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第一合
第12話
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おしゃれな模様が施された深皿に完成したばかりの肉じゃがを移し、俺はテーブルへと持っていく。
運ぶ際とても甘そうな湯気が鼻腔に無断で入り込み脳を容赦なく刺激してくる。
傍ではぴりかの空腹音がますます勢いを増していた。
俺はこれを勝手に食警報と呼ぶことにした。
その間、小町先生はごはんと箸と水の入ったコップを用意してくれていた。
「さあ楽しい食事の時間だ」
「大丈夫でしょうか?」
やっとここまできたというのに思わず俺の口から弱気な言葉がこぼれた。
「アレルギー反応のことか? それならやるだけのことはやった。みんな自然なもので作られてる。余計なものは入っていない」
「いえそれもそうですけど、味のことです。喜んでくれるでしょうか?」
急に不安に包まれる俺を彼女は一笑に付した。
「そんなもの杞憂だ」
「でもはじめてやったことですし」
「お前はこの子に安全で美味しいものを食べさせてあげたいと思って心を込めて作ったのだろう?」
「それはもちろん」
「ならもっと自信を持て。では私は寝室にいるから何かあったらすぐ呼べよ」
不意に小町先生が異なことを宣う。
「え、ここにいないんですか?」
「料理人にとって相手の反応は何もよりもの報酬だ。だから今回のはお前だけのものだ。私がその場にいるのは野暮というものさ」
「だけど小町先生が手伝ってくれたからですし、先生がいなかったら何もできませんでした」
「私はやり方を教えただけ。門を開いただけ。ただそれだけだ。作りたかったのもひかりで、作ったのもひかりだ。もっと堂々としろ。じゃああとはごゆっくり」
クールな台詞を吐いて彼女は手をひらひらさせながら奥の部屋へ消えて行った。
残されたのは俺とぴりかだけだ。
「やべ緊張してきた。何だよこの気持ち。もう当たって砕けろだ」
冷めたらお釈迦なので意を決して俺はぴりかを起こすことにする。
イビキより腹の音がうるさい少女を揺さぶり呼びかけた。
「ぴりか」
「……」
「おいぴりか」
「……」
「起きろって」
「……」
まったく反応がない。
こうなったらこうだ。
「食事だぞ」
「なんじゃとっ!」
いまのいままでぴくりともしなかったのに、途端ぴりかが飛び跳ねる。上半身が一気に直角になった。
件のワードは効果覿面であった。
「なんという反応の良さ……。待たせて悪かったな。ぴりかが食べられそうなもの俺なりに頑張って用意してみた」
俺がそう説明するとどこにそんな元気があったのか、彼女はテーブルの周囲を動き回り肉じゃがを四方八方から眺め始めた。
よく煮こまれたホクホクの黄色いジャガイモと赤いニンジン、とっても柔らかそうな黒い牛肉、それらを彩る透明な白滝。
自画自賛するわけではないが見た目だけはグッドなはずだ。
「おおおーーーー、おほっ、おほぉぉーーーーー」
見るとぴりかが小踊りして発狂していた。
カニみたいな動きをしていた。
「まずは落ち着け。そして座れ」
「うむっ。これは何というものなんじゃ」
「肉じゃが」
「名前からしてんまそうだのー」
「味見してないから味は保証しないけど、まずくはないはずだ。たぶん、たぶんな」
「食べてよいか? もう食べてよいか?」
瞳を濡らし息を乱しながらそう許可を求める彼女がまるで犬みたいで可愛くて、俺は苦笑する。
「ああいいよ。どーぞ」
「わはーい。ではっと、む!」
そこでぴたりと動きが止まる。
「どうした? 苦手なものが入ってたか?」
「いや儂としたことがとんでもないことを忘れておったわ。ひかりよ、食事するときの挨拶があったな?」
「そんなの気にしなくていいのに」
「いいや、自分の為に尽くしてくれた相手にそれができなかったらそれはもうしゃべれない畜生じゃ」
「えらい律儀な奴だな。最初にいただきます。最後にごちそうさまだよ」
「それでは……いったっだっきまーす、なのじゃ♪」
快活な声を上げてぴりかは実食に入る。
彼女があまりに嬉しそうに言うので知らずと俺の頬が緩んでいた。
妖怪である彼女が箸を迷いなく使えるところを見るとどうやら箸は共通道具らしい。
それより――
そんなことよりも気になるのは――
「どう、かな。味、変じゃないか?」
我慢できずついフライング気味に俺は尋ねる。
ぴりかがリアクションをとるまでに間があった。
彼女は口に入れた野菜を目を閉じ、ゆっくり噛みしめている。
妙に長く感じるこの時間。
一秒がいつもの何倍にも遅く思えた。
固唾を飲んで注目する俺の前でぴりかの眉間にみるみる皺が寄っていった。
あたかも長考している棋士だ。
そしていきなり弾けたようにテーブルを握りこぶしでドンと叩いた。
何事かと動揺した俺へ言い放たれた言葉は――
「けしからん! 実にけしからん!」
反応が想定していたどれとも違いすぎる。
これは褒めているのか?
