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第三合
第36話
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「ではそのAGEというもの発生させなければいいんですよね?」
たっぷり黙り込んだ後、俺は解決の道を探り始めた。
「残念ながら糖化自体は防げない。老化を止められないことと同じだ。この先ずっと炭水化物を食べずに生きていくのは現実的ではないしな。だから出来るのは抗うこと」
「抗うってどうすれば?」
「どうって、純粋に炭水化物を減らせばいい」
「ダイエットみたいに?」
「結果的にそうなるかな。糖質制限なわけだし」
「糖質ってどういうものが多いんでしょう」
「ネットで『糖質量』で検索すれば出てくるはずだ。まあそうだな、高めなのは、野菜ならじゃがいもや人参あたりか」
「野菜なのに?」
「関係ない。何ならフルーツもそうだ。フルーツだとバナナがトップクラスで高い」
「バナナとかの果物って消化吸収がいいって言いますよね?」
「いいから血糖値に関わる。他には、うどんなどの麺類。これは炭水化物の塊だからわかるだろ?」
「いかにもですもんね」
「毎日うどんを食べているようなレベルの香川県に糖尿病患者が多い理由がこれだ。2011年の調査によると成人男性の半数近くが糖尿病もしくは予備軍だったらしい」
「半数近く……うどんのせいで?」
「うどんだけじゃないだろうな。お前は丸亀製麺に行ったことあるだろ」
「ありますけど」
「お前はうどんだけ食べて帰るのか?」
「いえ。おにぎりとか、お稲荷さんとかもセットで頼みますけど」
「炭水化物のダブルパンチだな」
「そういうことか。確かにとりすぎてしまう」
「ラーメンと無料ライスの組み合わせも同じだからな」
「めっちゃしてました俺。だって、だってよく無料になってるしぃ」
なんならスープに入れて食べてました。
特に天一のがお気に入りです。
「そして忘れてならないのがごはん」
「国民食なのに!」
「おいおい。炭水化物の代名詞だろうが。極端な人に言わせれば三食ごはんを大盛り食べてるだけで糖尿病になるんだそうだぞ。さすがにこれは大袈裟だが理論的には正しい」
「ショック。考えてみれば好きなもののほとんどが炭水化物で出来てるや……」
ごはん、麺類、あとこの流れならパンなんかもそうだろう。
「な、炭水化物は避けるのは困難だろう?」
「避けられませんね」
「だから減らすしかない。他に効果的なのは食物繊維を摂ること」
「どうしてそれが効果的なんです?」
「空腹の状態からいきなり炭水化物を入れると一気に血糖値があがる。そして糖化にも繋がる。これは逆にいえば吸収を遅らせれば血糖値があがりにくくなるとも言える」
「それで食物繊維」
「そう。食べる順番は血糖値に大きく関与する。ごはんの前にキャベツなどの野菜、汁物、肉、というふうに食べていくのがいい」
「最後にごはん、ですか」
「時間をかけてよく噛むことも効果的だ。早食いは厳禁。ちなみにこの方法を利用した食べ順ダイエットなるものがある」
「食べる順番に重きを置いたダイエット。血糖値が上がりにくいからインスリンも出にくい。だから太りにくいということですね」
「ご名答。カラクリがわかってきたようだな」
「目から鱗です。普段から食べてる炭水化物にそんな裏があったなんて」
「炭水化物、血糖値、糖化、これらは切っても切れない関係だ」
「逆に糖質が少ないのものは?」
「肉だな」
「肉は少ないんだ」
「少ないというかほぼない。昔は脂質の多さから太るなんて言われていたがとんでもない。肉だけでは太らない。いや太ろうと思っても難しいくらいだ」
「糖質が少ないから太らないってことですね」
「これを利用しているのが世にいう炭水化物ダイエット」
「あー、そういう理屈だったんだ」
だからみんなやっているのか。
気づくのおっそ。
「ごはんなどを止める代わりに、肉などは好きなだけ腹いっぱい食べる。これなら続けられる人も多いからな」
「いや俺はご飯もないと生きていけません」
「それが普通だ。日本人だもんな」
「他に気をつけるべきものってありますか?」
「睡眠とか、適度な運動とかも重要だ。だがやはりGI値だろうな」
「なんですそれ」
「グリセミックインデックスの略だ」
「ですからなんですかそれ……」
「わかりやすく言うとこれは血糖値の上がりやすさを数値化したものだ」
「おお、そんな便利な数値があるんですか?」
「ブドウ糖を100として、60以上を高GI値、60以下を低GI値として解釈する」
「いいですね。商品のどこに載ってるんですそれ?」
「残念ながら載ってない。自分で調べるしかない」
「そうなんですか……。ごはんのGI値ってわかります?」
