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第三合
第31話
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次の日、さっそく小町先生に教えられたお店に行くことにした。
ぴりかと手を繋いで買い物だ。
彼女は相変わらず食い意地だけは一人前なので買い物といえば必ずついてくるのが仕様だ。
取り扱い説明書にはきっとこう書いてある。食事に関することは常に一緒。
そんなわけで買い出しはいつもついてくる。
グーグルマップを頼りに到着した店は意外とこじんまりとしていた。外装も質素で看板にはオーガニック専門店とだけある。
「ほー、ここが安全なお菓子の店か」
太陽みたいに表情を輝かせているぴりかが言う。入る前から既に感動している。
「お菓子というより自然食品を集めた店だ。お菓子も取り扱ってるってさ」
「なんでもよいわ。さあさあ参ろうぞ」
「戦場にでも行くつもりか」
彼女の引っ張られるように入店する。
中に入ってしばらくは普通の感じがして拍子抜けしていたが、品物をよく観察していくとどれも見たことがないものばかりで興味がそそられた。
たとえば調味料のコーナー。
卵を使っていないマヨネーズ。
有機栽培のトマトケチャップ。
野菜と果実だけで作ったソース。
手に取って原材料を確認すると不審なものや余計なものは見当たらない。そういう商品があちこちに置かれている。
万人向けではないがそれぞれ特定の人に向けて作られていることが分かる。卵を使用していないマヨネーズがそのいい例だ。
他にはインスタントラーメンのコーナーがあったり、飲料だけを取り扱ったコーナーがあったり、冷蔵食品のコーナーも窺える。
何もかも初めてのものばかりで圧倒された。しかしこれだけ健康にこだわったものが網羅されていればぴりかに合うものもが必ず見つかるはずだ。
「こんなにいろいろあるんだなぁ。これなら料理の幅が広がるな」
俺が商品に夢中になっているといつの間にかぴりかが消えていて、慌てて目で探すとお菓子のコーナーにちゃっかり陣取っていた。
俺が追い付くと彼女は棚を指さした。
「お菓子じゃ」
「見ればわかる」
「これなら食べてもよいのか?」
「ちょっと待ってな」
ざっと陳列されているものをチェックする。
駄目そうなものとよさそうなもの、ざっくばらんだ。
チップスもあるしおかきもあるし、普通に砂糖たっぷりの飴もある。
「どうじゃ?」
「ぴんきりだな。いくらこういう店でもぴりかに悪そうなものが入っているのもあればそうでないものもあるみたいだ。なんでもオッケーってわけじゃなさそうだな」
「じゃあ儂に合うそうなものを買ってくれ」
「よしまかせとけ。これとか……いっ」
「ひかりどうした?」
吃驚したのは原材料ではなく値段だ。調味料のときには気づかなかったが市販のものよりずっと高い。
二倍、ひどいと三倍はする。
恐らく需要が少ないため必然的にこうならざるを得ないのだろう。
それでもあるだけありがたい。
「やっぱりこういうのって値が張るんだなぁ」
「なんじゃ金がないのか?」
「いやあるけど普通より高くて二の足踏むなぁと」
「それじゃあこれを見よ」
見よと言われて見たら、ぴりかが顎に手を置いて上目遣いでうるうるしていた。
「なんだそれ?」
「買ってのポーズじゃ。どうじゃ、買ってあげたくなってきたじゃろ?」
「お前ほんとうに妖怪かよ」
彼女の妖力に惑わされたわけではないが目ぼしいものをたくさん購入してしまった俺だった。
彼女が上機嫌ならば安いものだ。
ここにしか売っていないものもあるだろうからまた来よう。
帰り道、再び手をつなぎ直した童子にずっと気になっていたことを改めて聞いてみることにした。
「ぴりか、どうして都会に出てきたんだ?」
「人が多いからじゃ」
「いい加減に事の経緯を詳しく話せよ。それくらい聞いてもいいだろ。俺は暫定寄生先だぞ」
「別に隠している訳じゃないぞ」
「なら言えよ」
「儂は気づいたらある家にいた。合掌造りいい家屋じゃった。その一室に儂はいた。その前の記憶はない。気が付いたら生まれていて住み着いておった。そこで儂のことが見えるものは儂のことを座敷童と呼んだ。名前もそこであるとき勝手につけられた。それからずっとそこにいた。家主もその子もその子の子供も、その孫もみんな優しく儂を受け入れてくれた。悪戯しても許してくれたし、人ではないことも気味悪がることもなかった。時に食べ物も備えてくれたこともあった」
どれだけの悠久の時を生きてきたのか、彼女は小さな見た目に似つかわしくない遠い目をする。
「それで?」
