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百錬成鋼
過去②【文章改編】
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正解だと語る前に、苦虫を噛み潰したようにヴォルスは顔を歪めた。
「そういうこった。本人は皇帝なんざ望んじゃいなかったみてぇだが、周りがそれを許さねぇ。力付ける前に戦場で殺してやろうって魂胆でな、ロクに教育しねぇまま前線送りだぜ」
「…餓えてもいないのに、家族を捨てるのか?」
信じられない、エメラルデラの眼差しがそう語っていた。
流民だとて口べらしに子を捨てる。だがそれは、生きるためという生存を賭けた理由があった。
正しいとは言えないが、それが悪だと他人が断じることはできない。
ただ、悲しみがあるだけだ。
「ある意味餓えだな。権力に対するモンじゃあるが…俺は前線で若と再会してよ、その頃はまだまだひよっ子だったが…天才肌ってんだろうな、あっと言う間に強くなっちまってよ」
遠くを眺めるヴォルスの眼差しには、懐かしさと共に憧憬と、深く重い悔恨が澱のように沈んでいた。
「ただな、その活躍が皇室に届けば届くほど、坊の立場がな…悪くなっちまってたらしくてよ。虫も殺せねぇような子だったから、恰好の餌食だったんだろうな」
「あのシエスが?」
エメラルドの中のシエスは、ヘルメティアを中心に据えているように見せて、自分の欲望を何より優先しているように見える。
悪く言えば自己中心的、良く言えば自分の欲しているものを違えない、意思の強さがあった。
「まあ、今じゃあ信じられねぇだろうが…一時期坊と若の母親の警護をしていた時期があってな、そん時によく顔を合わせてたが大人しくて可愛い、本が大好きってタイプだったんだぜ?」
エメラルデラは、羽を毟り終えた山鳥たちを別の木に縄を渡して、下げていく。
丸裸にされていく無防備さが、何となくシエスの過去を思わせて、気まずさともつかぬモヤを心に広げていった。
「何で…そんなに変わってしまったんだ?」
ヴォルスが剥ぎ終えた皮は欠損もなく、見事な一枚皮となっていた。後は、余分な脂肪と肉を削ってから川に晒す必要がある。
エメラルデラは一度手を止めて皮を受け取ると、虫や汚れが付かないように、一先ず枝に吊るしていった。
「───…九年目でようやく停戦した後、若がな…帝国内や聖地を見て回りたいっつってよ…一緒に旅に出たことがあんだよ。」
ヴォルスはナイフを逆手に握り直すと、獣の腹に突き立てる。上から下へと引き下ろしていくと、腹壁に守られていた臓器が一気に溢れ出た。
「帝室に帰っても、若は命を狙われる。だったら有望な若者を探して今のうちに信頼できる者を得ておきたい、帝国民の支持をもっと得られるように、自由なうちに動きたい…って思いがあったみたいでな」
腹膜にくっついている臓器を切り離し、膀胱と大腸を取り除いてから、残りはオダライアの食事となる。
切り離したばかり湯気の立つ肉に、嘴を突っ込んで食べるオダライアの胴を撫でると、権力も戦争も馬鹿に思えるような、生きた温もりが伝わってきた。
「戦争中に坊が番いを得たって話をあったから、まあ、立場も悪くないだろう…って目算が、甘かった。なんで坊が前線に出されてねぇか…、…ちゃんと考えなきゃならんかったんだ」
エメラルデラはヴォルスを見上げる。
そこには後悔に塗り固められた顔があった。
「何があったか…聞いていいのか?」
問い掛けながら、エメラルデラは思う。
過去とは、他人の内臓だ。
内側に隠され、忘れられながら、しかし確かに存在し。その人を作り上げている。
誰しも他人の内側を知ろうとするが、深く切り裂けば思わぬ出血を伴うことは分かりきっていた。
───知らなくても、その人の今は変わらないというのに。
そう、エメラルデラは心の中で呟いた。
過去と今は関係ないと分かっているのに、それでもシエスのことを知りたいと思うのは好奇心からなのか、それとも初めてできた友を理解したいと思う欲求なのか。
