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第45話 その一言が面白い!
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*左利きの話
小学生の頃というのは異質なものにあこがれを抱くもので、金田一少年の事件簿に出てくる主人公のように髪を長くして後ろでしばっている子や、親が昔ヤンキーで髪の毛を茶髪に染めている子など、いろいろな子がいたものだ。
だが、そんな中でもひときわ異彩を放っていたのが、『左利き』の子たちだった。大人になれば改札で引っかかったり、テーブルに着くと隣の人とひじが当たったりと、何かと不便であることを知るのだが、この年頃の子供から見ると得も言われぬ特別感があった。
久保のおばさん、4年の同級生のあさぎ、きたなど何人かは見て来ていたのだが、中でも特に印象に残っているのが、ていくんだ。
てっちゅはなんでも器用にこなせるタイプの子であり、ドッヂボールや野球で右利きの子とは逆方向にカーブをかけたり、バスケで左側からのレイアップができていたりと、その優位性が凄くうらやましかった。
ただミラーになっているだけなのだが、スポーツではその効果は絶大で、野球のジグザグ打線(打席ごとに打者の利き腕が変わる)やサッカーで右サイドでのシュートが撃てることなど、当時から運動大好きなぼくとしては羨望のまなざしを向けざるを得ない特性であった。
トランプを配る時に左手を使ってみたり、ボールを投げる時に無理に左手を使ってみたりしたのだが、10年近く右手で行っているものがそう簡単に変わるはずもなくしばらくすると飽きてしまって、自分の中での矯正キャンペーンはいつの間にか終わってしまっていた。
*メガネをかけている子の話
5年生ともなるともうだいぶ読み書きやゲームをやっている年頃なので、それなりに目が悪い子もいたりした。同じクラスの伊藤くんもそのどちらのせいなのか、出会った時からメガネをかけていた。
運動をやっている時にふっ飛んでしまったり、プールの授業の時に見えにくそうにしていたりと、なにかと不便なようで気の毒な感じではあった。
ぼくはというとスーファミやプレステを自分や他所の家でプレーしてはいたものの、ゲームボーイを始めとする携帯ゲームの禁止、教科書を読む時には目を十分に離すということをしていたため、小学生の間の視力は1.0以上を保てていた。
だが、両親が二人とも近視であるため、いずれはメガネかコンタクトを使うことがくるのかなと考えると、なんだか億劫な心持でもあった。
近眼は遺伝しやすく、現代人はもはや電子媒体を避けて生きることは不可能に近いのだが、せめて高校を卒業するくらいまでは裸眼で生活できるようにしたいところだと思う。
あと、この子の名前はいわゆるメジャーな苗字と言われるもので、さとう、すずき、たかはし、たなか、わたなべ、やまもと、なかむら、こばやしなど日本には100万人を超えるようなものも存在している。
アジアではメジャーな苗字の大半が数種類だけで占められている国もあり、そのことでフルネームで呼ぶことが一般的であったりもするのだが、日本の苗字はなんと30万種類もあるそうだ。1位アメリカの150万種類には及ばないものの、世界的にみてもここまでの多さは珍しいと言えるだろう。
また、珍しい苗字としては、小鳥遊(たかなし)さん、春夏秋冬(ひととせ)さん、東西南北(よもひろ)さんなど、初見では到底読めそうにないような名前もあるようだ。
いずれにしても個性を司るものなので、名は体を表すということは多いのではないだろうか。
*その一言が面白い!話
5年生で同じクラスになった村田くんは、暗めだがどこか特別なオーラのある子だった。小学生の頃のアダ名というのは本当に安直なもので、みさきくんだからミーミー、むらたくんだからムームーというようにほとんど何も考えずに付けられていた。
何かあるとちょっと奇声を上げてみたり、走りが若干おぼつかない時にこけてしまったりと何の変哲もない普通の小学生なのだが、この子にはある特徴があった。
それは『発言に重みがある』ことで、キラーフレーズというか、何か一言発すると周りがドッと笑うようなそんな独特の感性があった。
そのことで謎の存在感があり、ぼくらの学校では大人しい子でもイジメられたりとかそういうのはなかったのだが、この子はわりと無口で大勢でいるとさほど喋らないのに、みんなから一目おかれているようなところがあった。
