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新しい目覚め
美しい人ーオラトリオ視点②ー
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俺は後ろ髪を引かれながら泉の湖畔へと上がり座り込むと、ただひたすらに、主の目覚めを待ち続けた。
その間にカラヴィンガが着衣を届け、時同じくして到着した他の竜とその主を迎えにいく。
その後は、風が時折草原と泉の水面を撫でる以外、酷く静かだった。
俺は自分の心臓の音を内に聞き、その度に安堵する。この鼓動こそ、主が生きている何よりもの証だからだ。
心音に集中していれば、自分と同じように主を追ってきたのだろうか、ヒポグリフがいつの間にか傍らに佇み、泉の中へと徐に入っていった。
止める暇もなく、主の傍らまで辿り着いたヒポグリフへと…泉の内から腕が伸ばされる。
主が、目覚めたんだ────
理解すると同時に、思考が止まる。
そして次の瞬間、歓喜が込み上がった。
駆け出したくなる衝動を捩り伏せ、驚かせないように泉の中へと足を踏み入れると、広がる波紋のその奥に、水底に沈む主の姿が見えた。
ヒポグリフへと優しく微笑む姿は、死に瀕していた時の凄惨な切迫感も、無法に立ちはだかる猛々しい熱もなく、ただただ透き通るような無垢さばかりが際立っていた。
過酷な生活の最中で鍛えられた肢体はしなやかで、無駄のない均整の取れた美しさが宿っている。
微かに膨らむ胸は滑らな曲線を描き、続く腹筋の陰影は腰骨の稜線へと繋がって…そして、その下には、性別を象徴するものが何もなかった。
俺は言葉を失い、息を飲み、目が離せなくなる。
脱がせたのは自分自身だというのに、焦燥から気づかなかったその姿は、男女の垣根を越え、唯々、美しかった。
声を掛けることも忘れて見蕩れていれば、視線がこちらへと向けられる。
途端に硬く強張っていく主の表情に心臓を潰されるような苦しさを覚えたが、そんな俺自身の感情に捕らわれる暇もなく、主の嘔吐く姿が目に飛び込む。
慌てて手を伸ばしてから後の記憶は、途切れた。
次に俺が気付いた時には、ヒポグリフの背中に揺られていた。
主とカラヴィンガの話し声が風に乗って、俺の耳にまで届く。
だが、俺は二人に声を掛けられずにいた。
目覚めた時の感じた頬の痛みに、主に叩かれた記憶を取り戻したからだ。
これは、流石にショックが大きかった。
手を上げられるほどの非道なことを、俺は主にしてしまったのだろうか。
何がいけなかったのか。
思考が堂々巡りをしている間に、俺は声を掛ける機会を失っていた。
様子を伺っているうちに、教育がかりのカラヴィンガに微笑む姿が、目に入る。
主の紫の瞳は光に透け、宝石のように輝いてみえた。
黒髪が風に撫でられて乱れると、主は手で髪を押さえながら空を見上げる。
その何気ない姿がどこか儚げで、それでいて凛々しく、抱き締めたくなる。
いつの間にか息を潜めて主を盗み見ることに集中していたが、不意に紅い眸と目が合ってしまった。
それはヘルメティアの主、シエスという男の双眸だった。途端にすべて見透かすよう笑われる。
シエスが口を開いて、俺が目覚めていることを主に告げる前に、仕方なく、ヒポグリフの背から地面に降り立つことになって─────
その間にカラヴィンガが着衣を届け、時同じくして到着した他の竜とその主を迎えにいく。
その後は、風が時折草原と泉の水面を撫でる以外、酷く静かだった。
俺は自分の心臓の音を内に聞き、その度に安堵する。この鼓動こそ、主が生きている何よりもの証だからだ。
心音に集中していれば、自分と同じように主を追ってきたのだろうか、ヒポグリフがいつの間にか傍らに佇み、泉の中へと徐に入っていった。
止める暇もなく、主の傍らまで辿り着いたヒポグリフへと…泉の内から腕が伸ばされる。
主が、目覚めたんだ────
理解すると同時に、思考が止まる。
そして次の瞬間、歓喜が込み上がった。
駆け出したくなる衝動を捩り伏せ、驚かせないように泉の中へと足を踏み入れると、広がる波紋のその奥に、水底に沈む主の姿が見えた。
ヒポグリフへと優しく微笑む姿は、死に瀕していた時の凄惨な切迫感も、無法に立ちはだかる猛々しい熱もなく、ただただ透き通るような無垢さばかりが際立っていた。
過酷な生活の最中で鍛えられた肢体はしなやかで、無駄のない均整の取れた美しさが宿っている。
微かに膨らむ胸は滑らな曲線を描き、続く腹筋の陰影は腰骨の稜線へと繋がって…そして、その下には、性別を象徴するものが何もなかった。
俺は言葉を失い、息を飲み、目が離せなくなる。
脱がせたのは自分自身だというのに、焦燥から気づかなかったその姿は、男女の垣根を越え、唯々、美しかった。
声を掛けることも忘れて見蕩れていれば、視線がこちらへと向けられる。
途端に硬く強張っていく主の表情に心臓を潰されるような苦しさを覚えたが、そんな俺自身の感情に捕らわれる暇もなく、主の嘔吐く姿が目に飛び込む。
慌てて手を伸ばしてから後の記憶は、途切れた。
次に俺が気付いた時には、ヒポグリフの背中に揺られていた。
主とカラヴィンガの話し声が風に乗って、俺の耳にまで届く。
だが、俺は二人に声を掛けられずにいた。
目覚めた時の感じた頬の痛みに、主に叩かれた記憶を取り戻したからだ。
これは、流石にショックが大きかった。
手を上げられるほどの非道なことを、俺は主にしてしまったのだろうか。
何がいけなかったのか。
思考が堂々巡りをしている間に、俺は声を掛ける機会を失っていた。
様子を伺っているうちに、教育がかりのカラヴィンガに微笑む姿が、目に入る。
主の紫の瞳は光に透け、宝石のように輝いてみえた。
黒髪が風に撫でられて乱れると、主は手で髪を押さえながら空を見上げる。
その何気ない姿がどこか儚げで、それでいて凛々しく、抱き締めたくなる。
いつの間にか息を潜めて主を盗み見ることに集中していたが、不意に紅い眸と目が合ってしまった。
それはヘルメティアの主、シエスという男の双眸だった。途端にすべて見透かすよう笑われる。
シエスが口を開いて、俺が目覚めていることを主に告げる前に、仕方なく、ヒポグリフの背から地面に降り立つことになって─────
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