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シンジュクメルヘンストリート
しおりを挟む制服、嫌いなのよねぇ。
だって、みんなおんなじってカンジでしょ。
そんなのつまんないし、私は誰とも同じでいたくないわ。
同じ膝下丈のスカートを履いて、同じ色のリボンをつけて、同じ髪型で。
軍隊みたいヨ。
日本の女子高校生って。
彼女は言った。
いわゆる公立高校の、普遍的な制服を着て、彼女は言った。
誰も聴かない音楽が好きなの。
誰かが聴いてる音楽は、絶対に聴きたくないわ。
自分だけのものにしておきたいじゃない。
マイナーなバンドを知っている方が、なんだか音楽通って感じもスルし。
彼女は言った。
続けて、僕や、その他大勢に、「この歌手おススメ」とも言った。
彼女は天邪鬼だ。
自分の今生きている環境を、限りなく否定しようとする。制服を着ておらず、マイナーな歌を聴いている、誰とも「同じ」でない自分を、共有しようとする。
誰かと決して交わらないでいようとするのは、あまりに孤独すぎるから、ときたま彼女は、その真っ直ぐに張り詰めた糸を、弛めることがある。
僕はいつもそこにいた。つまりは、彼女の限界をいつも見てきたのだ。
獣のように感情が昂ぶって、泣き叫びたいのを、厚い皮膚の下に燻らせている。己に流れる血液さえ嫌悪しながら、彼女は僕に、つとめて淑女のように笑う。彼女の嫋やかな髪が顔にかかると、ようやく彼女が泣いていることに気付く。
頬に張り付いた黒い髪の、絹糸のようなその美しさに、僕は改めて、彼女がこの世界に生きている事に対する罪を、悲しまざるを得なかった。
人をあまりに気にし過ぎ、人と違う存在でありたいと、あまりに強く願い過ぎた彼女は、僕にとっては儚い人生の、美しい記憶の一部でしかないのだ。
彼女は、ある時から抜け殻になった。
彼女の細く柔い体が、喧騒の中に溶けていく。彼女は、髪を金髪に染めていた。誰とも違う、誰とも違う、私だけ。「私だけ」を追い求めた彼女は、以前よりも幾分、ずっと、大多数の人と「同じ」になっていた。
……こっちの方が、稼げるのよ。
私、楽しくやってるわ。
随分と男を弄ぶような饒舌になった彼女に、僕は怒り似たような感情を覚えた。これは悲しみなのかも知れないが、そう言った言葉に表すことのできる喜怒哀楽の類とは、少し違うような気がしていた。
薄いサテン地の、キャミソールのワンピースドレス。スリットが入っていて、彼女の長い脚が、そこから生えているかのように露わになっていた。
……ネェ、うちに遊びにきてよ。
これでも結構、人気なんだから。
彼女は、慣れた手つきで名刺を取り出した。黒地に紫色の文字で描かれた、無駄に派手な装飾をしたそれは、僕が彼女の働いている職場の環境を想像するには、充分すぎる代物だった。
『night cat・shinjuku』
新宿の、夜の猫。
ファミレスの店内に不釣り合いすぎる彼女は、1万円をテーブルに置いて立ち上がった。
久々に会えて嬉しかった。
彼女はそれだけ言うと、店を後にした。
彼女が頼んだのは、210円のホットコーヒー、ただ1つだった。
21時を、まわっていた。
ファミレスの窓から見える、荒廃的なその景色の中に、彼女はまた帰っていった。
光に塗れた新宿。
欲に塗れた新宿。
色を失った新宿。
寂れた雑居ビルは、墓標のように見えた。
そこに群がる、僕等人間。ひとりの夜の闇を好まんとした僕等は、人の集まる場所に足を進め、互いの傷を舐め合う。人が多いよりも、多過ぎる方が好きなのだ。疎らに人がいるのでは、僕自身の存在が、彼等の目に焼き付いている場合もある。人の波に飲まれるくらいに多いなら、決して僕を見てはいない。けれど、仲間になれたような、そんな不思議な団結感じみたものに包まれる。
彼女もその気持ちはあるのだろうか。
個を主要とする街で、彼女が否定されることは無く、彼女は羽を伸ばし、あの濡れた瞳で、男を見つめているのだろうか。
切れかけの紫色の蛍光灯に照らされた、男女二人が古いラブホテルから出てきた。部屋の窓からは、女の雑で機械的な嬌声が聞こえる。
彼女も、夜に染まってしまったのだろうか。
孤独を埋めるには、
人の身体が一番なの。
彼女に聞いたら、こんな風に答えるだろうか。
彼女の太腿に、男の皺だらけの黒い手が伸びる場面が、頭に浮かんだ。僕はその場面を見たくなかったのか、あるいは下を向いて歩いていたから首が疲れたのか、または何の意味も無く、空を仰いだ。
そこにあるのは、赤茶けた空だった。
絵本のような世界はここにはない。赤黒いドームに覆われてしまった街。
逃げ場なんて、ないじゃないか。
世界的に見たら、酷く小さなこの街で、僕等は人生のなんたるかを語り合い、それらに絶望し、また明日を生きようとする。
何が楽しくて生きているのだろう。そう考えたとき、僕には何もない事が分かった。なにもない。片手に持った缶ビールすら、人生の嫌悪の対象となる。
……家に、帰ろう。
僕はまた、首を元の位置に戻した。後頭部のあたりに、ズキン、と鈍い痛みを感じた。
「ああ……つまみ、買い忘れた」
その時ちょうど、扉を開いて客を迎え入れる居酒屋の店内から流れてきた音楽。
今頃別の男に抱かれている、彼女の聴いていた、マイナーバンドのまだぎこちない、あの音楽だった。
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