ある時、近所の中之町公園で遊んでいると、誰かが駄菓子屋に行こうと言い出し、みんなで移動することになった。するとそこに2Lのペットボトルのジュースがあり、これ一気飲み出来る?と聞かれたムームーが
「それじゃ息ができなくなっちゃうよ」と言って大きな笑いを取った。
このことで場が凄く盛り上がり、本人も満足そうで、終始おだやかな雰囲気で遊ぶことができた。この出来事で笑いを生み出せるということは、ことコミュニケーションにおいて、それなりに有利に働くと言っていいと思えたのであった。
*夢についての話
妹と話していて気が付いたことなのだが、人は夢によって二種類に分類でき、その分け方とは『カラーかどうか』だ。ぼくは夢が『白黒』なので、当然みんな『白黒』の夢を見ているものだと思っていたのだが、どうやらそうではないらしくて、なんと妹は『カラー』の夢を見ると言うのだ。学校で聞いてみると確かに『白黒』と『カラー』両方のタイプが存在し、人によって異なることが分かった。
大人になってからそのことをもう少し考えた時に、恐らく記憶力のいい人は『カラー』の夢を見るという推測に至った。妹はピアノを続けていて、鳥が好きで図鑑を眺めて名前や特徴をよく覚えていた。学校の成績もよく、わりとなんでも覚えようとしたら記憶できるようだった。
対するぼくは考えることは昔から得意だったものの、こともの覚えに関しては大の苦手で、特に新しい言葉を覚えることが嫌いだった。もし今、子供を育てている人がいるなら、男の子ならサッカーとピアノを、女の子なら空手か合気道とピアノを習うことをお勧めする。サッカーは空間認識能力を向上させ、空手は暴漢に襲われそうになった時にその身を守ってくれると考えられる。
水泳を勧める人もいるかとは思うが、泳ぎのスキルは大人になってからは全く役に立たず、水泳歴10年のぼくとしては海かプールで教え、余計な選択肢を増やさないためにも習わせない方がいいと考えている。
また、それに加えて、アジア圏なら英語をアメリカ、ヨーロッパ、アフリカ圏なら中国語を習わせてあげることも併せてお勧めする。もし子供が嫌になってしまっても、半年くらい間隔を空けてから『別の先生』に習うようにしてあげてほしい。
小学生の頃というのは異質なものにあこがれを抱くもので、金田一少年の事件簿に出てくる主人公のように髪を長くして後ろでしばっている子や、親が昔ヤンキーで髪の毛を茶髪に染めている子など、いろいろな子がいたものだ。
だが、そんな中でもひときわ異彩を放っていたのが、『左利き』の子たちだった。大人になれば改札で引っかかったり、テーブルに着くと隣の人とひじが当たったりと、何かと不便であることを知るのだが、この年頃の子供から見ると得も言われぬ特別感があった。
久保のおばさん、4年の同級生のあさぎ、きたなど何人かは見て来ていたのだが、中でも特に印象に残っているのが、ていくんだ。
てっちゅはなんでも器用にこなせるタイプの子であり、ドッヂボールや野球で右利きの子とは逆方向にカーブをかけたり、バスケで左側からのレイアップができていたりと、その優位性が凄くうらやましかった。
ただミラーになっているだけなのだが、スポーツではその効果は絶大で、野球のジグザグ打線(打席ごとに打者の利き腕が変わる)やサッカーで右サイドでのシュートが撃てることなど、当時から運動大好きなぼくとしては羨望のまなざしを向けざるを得ない特性であった。
トランプを配る時に左手を使ってみたり、ボールを投げる時に無理に左手を使ってみたりしたのだが、10年近く右手で行っているものがそう簡単に変わるはずもなくしばらくすると飽きてしまって、自分の中での矯正キャンペーンはいつの間にか終わってしまっていた。
*メガネをかけている子の話
5年生ともなるともうだいぶ読み書きやゲームをやっている年頃なので、それなりに目が悪い子もいたりした。同じクラスの伊藤くんもそのどちらのせいなのか、出会った時からメガネをかけていた。
運動をやっている時にふっ飛んでしまったり、プールの授業の時に見えにくそうにしていたりと、なにかと不便なようで気の毒な感じではあった。
ぼくはというとスーファミやプレステを自分や他所の家でプレーしてはいたものの、ゲームボーイを始めとする携帯ゲームの禁止、教科書を読む時には目を十分に離すということをしていたため、小学生の間の視力は1.0以上を保てていた。
