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伍場 六
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「九郎!足を使いなさい!」
霞がたまらず声を掛ける。
いつも吉右衛門に言われていたのは九郎は俊敏さが人より優れているが、力は劣っているのだから、真正面から斬り合うな、足を使って翻弄しろと言われていた。今、九郎がやっていることは真逆である。そこを霞は指摘したのだ。
「はい!」
霞の一言をきっかけに、どこか吉右衛門の戦闘スタイルをまねていただけの九郎が本来の調子を取り戻す。
武者が斬り込んでくた。一つ、二つ、三つ踏み込んで斬り込んでくる。それをすべて紙一重でかわすとすぐに反対へ移動し、追うように武者も素早く反応して斬り込んでくる。
九郎は冷静に武者の攻撃を見ていた。
少しずつだが斬り込みが大振りになっている。次の攻撃への動作に隙が出てくる。
次で決める。
武者が数度の上段構えから振りぬき、再度、大きく上段に構えた。
その瞬間、右腕の付け根、脇にある大鎧の弱点を一気に切りかかり、太刀を上方へと突き入れた。
骨を砕く音とともに武者の右の腕が地面に落ちていた。
動きが止まった瞬間、左の首筋に太刀を突き入れ……
勝負は付いた。
霞が優しい調べを奏でいる。
地に伏す武者の身体から黄金色の微粒子が生じ……
天へと昇って行った。
「九郎、凄いじゃない」
「霞姐さんのおかげです。あの一言で自分を取り戻せました」
霞に小さくお辞儀をしている。
「あ! 蛍。きれい……」
霞が池のほとりから飛び出でた蛍を見つけ声を上げる。
それは、霞が天へ送った黄金色の微粒子の後を追うように池の周囲の草むらから、一匹、二匹と蛍が付き従っている。やがて、それは池全体から飛び出して、無数の蛍が群れ飛んでいくのであった。そして、それを仰ぎ見ていた二人の周囲をも覆いつくし、まるで天空の星々が降りてきて霞と九郎が天に誘われたかのような鮮やかな黄色の星々として煌めいている。
「蛍はあの世に行くことが出来なかった魂が光っていると寺で教わりました。今、このような幻想的な光景を前にするとそれは本当であったのだと思わされます」
「ねぇ、九郎。その話は本当なの? とすると、この子たちは私が殺したあの子たちなのよ。私だけが生き残ってきっと恨んでいるのでしょうね……私はあの子たちを殺しただけなの……」
霞が急に表情を曇らせたかと思うと涙を浮かべ嗚咽している。
「姐さん……きっと姐さんが残ったのには意味があるのですよ。それはこれから理解できるんだと思います。だから、そんなに自分を責めないで……」
蛍の群れ飛ぶ天空の中、九郎はそれ以上言葉を継げず、霞の肩に手を置いて見守る事くらいしか出来なかった。
霞がたまらず声を掛ける。
いつも吉右衛門に言われていたのは九郎は俊敏さが人より優れているが、力は劣っているのだから、真正面から斬り合うな、足を使って翻弄しろと言われていた。今、九郎がやっていることは真逆である。そこを霞は指摘したのだ。
「はい!」
霞の一言をきっかけに、どこか吉右衛門の戦闘スタイルをまねていただけの九郎が本来の調子を取り戻す。
武者が斬り込んでくた。一つ、二つ、三つ踏み込んで斬り込んでくる。それをすべて紙一重でかわすとすぐに反対へ移動し、追うように武者も素早く反応して斬り込んでくる。
九郎は冷静に武者の攻撃を見ていた。
少しずつだが斬り込みが大振りになっている。次の攻撃への動作に隙が出てくる。
次で決める。
武者が数度の上段構えから振りぬき、再度、大きく上段に構えた。
その瞬間、右腕の付け根、脇にある大鎧の弱点を一気に切りかかり、太刀を上方へと突き入れた。
骨を砕く音とともに武者の右の腕が地面に落ちていた。
動きが止まった瞬間、左の首筋に太刀を突き入れ……
勝負は付いた。
霞が優しい調べを奏でいる。
地に伏す武者の身体から黄金色の微粒子が生じ……
天へと昇って行った。
「九郎、凄いじゃない」
「霞姐さんのおかげです。あの一言で自分を取り戻せました」
霞に小さくお辞儀をしている。
「あ! 蛍。きれい……」
霞が池のほとりから飛び出でた蛍を見つけ声を上げる。
それは、霞が天へ送った黄金色の微粒子の後を追うように池の周囲の草むらから、一匹、二匹と蛍が付き従っている。やがて、それは池全体から飛び出して、無数の蛍が群れ飛んでいくのであった。そして、それを仰ぎ見ていた二人の周囲をも覆いつくし、まるで天空の星々が降りてきて霞と九郎が天に誘われたかのような鮮やかな黄色の星々として煌めいている。
「蛍はあの世に行くことが出来なかった魂が光っていると寺で教わりました。今、このような幻想的な光景を前にするとそれは本当であったのだと思わされます」
「ねぇ、九郎。その話は本当なの? とすると、この子たちは私が殺したあの子たちなのよ。私だけが生き残ってきっと恨んでいるのでしょうね……私はあの子たちを殺しただけなの……」
霞が急に表情を曇らせたかと思うと涙を浮かべ嗚咽している。
「姐さん……きっと姐さんが残ったのには意味があるのですよ。それはこれから理解できるんだと思います。だから、そんなに自分を責めないで……」
蛍の群れ飛ぶ天空の中、九郎はそれ以上言葉を継げず、霞の肩に手を置いて見守る事くらいしか出来なかった。
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