「ん。確か88くらいだったはずだが」
「めちゃ高GI値じゃないですか!」
「糖質量だって多いぞ」
「だからさっきごはんだけでも理論上はどうのって……」
「餅で正月太りする理由はこれだからな」
「そうか、餅ってもち米から出来てますもんね」
「糖質の量は二個でおおよそご飯一杯分くらいだと思え」
一日に四つも五つも食べてた俺は馬鹿だ。
なら間食だけでごはん二杯分以上もの糖質を摂っていたことになる。
「頭が痛くなってきました。ぴりかはご飯を大盛り、餅もたくさん食べてました。完全にそのせいですね」
「米のせいじゃない。たぶん焼き芋のほうだ」
「そっちですか?」
「だいたいわかると思うが、一概に言えずとも甘みがあるものには糖質が多く含まれている傾向がある。糖質というくらいだからな。焼き芋はどうだ?」
「くそ甘いです」
「だろう。一本のカロリーは500くらいある上に糖質量はごはんの比ではない。干し芋も言わずもがな。毎日そんなものを何本も食べ続ければ危険なのは明白だ。食物繊維が含まれていることを考慮してもだ」
「文句のつけようなく糖質の摂りすぎですね、あいつ」
「あの子の体調を回復させたかったら糖質量を控えてみろ。私の想像が正しければたぶん早いうちに効果が出るはずだ」
「是非そうしてみます」
「違ったらまた考えればいい」
「はい。炭水化物かあ。これからちゃんと調べないと」
しかし世知辛い世の中になったものだ。
以前はカロリーさえ注視していればよかった。
いまやそれに加えて糖質量とGI値まで確認しなければならないなんて。
若々しく健康でいることはかくも難しい。
「真面目か。すべてを排除できない以上、食べ過ぎなければいいのさ。まあよく食べるものの糖質量を調べるのも一興だが」
「あの、糖質量って商品に書いてありましたっけ?」
商品裏に書かれている表示を俺は思い出す。
エネルギー。
たんぱく質。
脂質。
炭水化物。
ナトリウムやら何やら。
アレ、ないぞ。
「いや市販の商品には炭水化物としか書かれていない。糖質量を明確にしているところはほぼないだろう」
「じゃあ外で購入するときどうやって調べれば?」
「言っただろ。炭水化物は糖質と食物繊維を合わせたものだ。つまり炭水化物-食物繊維で糖質の量が簡単に算出できる」
「そっか。ん、でも食物繊維の量なんてなおさらわかりませんよ」
「そうだな。だからおおざっぱに計算し見当をつけるしかない。食物繊維が多そうなものだったら表示されている炭水化物よりそこそこ減らした量が糖質量だ。反対に食物繊維が少なそうなものだったら炭水化物の表示そのままの量が糖質量と思っても差し支えないだろう」
「だいたいの見当、ですか」
「試しに質問だ。人工甘味料を使わず砂糖だけで作った飴がありました。炭水化物は一個につき五グラムです。さてこのうち糖質量はいくらでしょう」
「砂糖だけで出来た飴に食物繊維なんてあるはずないから、五グラムですね」
「そういうことだ」
「確かに正確無比でなくともある程度はわかりますね」
「少しそこらへんも注意してみるといいかも知れん」
「俺アレルギーのことばかりに気を取られていて、食べ物について何にもわかっていなかったみたいですね……。本当に馬鹿だ。知らないことばかり」
鼻白んだ俺が肩を落とすと彼女は立ち上がりこちらの髪を乱暴に触った。
こうされたのはいつぶりだろう。
「反省さえ出来れば落ち込む必要はない。知らなかったら知ればいいだけだ」
「先生……」
まだ彼女の教え子だった頃によく聞いたお説教だ。
かつては大人がまたえらそうなことを言っているくらいしか思っていなかったが、いまは何故だかやたらと身に染みる。
「さて話も済んだしパンケーキをいただくとしようか」
「こんな話のあとにぃ!?」
唖然と目を丸くする俺をよそに、小町先生は窯焼きスフレパンケーキを美味しそうに食べ始めた。
「お前も一口どうだ?」
たっぷり黙り込んだ後、俺は解決の道を探り始めた。
「残念ながら糖化自体は防げない。老化を止められないことと同じだ。この先ずっと炭水化物を食べずに生きていくのは現実的ではないしな。だから出来るのは抗うこと」
「抗うってどうすれば?」
「どうって、純粋に炭水化物を減らせばいい」
「ダイエットみたいに?」
「結果的にそうなるかな。糖質制限なわけだし」
「糖質ってどういうものが多いんでしょう」
「ネットで『糖質量』で検索すれば出てくるはずだ。まあそうだな、高めなのは、野菜ならじゃがいもや人参あたりか」
「野菜なのに?」
「関係ない。何ならフルーツもそうだ。フルーツだとバナナがトップクラスで高い」
「バナナとかの果物って消化吸収がいいって言いますよね?」
「いいから血糖値に関わる。他には、うどんなどの麺類。これは炭水化物の塊だからわかるだろ?」
「いかにもですもんね」
