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もう一つのあの時3
しおりを挟む「あかりとは同期です」
(同期?)
あの会話とあかりさんに向ける目を見れば後輩って感じではなさそうだったけど、同期だったのか。
(営業では見ない顔だから別の部署の人・・・)
「初めまして。橘かおるです」
自己紹介をされたからこちらもしないといけない。仕事終わりとはいえ、プライベートとは言い難い空間で女性の社員がこんなふうに自己紹介してくれるなんて今までになかったから、反射的に同じように返してしまった。
「よろしくお願いします」
自分の世界に入ってしまっているあかりさんは、やっぱり竹内先輩に気が付いてない。夜だし、外気温なんて寒いけど酔っ払ってると体が暑いのだろうか、顔が赤くなって火照っているようにも見える。
(どんだけ飲んだんだ・・・)
「あかり、もう帰りなよ」
「え~まだ飲み足りない!」
この人凄い帰りたそうにしてるんだけど、酔っぱらいとか他の人に任せてほっといて帰ればいいのに。というかこの人シラフだよね。
「大月先輩はお酒飲まれてないみたいですけど」
そのままこの場から引き剥がすことくらいなら手伝えると思って、半分社交辞令もかねて声をかけてみた。
「良かったんですか?もしよければ一杯どうですか?」
歩道には、飲み会のあとなのか俺達以外にも仕事終わりで楽しそうに声を張り上げて笑い飛ばしてる人がたくさん居る。
「あ~、ごめんなさい。そろそろ帰ろうかなあと」
(・・・・え)
「さゆこ!あんたせっかくだから行きなさいよ!彼氏いないんでしょ!私は別の人と二次会行くからぁ~あはははは!」
普通に断られて、助けなんていらないかと思ったのもつかの間、あかりさんが余計なことをぶっこんできたから、また『え』と思って首を傾げ隣の彼女に顔を向けた。
「かおるくん、ごめんねぇ、あかりが。・・・せっかくだし一杯一緒に飲もうかな」
(・・・・)
「はい、いいお店知ってるんでそこにいきましょう」
すげー微妙な顔をしてる。何か用事でもあるんだろうか。まぁ知ったこっちゃないけど早めに切り上げて俺もすぐに家に帰ろう。
そう思って、さっそく先輩集団に声をかけてから、彼女よりも前を歩き始めその場を離れた。人が多いから思ったよりも進めなくて、少し歩いた先の信号で引っかかり、隣に彼女が並ぶ。
騒がしい先輩達からは人混みのおかげで多分もう見えない。
(どんな展開だ・・・・これ)
何を話せばいいのか分からず、横をチラッと見た。少し視線を向けた先の彼女は白い息を吐いてから目を細め、寒いのかマフラーを口元まで少し上げるような仕草をしている。
無難な話題で2人だけの間に流れる無音をかき消そうとしたけど、タイミングが良いのか悪いのか信号が青に変わりまた歩き出した。
満足にお喋りできる人混みでないことに気が付いて、とりあえず変なヤツに絡まれないように、歩調を合わせて隣から離れないようにすることだけしかできない。
(・・・エスコート下手くそすぎ)
慣れないことをすると頭の中が忙しくなるのは世の常なのだろうか。
そして初対面の女性にあんな目を向けられたのは、あれ以来。
(というか・・・・)
あれは俺が悪かったのか。
======
人混みをかき分けて無事にたどり着いたのはこんな場所でもわりと静かなお店だった。
ここは1人でよく来る場所で、変に騒いだりするやつもいなければ声をかけてくる人もいない。オーナー自身が物静かな人だから、寄ってくる客も似たような人が多い。
「このお店気に入らなかったらすいません」
「あ、いえ・・・」
店に入ると物珍しそうに見渡している。時間が時間だから人もまぁまぁはけている。いつも座る場所とは違うけど、奥のほうに空いている席を見つけたからそこに座ることにした。
(ここなら・・・少し酔っても大丈夫か)
「ここでいいですか?」
「あ、うん・・・だ、大丈夫」
「なら良かったです・・・さっきの飲み会・・・参加されてたんですよね?なにか食べました?」
「うん。食べたよ。橘くんは?・・・あ、っていうかさっき下の名前でいきなり呼んでごめんね」
「いや、全然問題ないです。僕はそういうの気にしないので」
「そ、そっか」
落ち着かなさそうにそわそわしてる彼女はあかりさん達と居たときと様子が少し違う。メニューを開いて彼女のほうに向けた。
「はい。僕も食べたので、軽く飲むぐらいにしようかなと思いますけど、大月先輩何飲みます?」
「え~っと・・・・ど、どうしよ」
マフラーをとって上着も脱いだ彼女の頬は少し赤い。メニューを見るその顔は真剣な表情そのものだったけど、アルコールのメニューを追っている指は細くて男の俺とは大違いだった。
「ゆっくり選んでいいですよ」
「ご、ごめんね」
店にはBGMが流れてるから会話がなくても無音にならない。この空間が好きで1人で来るようになったけど、まさか女性を連れてくるとは思わなかった。
「あ、そういえば大月先輩ってどこの部署なんですか?営業・・・ではないですよね?」
「ん、あぁ違うよ。私は総務。外回りは向いてないからね。中の仕事」
「そうなんですね。今日の飲み会って結構いろんな部署の人いましたよね。僕正直こういうの苦手で、先輩に来いって言われたから来たんですよね。本当は行く気なくて」
無駄に構えなくていいような気がして、それに慣れた空間が重なり本音を言ってしまった。
「そうなの?」
メニューから目を離して俺を見たその瞳は不思議そうにしている。かと思えば、すぐにその瞳が細くなってフニャっとした顔になりおかしげに笑い出した。
「私も同じ」
「同じ?」
「うん。っていうか、飲み会があるって知らなくて。今日いきなり言われたんだよね」
「・・・・そうだったんですか」
「ひどいよね」
口から出てくる言葉とは裏腹に楽しそうに話す彼女。多分その時のやり取りを思い出しているのだろう。
「かおるくんは何飲むの?」
「・・・・・」
(なんか・・・)
「かおるくん?」
「え、あ、はい」
「かおるくんはもう何飲むか決めた?」
「あ~僕はもう決まってます」
「そっか」
(普通にこういうのいいな・・・)
またメニューに視線を落とした大月先輩の化粧っ気のないまぶたを見て、肩の力を抜いた。
「大月先輩って・・・・」
「ん?」
「さっき帰りたそうにしてましたけど、なんか用事とかあったんですか?」
「・・・・え?」
「いや、すいません・・・・余計なこと聞きました。忘れてください」
少し戸惑った彼女に無理矢理笑顔を向けたけど、思い付きで変な質問をした自分を殴りたくなった。不自然にならないように机に肘をついて口元をなんとなく隠す。
(やば・・・口が滑った)
少ししてから彼女の注文も決まったから店員を呼んだ。
顔なじみになっているこの男性の店員はオーナーより若い。1人でいる時と変わらない様子で注文を聞いてくれるからありがたくて、背もたれにもたれかかり、彼女が注文しているのを聞いていた。
(・・・・?・・・酒強いのか?)
彼女が注文した飲み物に少し違和感を感じたけどあえて触れず。
でも、その違和感はちゃっかし当たっていたようだった。
「かおるくん~!わたしさぁ!」
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