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第七章 嫉妬と憧れ

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   私は大日野天燈。大日野陽葵の妹だ。

   姉とは一歳差で私は同じ高校に通う高校一年生でモデルの仕事をしている。
   自分でいうのもなんだけど最近では人気も出てきて雑誌の表紙もつとめることができている。

   学年一位の成績で運動もできて、正直姉に匹敵できるぐらい美人だと思うのにずっと姉には追いつけない。
   姉が一番で私は二番。
   いつも姉と比べられて悔しい思いをしてきた。

   いくら私がすごくても完璧な姉には敵わない。
地域の人も学校の人も先生も友達もみんなが陽葵の妹として見て評価される。
誰も私自身を見てくれない。

『さすが陽葵ちゃんの妹ね!』

『天燈ちゃんはいいなー!陽葵ちゃんみたいなお姉ちゃんがいて!』

『陽葵ちゃんは完璧なのに天燈ちゃんはそれほどでもないんだね』

『天燈ちゃん、陽葵ちゃんの好きな物教えてくれない?』

『天燈ちゃんのお姉ちゃんすごいね!また一番らしいよ!』

『天燈ちゃん、学年一位だよ!すごいね!やっぱり陽葵ちゃんもすごいから当たり前かー』

『さすが陽葵ちゃんと同じ遺伝子だもんね、すごいよ!私も陽葵ちゃんみたいになりたい!』

『天燈ちゃん羨ましい、私も陽葵ちゃんの妹になりたい!』

陽葵ちゃん、陽葵ちゃん、陽葵ちゃん、陽葵ちゃん、

もううんざりなんだよ!

だから私はお姉ちゃんなんて大日野陽葵なんて大っ嫌い!


   誰か私だけを見てほしい。お願い誰か!

   私は陽葵じゃない。
   陽葵の妹だからすごい訳じゃない。
   私は天燈なのに……誰か私だけを認めてほしい。

   だけど、私は私自身も嫌いだ。

   お姉ちゃんが私の憧れでもあったから。

   小さい頃からお姉ちゃんだけを追いかけてきたの。    
   追いかけて追いかけて、でも追いつけない。

   私は必死に追いつこうとしているのに何もない余裕な顔で私に手を差し伸べるお姉ちゃんが、私は嫌な態度をとってしまうのに平気な顔で優しく接してくれるお姉ちゃんが大好きなんだ。

   そんな矛盾してる自分のことが一番嫌いだった。


   学校に行くと私は人気者でたくさんの友達がよってくる。
   私の周りにいるほとんどの子は明るくてよく喋る子、おしゃれな子、ギャルっぽい子などはっきり言ってしまえば陽キャの子たちだ。
   私は静かな子や大人しい子にも話しかけるけど最初の頃は怖がられていた。でも、最近はそんな子たちも一対一になれば話してくれるようになった。
   けれど、こんな時もここにいたのがお姉ちゃんだったら違ったのかなと自分でも比べてしまうんだ。

「おはよう」
「おはよう、天燈!」
「学校だるくない?サボろうよ!」
私が朝学校に行くと友達にそう提案された。

「だるいよね、でもごめん!私最近仕事で授業受けれなかったから出席日数足りないんだよねー」
   私はノリでそう言いながら軽く断った。正直このノリも疲れてしまう。
「そっかー、それはしょうがないわ」
「マジでごめん!」
「全然いいよー、じゃあうちらも授業受けよっかな?天燈がいないとつまらんし」
   友達も学校をサボるのをやめてくれたみたいだった。
   少しつまらなそうにしていたけど、私は真面目に授業を受けたかった。でも、ずっと断る訳にもいかないからたまには一緒に学校をサボることもある。
   お姉ちゃんや親には内緒だけど。
「ありがとう」
「大丈夫、授業中寝るかスマホいじるかしかしないから」
   そうやって笑いながら話す友達に苦笑いをした。


   私はいつも授業中、スマホをいじるフリをしながら真面目に授業を聞いていた。
   先生が言っていたことをスマホにメモったりテストのポイントを聞き逃さないようにしている。
   私がテストでいい点数を取るのも別に勉強しなくても頭がいい訳でもないし遺伝なんかじゃない。

   全部、私が努力して頑張ってきたの。
お姉ちゃんにだけは負けたくなかったから。

   ノリのいい友達のフリをしながら人に気をつかって一人一人にあった理想のいい人を演じ続けてきたんだ。
   親にも姉にも友達にもそれぞれにあった自分を演じてきた。
   八方美人と言われてもそれでいい。
   誰にも嫌われたくなかったし、誰にも負けたくなかった。

   それに私は姉が完璧じゃないことも知っていた。

   お姉ちゃんがどうして成績がいいのか、それは夜遅くまでずっと隠れて勉強をしているから。
   運動神経がいいのは朝早くからランニングをしたり空手の練習をしてからラジオ体操に行っていることも知っている。

   お姉ちゃんは誰にも弱いところや努力している姿は見せないが誰よりも努力していることを私は知っているからこそ悔しかった。


   元々は親戚の人がお姉ちゃんにと持ってきたモデルのオーディションだったけど、お姉ちゃんは芸能人になるつもりはないと断った。
   私はお姉ちゃんよりも認められたくてそのオーディションを受けた。
   結果は一番で合格してあっという間に人気モデルになった。

   友達は芸能人だからと言って近づいてくる人も多くいる。正直、嬉しくなかったし私自身を見てくれる人はいないんだと落ち込んだ。


   そんないつもと変わらない日。
   私はお腹がすいたのでコンビニに行こうと家を出た。
   すると目の前にはお姉ちゃんと太陽くんがいた。
   私は昔から二人が両想いだったことも知っているし全く付き合おうとしないから正直呆れていた。
   だけど、今日は何だか雰囲気が違う。
   あー、なんだ。やっと付き合ったのか。
   私はそう思いながら二人に声をかけた。
   お姉ちゃんは相変わらず私に優しい態度で接してくるので不機嫌に言い返してしまった。