「その村は人が減りずいぶん前から限界集落と呼ばれる状態だった。それでいよいよ家主が亡くなりその家に住むものはいなくなった。子供はみんな都会に行ってしまったからな」
「お前はそれからどうしたんだ?」
「ずっとそこにいたよ。ずっとな」
人懐っこくて構ってほしがりなぴりかのそんな寂しい姿を俺は想像できなかった。
「誰もいないのにか?」
「そこが儂の家じゃったからな。人は災害があるとどうしてそんなところに住んでいるのだと軽々しく言うものがいるが、そこに生まれたからそこで生きていくのじゃ。簡単に住処から離れられんよ」
「でも出たんだな?」
「あやかしのようなものは人に認められてこそ存在できる。儂は存在が薄れこのままでは死んでしまうと思い都会に出てきた」
「都会なら人が多いからか」
「そうじゃ」
「でも実体ってもうあるよな? 友達にもお前の姿はちゃんと見えてたし」
「儂が持つ妖力のほとんどはこの実体を維持するために使われておる。大したこと、それこそ家に住みつくことくらいしかできないのはそのためじゃ」
「つまり無理矢理に実体を作って周囲に存在を認めさせているわけか。じゃあその実体化を解いたらお前はどうなるんだ?」
「消えてしまうな」
「消えるのかよ」
「誰も儂のことなど見えないし気にかけもしない。声もかけても聞こえない。そんな状態で生きていけると思うか?」
「まあ人間でも寂しくて死んじまうかもな」
「じゃろー。だから儂を敬い称えよ」
「なんでそうなるっ。でもあれだな、お前って実体を持ってるわりにはトイレとかいかないよな?」
「そりゃあ人ではないからな。そんなもの必要ない」
「それまた便利な体だ。なのに食いしん坊ってどういう理屈なんだ?」
「だって美味しいんじゃもん」
ふと、そのときある考えが浮かんだ。俺は足を止めてそれを確かめる。
ぴりかが不思議そうに振り返っていた。
どうして彼女はものをほしがるのか。
どうしてお腹が空くのか。
どうして家に住みつくのか。
彼女はかつてこう言っていた。
自分は人の気持ちを食べるのだと。
「ぴりか、お前って本当はお腹がすいてるんじゃなくて……」
「ん、なんじゃ?」
「いや、なんでもない」
その先は有耶無耶にして忘れることにした。
いずれ俺には関係なくなることだ。
この役目は別に俺でなくてもいい。
もっと適任の人が絶対にいる。
自炊をはじめたばかり若造の俺よりもずっと相応しい人が。
だから関係ないと思って何も言わなかった。
ぴりかと手を繋いで買い物だ。
彼女は相変わらず食い意地だけは一人前なので買い物といえば必ずついてくるのが仕様だ。
取り扱い説明書にはきっとこう書いてある。食事に関することは常に一緒。
そんなわけで買い出しはいつもついてくる。
グーグルマップを頼りに到着した店は意外とこじんまりとしていた。外装も質素で看板にはオーガニック専門店とだけある。
「ほー、ここが安全なお菓子の店か」
太陽みたいに表情を輝かせているぴりかが言う。入る前から既に感動している。
「お菓子というより自然食品を集めた店だ。お菓子も取り扱ってるってさ」
「なんでもよいわ。さあさあ参ろうぞ」
「戦場にでも行くつもりか」
彼女の引っ張られるように入店する。
中に入ってしばらくは普通の感じがして拍子抜けしていたが、品物をよく観察していくとどれも見たことがないものばかりで興味がそそられた。
たとえば調味料のコーナー。
卵を使っていないマヨネーズ。
有機栽培のトマトケチャップ。
野菜と果実だけで作ったソース。
手に取って原材料を確認すると不審なものや余計なものは見当たらない。そういう商品があちこちに置かれている。
万人向けではないがそれぞれ特定の人に向けて作られていることが分かる。卵を使用していないマヨネーズがそのいい例だ。
他にはインスタントラーメンのコーナーがあったり、飲料だけを取り扱ったコーナーがあったり、冷蔵食品のコーナーも窺える。
何もかも初めてのものばかりで圧倒された。しかしこれだけ健康にこだわったものが網羅されていればぴりかに合うものもが必ず見つかるはずだ。
「こんなにいろいろあるんだなぁ。これなら料理の幅が広がるな」
俺が商品に夢中になっているといつの間にかぴりかが消えていて、慌てて目で探すとお菓子のコーナーにちゃっかり陣取っていた。
俺が追い付くと彼女は棚を指さした。
「お菓子じゃ」
「見ればわかる」
「これなら食べてもよいのか?」
「ちょっと待ってな」
ざっと陳列されているものをチェックする。
駄目そうなものとよさそうなもの、ざっくばらんだ。
チップスもあるしおかきもあるし、普通に砂糖たっぷりの飴もある。
「どうじゃ?」