だが、両親が二人とも近視であるため、いずれはメガネかコンタクトを使うことがくるのかなと考えると、なんだか億劫な心持でもあった。
近眼は遺伝しやすく、現代人はもはや電子媒体を避けて生きることは不可能に近いのだが、せめて高校を卒業するくらいまでは裸眼で生活できるようにしたいところだと思う。
あと、この子の名前はいわゆるメジャーな苗字と言われるもので、さとう、すずき、たかはし、たなか、わたなべ、やまもと、なかむら、こばやしなど日本には100万人を超えるようなものも存在している。
アジアではメジャーな苗字の大半が数種類だけで占められている国もあり、そのことでフルネームで呼ぶことが一般的であったりもするのだが、日本の苗字はなんと30万種類もあるそうだ。1位アメリカの150万種類には及ばないものの、世界的にみてもここまでの多さは珍しいと言えるだろう。
また、珍しい苗字としては、小鳥遊(たかなし)さん、春夏秋冬(ひととせ)さん、東西南北(よもひろ)さんなど、初見では到底読めそうにないような名前もあるようだ。
いずれにしても個性を司るものなので、名は体を表すということは多いのではないだろうか。
*その一言が面白い!話
5年生で同じクラスになった村田くんは、暗めだがどこか特別なオーラのある子だった。小学生の頃のアダ名というのは本当に安直なもので、みさきくんだからミーミー、むらたくんだからムームーというようにほとんど何も考えずに付けられていた。
何かあるとちょっと奇声を上げてみたり、走りが若干おぼつかない時にこけてしまったりと何の変哲もない普通の小学生なのだが、この子にはある特徴があった。
それは『発言に重みがある』ことで、キラーフレーズというか、何か一言発すると周りがドッと笑うようなそんな独特の感性があった。
そのことで謎の存在感があり、ぼくらの学校では大人しい子でもイジメられたりとかそういうのはなかったのだが、この子はわりと無口で大勢でいるとさほど喋らないのに、みんなから一目おかれているようなところがあった。
ある時、近所の中之町公園で遊んでいると、誰かが駄菓子屋に行こうと言い出し、みんなで移動することになった。するとそこに2Lのペットボトルのジュースがあり、これ一気飲み出来る?と聞かれたムームーが
「それじゃ息ができなくなっちゃうよ」と言って大きな笑いを取った。
このことで場が凄く盛り上がり、本人も満足そうで、終始おだやかな雰囲気で遊ぶことができた。この出来事で笑いを生み出せるということは、ことコミュニケーションにおいて、それなりに有利に働くと言っていいと思えたのであった。
*夢についての話
妹と話していて気が付いたことなのだが、人は夢によって二種類に分類でき、その分け方とは『カラーかどうか』だ。ぼくは夢が『白黒』なので、当然みんな『白黒』の夢を見ているものだと思っていたのだが、どうやらそうではないらしくて、なんと妹は『カラー』の夢を見ると言うのだ。学校で聞いてみると確かに『白黒』と『カラー』両方のタイプが存在し、人によって異なることが分かった。
大人になってからそのことをもう少し考えた時に、恐らく記憶力のいい人は『カラー』の夢を見るという推測に至った。妹はピアノを続けていて、鳥が好きで図鑑を眺めて名前や特徴をよく覚えていた。学校の成績もよく、わりとなんでも覚えようとしたら記憶できるようだった。
対するぼくは考えることは昔から得意だったものの、こともの覚えに関しては大の苦手で、特に新しい言葉を覚えることが嫌いだった。もし今、子供を育てている人がいるなら、男の子ならサッカーとピアノを、女の子なら空手か合気道とピアノを習うことをお勧めする。サッカーは空間認識能力を向上させ、空手は暴漢に襲われそうになった時にその身を守ってくれると考えられる。
水泳を勧める人もいるかとは思うが、泳ぎのスキルは大人になってからは全く役に立たず、水泳歴10年のぼくとしては海かプールで教え、余計な選択肢を増やさないためにも習わせない方がいいと考えている。
また、それに加えて、アジア圏なら英語をアメリカ、ヨーロッパ、アフリカ圏なら中国語を習わせてあげることも併せてお勧めする。もし子供が嫌になってしまっても、半年くらい間隔を空けてから『別の先生』に習うようにしてあげてほしい。
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