運ぶ際とても甘そうな湯気が鼻腔に無断で入り込み脳を容赦なく刺激してくる。
傍ではぴりかの空腹音がますます勢いを増していた。
俺はこれを勝手に食警報と呼ぶことにした。
その間、小町先生はごはんと箸と水の入ったコップを用意してくれていた。
「さあ楽しい食事の時間だ」
「大丈夫でしょうか?」
やっとここまできたというのに思わず俺の口から弱気な言葉がこぼれた。
「アレルギー反応のことか? それならやるだけのことはやった。みんな自然なもので作られてる。余計なものは入っていない」
「いえそれもそうですけど、味のことです。喜んでくれるでしょうか?」
急に不安に包まれる俺を彼女は一笑に付した。
「そんなもの杞憂だ」
「でもはじめてやったことですし」
「お前はこの子に安全で美味しいものを食べさせてあげたいと思って心を込めて作ったのだろう?」
「それはもちろん」
「ならもっと自信を持て。では私は寝室にいるから何かあったらすぐ呼べよ」
不意に小町先生が異なことを宣う。
「え、ここにいないんですか?」
「料理人にとって相手の反応は何もよりもの報酬だ。だから今回のはお前だけのものだ。私がその場にいるのは野暮というものさ」
「だけど小町先生が手伝ってくれたからですし、先生がいなかったら何もできませんでした」
「私はやり方を教えただけ。門を開いただけ。ただそれだけだ。作りたかったのもひかりで、作ったのもひかりだ。もっと堂々としろ。じゃああとはごゆっくり」
クールな台詞を吐いて彼女は手をひらひらさせながら奥の部屋へ消えて行った。
残されたのは俺とぴりかだけだ。
「やべ緊張してきた。何だよこの気持ち。もう当たって砕けろだ」
冷めたらお釈迦なので意を決して俺はぴりかを起こすことにする。
イビキより腹の音がうるさい少女を揺さぶり呼びかけた。
「ぴりか」
「……」
「おいぴりか」
「……」
「起きろって」
「……」
まったく反応がない。
こうなったらこうだ。
「食事だぞ」
「なんじゃとっ!」
いまのいままでぴくりともしなかったのに、途端ぴりかが飛び跳ねる。上半身が一気に直角になった。
件のワードは効果覿面であった。
「なんという反応の良さ……。待たせて悪かったな。ぴりかが食べられそうなもの俺なりに頑張って用意してみた」
俺がそう説明するとどこにそんな元気があったのか、彼女はテーブルの周囲を動き回り肉じゃがを四方八方から眺め始めた。
よく煮こまれたホクホクの黄色いジャガイモと赤いニンジン、とっても柔らかそうな黒い牛肉、それらを彩る透明な白滝。
自画自賛するわけではないが見た目だけはグッドなはずだ。
「おおおーーーー、おほっ、おほぉぉーーーーー」
見るとぴりかが小踊りして発狂していた。
カニみたいな動きをしていた。
「まずは落ち着け。そして座れ」
「うむっ。これは何というものなんじゃ」
「肉じゃが」
「名前からしてんまそうだのー」
「味見してないから味は保証しないけど、まずくはないはずだ。たぶん、たぶんな」
「食べてよいか? もう食べてよいか?」
瞳を濡らし息を乱しながらそう許可を求める彼女がまるで犬みたいで可愛くて、俺は苦笑する。
「ああいいよ。どーぞ」
「わはーい。ではっと、む!」
そこでぴたりと動きが止まる。
「どうした? 苦手なものが入ってたか?」
「いや儂としたことがとんでもないことを忘れておったわ。ひかりよ、食事するときの挨拶があったな?」
「そんなの気にしなくていいのに」
「いいや、自分の為に尽くしてくれた相手にそれができなかったらそれはもうしゃべれない畜生じゃ」
「えらい律儀な奴だな。最初にいただきます。最後にごちそうさまだよ」
「それでは……いったっだっきまーす、なのじゃ♪」
快活な声を上げてぴりかは実食に入る。
彼女があまりに嬉しそうに言うので知らずと俺の頬が緩んでいた。
妖怪である彼女が箸を迷いなく使えるところを見るとどうやら箸は共通道具らしい。
それより――
そんなことよりも気になるのは――
「どう、かな。味、変じゃないか?」
我慢できずついフライング気味に俺は尋ねる。
ぴりかがリアクションをとるまでに間があった。
彼女は口に入れた野菜を目を閉じ、ゆっくり噛みしめている。
妙に長く感じるこの時間。
一秒がいつもの何倍にも遅く思えた。
固唾を飲んで注目する俺の前でぴりかの眉間にみるみる皺が寄っていった。
あたかも長考している棋士だ。
そしていきなり弾けたようにテーブルを握りこぶしでドンと叩いた。
何事かと動揺した俺へ言い放たれた言葉は――
「けしからん! 実にけしからん!」
反応が想定していたどれとも違いすぎる。
これは褒めているのか?
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