたら……その時は容赦しないからな」
物騒な友人の台詞に、康晃が微かに目を見開く。何故この男にそんな事を言われなくてはならないのか。
腹の辺りにモヤモヤしたものが溜まるが、彼はそれを無視した。
それくらいには……機嫌が良い。真冬に花が咲くくらい。
「んなことあり得ないと思うが……一応、気に留めておく」
まだ何か言いたい事があるのか、白石が口を開きかけた。だがその瞬間、白石を引き留めるがごとく彼の携帯が無機質な音を奏でた。
あからさまに舌打ちをする彼を見遣り、藤城は肩を竦めた。
「またな」
「待て……泣かすなよ!」
「二度も同じことを言わんでいい」
一蹴し、康晃はさっさと廊下を進んだ。
今日の業務はこれで終わり。あとは楽しい楽しい週末だ。
部屋に一人置いてきた果穂は一体何をしているのだろうか。
珍しく浮かれた足取りで、彼は東野設計を後にした。
昼近くに目覚めた果梨が取った行動は、藤城に電話をする事だった。
なんで起こしてくれなかったのか、私の服はどうした、部屋の鍵はどこだ、等々。
そんな果梨からのクレームに、藤城部長は終始穏やかに「その件につきましては後日ご連絡いたします」の一点張りだ。
恐らく社で電話を取っているのだろう。完全にクレーマー扱いだ。
「一体何を考えてるんですか!?」と問いただすと、男は恐ろしく冷静な声で「もちろん、我々の将来です」と身の毛もよだつ発言をされ慌てて電話を切ったのだ。
我々の将来。
(んなものあるかーッ)
心の裡で速攻否定をするが、何故か跳ね上がった鼓動は収まってはくれない。
我々の、将来。
その単語がぐるぐると頭の中を駆け巡り、果梨は座ったままだった康晃のベッドにぽすんと倒れ込んだ。
ふわっと彼の香りがする。
もし、本当に自分が部長の部下だったら?
自分が入社したのが、ICHIHAだったら? そして配属先に藤城が居たら?
二人の間に何かあっただろうか?
入社した先に居る、バリバリに仕事が出来る昇進間近だったであろう、藤城課長。その彼を、憧れの眼差しで見詰める果梨。彼の為に、褒められたいが為に仕事を続けていたら……彼は果梨に目を向けてくれただろか……。
そこで果梨はふっと自嘲気味に笑った。
(ま……部長が私を誘ったのはそもそも、果穂が予想外のプロポーズなんかしてたわけで……)
それが無ければ、自分がこのベッドにいる可能性は皆無だった。
と言う事は、裏方に徹するのが好きな果梨が、藤城にアプローチをするとは思えない。
この状況だからこそ、果梨は康晃の傍に居るのだ。
だとしたら我々の将来、なんてあり得ない。
果穂じゃない、高槻果梨である限り。
それでも果梨の心が昨夜の藤城を思い出し、彼の優しい手つきや甘美な声や溶けた瞳を突きつけて来る。
あれを見たのは、果穂では無くて果梨じゃないかと。
藤城から向けられるプラスの感情は全て、自分だけに向けられた感情だ―――そう、心から思う事が出来たら……。
(そうしたら……私も……)
自分が誰なのか、はっきりと彼に告げられる。
柔らかなシーツを撫でてそう、考えていた果梨はのろのろと身を起こした。
昨夜の熱が、今頃頬を熱くする。
昨日の一件で判ったことが有る。
康晃は果梨の元彼とは百八十度違う。最悪なアイツを蹴散らし、果梨を大切そうに抱いてくれた。不可解な願いも聞いてくれた。
仕事も認めてくれている。だからこそ、怒られもしたわけだし。それを必死に庇う発言を繰り返し、香月を咎めようかと申し出てくれた。
そこまでしてくれている男性を、求めない女などいるだろうか。
ぎゅっと目を閉じて、果梨は自らが着ていた彼のシャツの裾を引っ張った。繰り返し再生される昨夜の様子を無理やり胸の奥に押し込めて目を見開いた。
もう駄目だ。
そんな言葉が脳裏を埋め尽くす。
なんとか落ちないでいようと思ったが、どうやら自分は落ちてしまったらしい。
藤城が好きだという感情は、いつの間にか果梨の胸の中に棲みつきじわりじわりと侵攻し、堅い守りを突き崩して行った。
そうしてはいけないというのに。
(進退窮まるとは……こう言う事?)