「ぴんきりだな。いくらこういう店でもぴりかに悪そうなものが入っているのもあればそうでないものもあるみたいだ。なんでもオッケーってわけじゃなさそうだな」
「じゃあ儂に合うそうなものを買ってくれ」
「よしまかせとけ。これとか……いっ」
「ひかりどうした?」
吃驚したのは原材料ではなく値段だ。調味料のときには気づかなかったが市販のものよりずっと高い。
二倍、ひどいと三倍はする。
恐らく需要が少ないため必然的にこうならざるを得ないのだろう。
それでもあるだけありがたい。
「やっぱりこういうのって値が張るんだなぁ」
「なんじゃ金がないのか?」
「いやあるけど普通より高くて二の足踏むなぁと」
「それじゃあこれを見よ」
見よと言われて見たら、ぴりかが顎に手を置いて上目遣いでうるうるしていた。
「なんだそれ?」
「買ってのポーズじゃ。どうじゃ、買ってあげたくなってきたじゃろ?」
「お前ほんとうに妖怪かよ」
彼女の妖力に惑わされたわけではないが目ぼしいものをたくさん購入してしまった俺だった。
彼女が上機嫌ならば安いものだ。
ここにしか売っていないものもあるだろうからまた来よう。
帰り道、再び手をつなぎ直した童子にずっと気になっていたことを改めて聞いてみることにした。
「ぴりか、どうして都会に出てきたんだ?」
「人が多いからじゃ」
「いい加減に事の経緯を詳しく話せよ。それくらい聞いてもいいだろ。俺は暫定寄生先だぞ」
「別に隠している訳じゃないぞ」
「なら言えよ」
「儂は気づいたらある家にいた。合掌造りいい家屋じゃった。その一室に儂はいた。その前の記憶はない。気が付いたら生まれていて住み着いておった。そこで儂のことが見えるものは儂のことを座敷童と呼んだ。名前もそこであるとき勝手につけられた。それからずっとそこにいた。家主もその子もその子の子供も、その孫もみんな優しく儂を受け入れてくれた。悪戯しても許してくれたし、人ではないことも気味悪がることもなかった。時に食べ物も備えてくれたこともあった」
どれだけの悠久の時を生きてきたのか、彼女は小さな見た目に似つかわしくない遠い目をする。
「それで?」
「その村は人が減りずいぶん前から限界集落と呼ばれる状態だった。それでいよいよ家主が亡くなりその家に住むものはいなくなった。子供はみんな都会に行ってしまったからな」
「お前はそれからどうしたんだ?」
「ずっとそこにいたよ。ずっとな」
人懐っこくて構ってほしがりなぴりかのそんな寂しい姿を俺は想像できなかった。
「誰もいないのにか?」
「そこが儂の家じゃったからな。人は災害があるとどうしてそんなところに住んでいるのだと軽々しく言うものがいるが、そこに生まれたからそこで生きていくのじゃ。簡単に住処から離れられんよ」
「でも出たんだな?」
「あやかしのようなものは人に認められてこそ存在できる。儂は存在が薄れこのままでは死んでしまうと思い都会に出てきた」
「都会なら人が多いからか」
「そうじゃ」
「でも実体ってもうあるよな? 友達にもお前の姿はちゃんと見えてたし」
「儂が持つ妖力のほとんどはこの実体を維持するために使われておる。大したこと、それこそ家に住みつくことくらいしかできないのはそのためじゃ」
「つまり無理矢理に実体を作って周囲に存在を認めさせているわけか。じゃあその実体化を解いたらお前はどうなるんだ?」
「消えてしまうな」
「消えるのかよ」
「誰も儂のことなど見えないし気にかけもしない。声もかけても聞こえない。そんな状態で生きていけると思うか?」
「まあ人間でも寂しくて死んじまうかもな」
「じゃろー。だから儂を敬い称えよ」
「なんでそうなるっ。でもあれだな、お前って実体を持ってるわりにはトイレとかいかないよな?」
「そりゃあ人ではないからな。そんなもの必要ない」
「それまた便利な体だ。なのに食いしん坊ってどういう理屈なんだ?」
「だって美味しいんじゃもん」
ふと、そのときある考えが浮かんだ。俺は足を止めてそれを確かめる。
ぴりかが不思議そうに振り返っていた。
どうして彼女はものをほしがるのか。
どうしてお腹が空くのか。
どうして家に住みつくのか。
彼女はかつてこう言っていた。
自分は人の気持ちを食べるのだと。
「ぴりか、お前って本当はお腹がすいてるんじゃなくて……」
「ん、なんじゃ?」
「いや、なんでもない」
その先は有耶無耶にして忘れることにした。
いずれ俺には関係なくなることだ。
この役目は別に俺でなくてもいい。
もっと適任の人が絶対にいる。
自炊をはじめたばかり若造の俺よりもずっと相応しい人が。
だから関係ないと思って何も言わなかった。
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