エメラルデラ自身にも分からなかった。
「そういうこった。本人は皇帝なんざ望んじゃいなかったみてぇだが、周りがそれを許さねぇ。力付ける前に戦場で殺してやろうって魂胆でな、ロクに教育しねぇまま前線送りだぜ」
「…餓えてもいないのに、家族を捨てるのか?」
信じられない、エメラルデラの眼差しがそう語っていた。
流民だとて口べらしに子を捨てる。だがそれは、生きるためという生存を賭けた理由があった。
正しいとは言えないが、それが悪だと他人が断じることはできない。
ただ、悲しみがあるだけだ。
「ある意味餓えだな。権力に対するモンじゃあるが…俺は前線で若と再会してよ、その頃はまだまだひよっ子だったが…天才肌ってんだろうな、あっと言う間に強くなっちまってよ」
遠くを眺めるヴォルスの眼差しには、懐かしさと共に憧憬と、深く重い悔恨が澱のように沈んでいた。
「ただな、その活躍が皇室に届けば届くほど、坊の立場がな…悪くなっちまってたらしくてよ。虫も殺せねぇような子だったから、恰好の餌食だったんだろうな」
「あのシエスが?」
エメラルドの中のシエスは、ヘルメティアを中心に据えているように見せて、自分の欲望を何より優先しているように見える。
悪く言えば自己中心的、良く言えば自分の欲しているものを違えない、意思の強さがあった。
「まあ、今じゃあ信じられねぇだろうが…一時期坊と若の母親の警護をしていた時期があってな、そん時によく顔を合わせてたが大人しくて可愛い、本が大好きってタイプだったんだぜ?」
エメラルデラは、羽を毟り終えた山鳥たちを別の木に縄を渡して、下げていく。
丸裸にされていく無防備さが、何となくシエスの過去を思わせて、気まずさともつかぬモヤを心に広げていった。
「何で…そんなに変わってしまったんだ?」
ヴォルスが剥ぎ終えた皮は欠損もなく、見事な一枚皮となっていた。後は、余分な脂肪と肉を削ってから川に晒す必要がある。
エメラルデラは一度手を止めて皮を受け取ると、虫や汚れが付かないように、一先ず枝に吊るしていった。
「───…九年目でようやく停戦した後、若がな…帝国内や聖地を見て回りたいっつってよ…一緒に旅に出たことがあんだよ。」
ヴォルスはナイフを逆手に握り直すと、獣の腹に突き立てる。上から下へと引き下ろしていくと、腹壁に守られていた臓器が一気に溢れ出た。
「帝室に帰っても、若は命を狙われる。だったら有望な若者を探して今のうちに信頼できる者を得ておきたい、帝国民の支持をもっと得られるように、自由なうちに動きたい…って思いがあったみたいでな」
腹膜にくっついている臓器を切り離し、膀胱と大腸を取り除いてから、残りはオダライアの食事となる。
切り離したばかり湯気の立つ肉に、嘴を突っ込んで食べるオダライアの胴を撫でると、権力も戦争も馬鹿に思えるような、生きた温もりが伝わってきた。
「戦争中に坊が番いを得たって話をあったから、まあ、立場も悪くないだろう…って目算が、甘かった。なんで坊が前線に出されてねぇか…、…ちゃんと考えなきゃならんかったんだ」
エメラルデラはヴォルスを見上げる。
そこには後悔に塗り固められた顔があった。
「何があったか…聞いていいのか?」
問い掛けながら、エメラルデラは思う。
過去とは、他人の内臓だ。
内側に隠され、忘れられながら、しかし確かに存在し。その人を作り上げている。
誰しも他人の内側を知ろうとするが、深く切り裂けば思わぬ出血を伴うことは分かりきっていた。
───知らなくても、その人の今は変わらないというのに。
そう、エメラルデラは心の中で呟いた。
過去と今は関係ないと分かっているのに、それでもシエスのことを知りたいと思うのは好奇心からなのか、それとも初めてできた友を理解したいと思う欲求なのか。
エメラルデラ自身にも分からなかった。
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