自嘲気味に胸の内で呟き、果梨は抱えた膝に顔を埋めた。
これから先どうしよう……。
やるべきことはただ一つ。
藤城に、自分の正体を話すのだ。
それがクリアできない限り、果梨と康晃がどうにかなる未来は無い。だが、話した瞬間、彼に切り捨てられるかもしれない。現時点ではその可能性が高いだろう。
それが……怖い。
(私……何にも学んでない……)
嫌われたくない、を召喚するのはいつだって恋心というMPだ。
でもあの時は、恋に盲目だった故彼の為になんでもするという過ちを犯した。果梨の世界全てが彼の言いなりだった。でも今は違う。
嬉しそうに……溶けた康晃の瞳を思い出し、果梨は意を決して立ち上がった。
少しでも「果梨」という人間を知って貰うために兎に角今、出来ることをやってみよう。
康晃と二人で楽しいと思えることをしたい。彼と一緒に居られる時間がどれだけあるのか判らないが、居られる間はプラスの感情で居たい。
諦めることを思って、あんなに痛くて辛い思いをするのなら今を楽しんだ方がマシだ。
そうして、藤城に自分の事を話す。自分が誰なのかを。
ぎゅっと唇を噛んで、果梨は逃げたくなる脚をその場で踏みとどまらせた。
ここで姿を完全に消せば……それはそれで話は楽なのだろう。
だが果梨はもう、それは出来ないと悟っていた。ならば。
自分の願いを……確率の低い願いを……叶えるために行動するしかないのだ。
果穂から届いたメールの内容に、康晃は目を見開いた。その文面は一応おねだりだった。だが、可愛らしさの欠片も無い、どちらかというと単なる発注に近い内容だった。
もちろん、過去にそんな内容のメールを女でも男でも貰った覚えはない。
クリスマスツリー(大)×① オーナメント(趣味がイイモノ) 買ってきてください。
この手の内容のメールなら、文の冒頭に『年末のお仕事お疲れ様です』とか付けろと文句を言いたくなるが、そもそもこれは業務連絡でも何でもない。
同棲する彼氏に当てて送られた「これ買ってきて」メールにジャンルとしては近い筈なのだ。
なのに色気もへったくれもない。
というか。
(俺としては職権乱用してどこか店でも抑える気だったんだが……)
こんなものを買って来いと言うからには、一応、彼女は自分とのクリスマスの何かをしたいという事なのだろう。
(ったく……面倒な……)
悪態を吐きながらも、顔面が心を裏切っていた。にやけっぱなしの藤城が意気揚々と帰り支度をする。それを部下全員が薄気味悪い物でも見るような眼差しで見ていた。
香月渚にはどうしても理解できない。
何故、高槻果穂が選ばれるのか。どうして部長の興味が彼女に行くのか。
考えても、考えても、考えても、答えが出ない。
学生時代から、渚は成績優秀でどんなに難しい問題でも時間を掛けて解いてきた。だから今回の問題も、考えていればいつか必ず答えが出るだろうと思っている。―――だが、理解できない。
自分は高槻と比べて劣っているだろうか?
彼女は主に事務の仕事をしているが、それくらい自分にも出来る。というか、自分でも出来るが雑用があまりにも多くてさばききれないから、彼女を雇っているのだ。能力的に劣ってはいない。
では容姿は?
悪くないと思う。得意先で感心するように見詰められる事もあるし、振られた記憶は無い。高槻に勝っているかというと、負けてはいない。
性格はどうだろう。
向上心が有り、積極的。部長や本橋にふらふらするような「腰かけです」という移り気ではなく藤城一筋だ。後輩にもちゃんと指導をしている。
(確かに……意図的に『連絡ミス』を犯したわよ。でもだから何だって言うのよ。頼んだ所で出来がイイモノが上がって来るとは限らないじゃない)
彼女のスペックを見極めて、先回りしただけだ。そもそも当の本人からクレームは来ていない。
それだけどうでも良い仕事だと判断したんだろう。
香月さんがやってくれてありがとう、位の。
(何なの……マジで意味が分からない)
渚の思考回路はどんどん果穂を貶めて行く。
そうだ。自分が資料を作ったのが悪かった。
考えてみれば高槻は資料を渡されたときに、ちゃんと自分に聞かなかったではないか。
どれの、何の資料ですか? と。それは職務怠慢だろう。それで出来ると過信した彼女が自意識過剰だったのだ。
聞かれればもちろん教えた。
必要な資料がない事に気付いたとしても、どこですか? と一言聞いてくれれば教えたのだ。
(なんなの、あの子)
やっぱり甘やかさず、放って置けばよかった。じゃないと、今後同じようなミスが増えるかもしれない。きちんと指示を仰がず独断で無駄な手間をかけるなんてあるまじきだ。
そして何故、その程度の女が藤城部長の隣に居るのだろう。
問題は堂々巡りする。
何故、自分じゃなく彼女なのか。
(……どうせ)
媚びを売るのが上手いのだろう。ゴマをすって近寄っているとか、誰かの手柄を横取りしているとか。白石のサポートをしているのも自分が目立ちたいからじゃないのだろうか。
冬至を過ぎた冬の日は、まだ短い。つるべ落としとはよく言ったものだ。
既に世界は真っ暗で、フロアにはいつの間にか香月だけが残っている。
年末に休むなんて、どういう神経をしているのか。彼女が休んだせいで松原が責めを追っている。
(自分勝手な女ッ)
どんな仕事をしてるっていうのよ。
つかつかと靴音高く高槻果穂のデスクに近寄り、無造作に引き出しを開ける。中に一つ、フラッシュメモリが入っていた。
乱暴に席に着くと、彼女はそれをパソコンに差し込んで中のファイルを洗いざらい覗き始めた。
一時間後―――
香月は一つだけ見付けた奇妙なファイルに首を傾げていた。
タイトルは『ポイント』となっている。開くとエクセルのファイルで表が出て来た。
そこには朝から晩までの一日のタイムスケジュールが書かれていた。
だがそれは会社までの行き方、仕事内容、帰り方などだ。席順と思しき表も付いている。
(なんなの……)
その他には何階に何が有るのか。昼はどこで取るのか。お気に入りの店は、部署が良く行く店は等。
まるで誰かにレクチャ―するかのような謎の資料。
眉間に皺を寄せたまま、渚は思案する。
取るに足らない内容だが、自社の……自部署の作業内容をこんな風に表にするなどオカシイ。今の世の中、SNSの発展で業務内容を気軽に全世界に発表してしまう案件も多い。
これは見過ごせない、と赤い唇を歪めて渚はフラッシュメモリをスーツのポケットに仕舞い込んだ。
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