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第二合

第23話

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 俺がなんとも言えない顔をしていると催促されたと思ったのか彼女はすぐさま講義を再開する。


「米を買うときの注意点は精米日をチェックすること。米は精米してから日に日に劣化していく。古いものを買えばそれだけまずくなる。せっかく品種がいいのに品質が落ちていたのでは意味がない。鮮度保持の目安としては精米日から一、二ヵ月ってところかな」
「結構短いんですね」
「味を気にしないなら別に精米日なんてチェックしなくていいがな」
「でもスーパーに売ってるものを買ったら自然と古いものになりません?」
「そういうときはネット注文が最適だな」
「ネット注文だと何が違うんですか?」
「米専門のショップだと注文がきてから精米して発送してくれるところが多い」
「それいいですね。新鮮なまま食べれます」
「だから私はよく楽天でいろんな米を買っている」
「鮮度はわかりましたけど、米の賞味期限は?」
「いい質問だ。答えはない、だ。どうしてかというと米には賞味期限の表示義務がないからだ」
「え、ないんだ」


 アイスに賞味期限がないというのはテレビで聞いたことがあったがこれは初耳だった。


「だからこそ精米日をよく見なければならないんだよ。そこを基準にすれば鮮度がわかる。ただ季節によって劣化速度が変わるから注意が必要だ。当たり前だが夏場は危険で、最悪だと虫がわくことだってある」
「虫!」
「そんなことにならないために最適な保存方法をとることが大事なのだ」
「む、虫は嫌ですっ。どうすれば?」
「密封できる米びつを買ってそれに移して冷蔵庫に入れる」
「冷蔵庫ってそんな万能なんだ……。あのー、袋のまま入れては駄目なんですかね」
「面倒なのはわかるが米びつには他のものからの臭い移りを防ぐ意味合いもあるから米びつをおすすめする」
「なるほど了解です。で、米びつってなんです?」


 恥ずかしながらそれもよく知らなかった。
 小町先生がわざとらしくチャーミングにこける。


「がくっ。簡単だ。米を入れる箱だと思えばいい。買うなら透明でプラスティック製がいい。軽いし外から量が一目瞭然だからな。前置きの前置きはここまで。何か質問は?」
「前置きの前置きなっが。えっとさっき言ってた県外の有名なお米って近所で売ってますか?」
「スーパーでという意味ならあまりないというのが正直なとこだ。流通していないのも多い。でもネットならすべて手に入るはずだ」
「話を聞いてたら味見してみたくなっちゃって」
「それなら少量で売っているのもあるからそれを買うといい。中には一合から三合くらいのものもある」
「逆にやめたほうがいい米はなんですか?」
「外国産と言いたいところだが最近はレベルもあがってるし、やはり安いブレンド米だ」
「それって混ぜてるって意味ですよね? やっぱりまずいんですか?」
「安かろう悪かろうさ。やはり混ぜると違和感がある。それと個人的なトラウマがある」
「個人的なトラウマ? ブレンド米に、ですか? 食べたら虫が入ってたとか」
「いやいや。平成生まれのひかりは知らないだろうが米騒動というものが昔あってな。冷夏から来る記録的な米の不作が起こって日本から米のほとんど消えたんだ。そのとき政府は苦肉の策として一時に外国産に頼らざるをなかった。そのとき出回ったのがブレンド米で、私はそのまずさがいまだに忘れられない。あの不自然さ、不揃いさ、歯ごたえ。まあそのおかげで米の良し悪しに感心が湧いたんだがな」
「米の国なのに米不足なんてそんなことが……」
「日本人は日本米が一番ってことだ。他に質問は?」
「それくらい、ですね」


 興味深いのであとで『米騒動』で検索してみようっと。
 続いて授業は炊飯器編へと入った。


「炊飯器には三つのタイプがある。マイコン、IH、圧力IHの三つ。マイコンは底部にあるヒーターで加熱するだけの単純明快なものだ。故に安く味も落ちる。どれくらい安いかというと数千円で買えるレベルだ。次にIHは、コイルによる電磁力で内釜自体を発熱させるタイプ。コイルを内蔵させることにより底部だけでなく側面からも発熱できるようになりマイコンよりずっと美味しく炊ける。最後の圧力IHとは密閉し釜内の圧力を上げ圧力鍋のように炊飯するものだ。おかげで米の芯まで熱がよく通りふっくらと炊き上がる最高峰だ。序列はもうわかったな?」
「マイコンの上位互換がIHで、IHの上位互換が圧力IHってことですか」
「そういうことだ。別にガス炊飯やら土鍋炊きやらもあるが、それだけわかっていれば充分だろう」
「やっぱり炊飯器のスペックがごはんの出来に関わってくるんですね?」
「美味しいご飯を食べたいなら米だけじゃなくてやはり炊飯器にも目を向けないとな」
「毎度ながら大将のおおすめは?」


 ここで彼女が推奨した炊飯器は以下の三つ。
 一、パナソニックのWおどり炊き。
 二、三菱電機の本炭窯。
 三、象印の極み羽釜。
 どれも優劣がつけがたいらしく小町先生なりのおすすめらしい。


「ダブルおどり炊きはもともとあった技術と吸収合併して手に入れた技術を組み合わせて作られたものだ。だからこんな名前になっている。ふたつの技術から生まれる対流で米を激しく踊らせ、ムラなく熱を通して最高のごはんを炊くのが特徴だな」
「まさしくダブル踊り炊き」
「米の銘柄によって炊き方を変える炊き分け機能までついてる」
「最近のって本当にいろんな機能がついてるんすね」