   私は何でこうなんだと思いながらコンビニに行くとそこには同じクラスの女の子がいた。
   その子は藤宮小雪《ふじみや こゆき》さんと言ってお姉ちゃんと同じ空手部でクラスでは少し浮いてる静かな子だった。

   私は無視をした。
   前に学校で声をかけたけど、私みたいなうるさくて明るめな子は苦手みたいだったから。
すると藤宮さんが私に気づいたように近づいてきた。
「……こんばんは」
   声をかけられて私はビックリした。
   私が声をかけても下を向いてあまり喋ってくれなかったのに。

「こんばんは、藤宮さん買い物?」
「うん」
「そっか……」
   何だかぎこちない会話になってしまった。
「ねぇ、外で一緒にアイスでも食べない?」
「……うん、いいよ」
   私は勇気をだして仲良くなってみようと思った。
   こんな時、お姉ちゃんならどうするだろう……。
   私はいつの間にかお姉ちゃんならどうするかを考えないと行動できなくなっていることに気づいた。

   私たちはアイスを買って外で食べ始めた。
   でも、気まずくて静かになってしまった。
「……ねぇ、天燈ちゃん。天燈ちゃんは陽葵先輩のこと好き?」
「え、何で?」
   いきなりの思ってもない質問に頭が真っ白になった。
「私、陽葵先輩と仲良くしてもらってるんだ。この前ね、私が天燈ちゃんと同じクラスだって言ったらすごく嬉しそうにしてたの」
「……」
「天燈は私の自慢の妹なんだって嬉しそうに話してくれて私に妹をよろしくねって言ってくれたんだ」

   何それ。
   お姉ちゃんにお願いされたから私と仲良くするの?

「藤宮さんはお姉ちゃんのことが好きなんだね。お姉ちゃんにお願いされたから私と話してくれてるんでしょ?」
   少し嫌味に言った。
「違うよ!私が言いたいのは陽葵先輩は本気で天燈ちゃんのことを大好きと思ってる。でも天燈ちゃんは違うみたいだから」

「何も知らないくせに……」

「分かるよ!同じクラスだから。みんなが天燈ちゃんを褒める時、いつも陽葵先輩の名前が出てくるから。その時はいつも天燈ちゃんは暗い顔してる。笑顔だけど本当に笑ってないもん!」

   気づかれてた……!
   私は心の中でずっと何かがモヤついていた。

「だから天燈ちゃん、陽葵先輩のこと好き?」
   藤宮さんの質問にドキッとしながら考えた。

「……嫌い。お姉ちゃんなんて大っ嫌い!
私はお姉ちゃんだけには絶対に負けたくないの!」

「それは本心じゃないでしょ、陽葵先輩に負けたくないんじゃなくて陽葵先輩に自分を認めてほしい……。振り向いて欲しいんでしょ?」
   藤宮さんのまっすぐな目線と何もかもを見透かす優しい声が私にはとても苦しかった。

「もう!勝手なこと言わないでよ!私のこと何も知らないくせに私がどれほどお姉ちゃんに勝ちたくて努力してきたか……!」
   今日初めてちゃんと話した藤宮さんに怒りながら自分の気持ちをぶちまけてしまった。

「知ってるよ、天燈ちゃんは私の憧れの人だから。
私はずっと天燈ちゃんを見てたから」

「……え、だって私が学校で話しかけても喋ってくれなかったじゃん」
「……それは私、人見知りだから緊張しちゃって!」
「ほんとに……?」
「当たり前だよ。みんな完璧な陽葵先輩ばかり見てるけど、私は努力してる天燈ちゃんの方が輝いて見えるよ」
「そうかな……。なんかさっきはごめん」
   すごく嬉しかった。こんな私に憧れてくれていたなんて。
「私も無神経に心の中にズカズカと入っちゃってごめんね。でも本当に伝えたかったのはね……」
「……うん」

「陽葵先輩に教えてもらったの名前の由来」
「由来?」

「陽葵先輩はひまわりが由来だけど、
天燈ちゃんは天《そら》を明るく燈《とも》す人なんでしょ?いい名前だなって思った」

「そう?変わった名前でしょ?」

「そんなことないよ!空を明るくするなんて、人を明るくできる天燈ちゃんにぴったりだよ」
「何かありがとう……」
   そんなことを言われたのは初めてで少し照れくさかった。

「空を明るくするのは月か太陽か分からないけど、私にとって天燈ちゃんは太陽よりも明るい希望の光だよ」
「……ありがとう。何か恥ずかしいんだけど」
   ものすごく恥ずかしくて藤宮さんと目を合わせることが出来なかった。

「あっ!照れてるー!」
   赤くなった私を見て藤宮さんが笑顔でからかってきた。
「うるさい!もうー、変なこと言うからじゃん!」
「ごめん、ごめん!」
「あっ!藤宮さんいつの間にかタメ口になってるんだけど」
「だってもう友達でしょ?それに藤宮さんじゃないよ!」
「うん友達!ありがとう小雪!」

   小雪のおかげで私はもう一人じゃない。

   自分を見てくれる人、認めてくれる人ができたから私は堂々と胸を張れる。

   なんだろう。
   ずっと心がモヤモヤしていたのが嘘みたい。

もうお姉ちゃんに絶対負けたくないなんて思わない。

   ただ、いつか追い越したいって心から思えた。
   これからは自分に誇りを持とう。
   だって私は大日野陽葵の妹、大日野天燈だから。
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