 商品名って意外と大切だ。米が踊るって響きに心が惹かれる。
 それがダブルとなったらさらにわくわくする。


「本炭窯は時代劇などで出てくる釜土で炊いたようなご飯に近づけているのが特徴だ。その秘密はひとつひとつ職人が手作業で炭を削り完成させている釜だ」
「釜が手作り!」
「だからこそ釜土炊きに近づけるんだ。ただしその自然さ故に激しい衝撃で割れることもあって、購入しても釜だけは保証外となっている」
「こわ。ちょっとした芸術品ですね」


 購入したその日に落として壊れたら切腹ものだ。


「極め羽釜は同じく釜土炊きを意識しているが、釜が広く浅い構造になっているのが特徴だ」
「広く浅いと何がいいですか?」
「ごはんの重みで下のごはんがつぶれないことと、炊き立ての一番おいしい表層をたくさん味わえることだな。他に珍しいおこげモードがあったり、四十時間という優れた保湿力を有している」
「これいいっすね。保温時間って俺みたいなやつには重要ですもん」
「ただ炊飯器というのは一年に一回必ず刷新されるのが通例で、これはいま炎舞炊きとう商品にリニューアルされている。こちらもおすすめだからよく調べてみるといい。まあ私が使ってみたものを端的に説明するとこんな感じだ。みんな特徴がバラバラで興味深いだろう」
「なんだか通販番組を見てるみたいでした」


 どこの回しもんだと思いましたよ。
 ネットなら確実にステマとか言われてるレベルだ。


「それではここらへんで値段の説明しようか」
「でもーお高いんでしょー」
「最新機種なら約十万円前後」
「ほんとにたけー!」


 目ん玉ポーン。
 プレステ5よりずっと高い。ゲーミングパソコン並だ。


「ん、ハイエンドモデルの定価はだいたいみんなそれくらいだぞ」
「そんなの買う人いるんですか?」
「いる。だからそんな高いものが次々と作られてるんだ。この背景には『ご飯は毎日食べるものだからせめて炊飯器くらいは贅沢なものにしよう』という日本人特有の心理が働いている」
「なんとなくわかるような。でもやっぱり高い……」
「そういう場合は型落ちを買うのが賢明だ」
「型落ち?」
「さっき言ったように炊飯器の人気シリーズは一年くらいごとにバージョンアップして新商品が出る。すると一個前のものはその瞬間にかなり値下がりするんだ。しかも機能自体はそこまで大きく変わらないときている。そりゃ技術が頭打ちしているんだからそうだろう。だからカカクサイトで相場と値段の変動を見て値踏みするとかなり出費が抑えられるはずだ」
「それいいですね。安く最高級のものが買えるなんて」
「言っておくが別に安い炊飯器がまずいと決まっているわけではないぞ。最近のものなら手ごろな値段でも充分に美味しいご飯が食べられる。技術の進歩のおかげだ」
「でも高ければ高いほどいいんでしょ」
「まあそれはそうなんだが、ある程度まで行くと頭打ちをする」
「何がです?」
「美味しささ。ここまで説明しておいてなんだが各社が出しているハイエンド機種の間にはさほど大きな味の差はない。つまり炊きあがりはみんな美味しいんだよ」
「ああ」
「それを知りつつも極めたい人が買うのが最新機種なんだ」
「微妙な差でもさらにもっといいものへって感じかー。日本人はお米の美味しさにこだわりたいんですね」
「だから無理に買う必要性はないし、買っても損はないってところかな」
「小町先生は買うときは何を基準にするんです?」
「炊飯方式、保湿時間、釜の軽さ、手入れのしやすさあたりだ」
「軽さ?」
「釜とはずっと使い続けるものだ。持ち上げたり降ろしたり、洗ったりな。女性にとってはここが重要なんだ」
「なるほど。女性視点だとそこも重要なんですね。手入れのしやすさってのは?」
「優れた機能がついているものは内蓋の他に部品が多くある場合が多い。すると必然的に洗わなければならない部分も増える。分解して洗う。それを毎日な。どう思う?」
「かったるいっすね」
「誰だってそうさ。だからシンプルさも大切なんだ。買うときはちゃん電気屋さんに行って部品数をチェックするべきだな」
「勉強になります」
「炊飯器についてはこれくらいかな。ひかり、念のために訊いておくが炊飯器くらい家にあるんだろうな」
「親父が帰ってきたときたまに使っているものがあります」
「そうか。この際だ、新しいマイ炊飯器を買ってみないか?」
「そりゃあぴりかには最高のご飯を食べてもらいたいですが、さすがにすんなり買えるものじゃないですし。うーんって感じですね」
「まあそうなるわな。そういうと思って私の使っていない炊飯器をプレゼントしてやろうと画策していた」
「え、いいんですか?」
「可愛い教え子の自炊記念だ。遠慮なくもらっておけ」
「で、でもお高いんでしょう?」
「電気屋でポイント値引きして九万した」
「お得に買ったはずなのにほんとにたけー! やっぱりいいですよ。俺のためにそんな高価なもの」
「自惚れるな。誰がお前のためだけと言った。あの子のためでもある。アレルギーがありながらも健気に生きて行こうとしているあの子のためにもな。それを支えようとする俺とあの子のふたりのためだ。せめて最高の米を食わせてやれ」
「小町先生あなたという人は……ちょっと泣きそうです」
「あいつ妖怪なんだろ? ならここで投資しといたらあとで恩返しをしに来るかも知れないじゃないか」
「鶴じゃないんですから……」


 やたら気前がいいと思ったらそういう魂胆だった。
 と、長すぎる前置きを終えていよいよ俺は実地訓練へと移行する。
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