「毎日うどんを食べているようなレベルの香川県に糖尿病患者が多い理由がこれだ。2011年の調査によると成人男性の半数近くが糖尿病もしくは予備軍だったらしい」
「半数近く……うどんのせいで?」
「うどんだけじゃないだろうな。お前は丸亀製麺に行ったことあるだろ」
「ありますけど」
「お前はうどんだけ食べて帰るのか?」
「いえ。おにぎりとか、お稲荷さんとかもセットで頼みますけど」
「炭水化物のダブルパンチだな」
「そういうことか。確かにとりすぎてしまう」
「ラーメンと無料ライスの組み合わせも同じだからな」
「めっちゃしてました俺。だって、だってよく無料になってるしぃ」
なんならスープに入れて食べてました。
特に天一のがお気に入りです。
「そして忘れてならないのがごはん」
「国民食なのに!」
「おいおい。炭水化物の代名詞だろうが。極端な人に言わせれば三食ごはんを大盛り食べてるだけで糖尿病になるんだそうだぞ。さすがにこれは大袈裟だが理論的には正しい」
「ショック。考えてみれば好きなもののほとんどが炭水化物で出来てるや……」
ごはん、麺類、あとこの流れならパンなんかもそうだろう。
「な、炭水化物は避けるのは困難だろう?」
「避けられませんね」
「だから減らすしかない。他に効果的なのは食物繊維を摂ること」
「どうしてそれが効果的なんです?」
「空腹の状態からいきなり炭水化物を入れると一気に血糖値があがる。そして糖化にも繋がる。これは逆にいえば吸収を遅らせれば血糖値があがりにくくなるとも言える」
「それで食物繊維」
「そう。食べる順番は血糖値に大きく関与する。ごはんの前にキャベツなどの野菜、汁物、肉、というふうに食べていくのがいい」
「最後にごはん、ですか」
「時間をかけてよく噛むことも効果的だ。早食いは厳禁。ちなみにこの方法を利用した食べ順ダイエットなるものがある」
「食べる順番に重きを置いたダイエット。血糖値が上がりにくいからインスリンも出にくい。だから太りにくいということですね」
「ご名答。カラクリがわかってきたようだな」
「目から鱗です。普段から食べてる炭水化物にそんな裏があったなんて」
「炭水化物、血糖値、糖化、これらは切っても切れない関係だ」
「逆に糖質が少ないのものは?」
「肉だな」
「肉は少ないんだ」
「少ないというかほぼない。昔は脂質の多さから太るなんて言われていたがとんでもない。肉だけでは太らない。いや太ろうと思っても難しいくらいだ」
「糖質が少ないから太らないってことですね」
「これを利用しているのが世にいう炭水化物ダイエット」
「あー、そういう理屈だったんだ」
だからみんなやっているのか。
気づくのおっそ。
「ごはんなどを止める代わりに、肉などは好きなだけ腹いっぱい食べる。これなら続けられる人も多いからな」
「いや俺はご飯もないと生きていけません」
「それが普通だ。日本人だもんな」
「他に気をつけるべきものってありますか?」
「睡眠とか、適度な運動とかも重要だ。だがやはりGI値だろうな」
「なんですそれ」
「グリセミックインデックスの略だ」
「ですからなんですかそれ……」
「わかりやすく言うとこれは血糖値の上がりやすさを数値化したものだ」
「おお、そんな便利な数値があるんですか?」
「ブドウ糖を100として、60以上を高GI値、60以下を低GI値として解釈する」
「いいですね。商品のどこに載ってるんですそれ?」
「残念ながら載ってない。自分で調べるしかない」
「そうなんですか……。ごはんのGI値ってわかります?」
「ん。確か88くらいだったはずだが」
「めちゃ高GI値じゃないですか!」
「糖質量だって多いぞ」
「だからさっきごはんだけでも理論上はどうのって……」
「餅で正月太りする理由はこれだからな」
「そうか、餅ってもち米から出来てますもんね」
「糖質の量は二個でおおよそご飯一杯分くらいだと思え」
一日に四つも五つも食べてた俺は馬鹿だ。
なら間食だけでごはん二杯分以上もの糖質を摂っていたことになる。
「頭が痛くなってきました。ぴりかはご飯を大盛り、餅もたくさん食べてました。完全にそのせいですね」
「米のせいじゃない。たぶん焼き芋のほうだ」
「そっちですか?」
「だいたいわかると思うが、一概に言えずとも甘みがあるものには糖質が多く含まれている傾向がある。糖質というくらいだからな。焼き芋はどうだ?」
「くそ甘いです」
「だろう。一本のカロリーは500くらいある上に糖質量はごはんの比ではない。干し芋も言わずもがな。毎日そんなものを何本も食べ続ければ危険なのは明白だ。食物繊維が含まれていることを考慮してもだ」
「文句のつけようなく糖質の摂りすぎですね、あいつ」
「あの子の体調を回復させたかったら糖質量を控えてみろ。私の想像が正しければたぶん早いうちに効果が出るはずだ」
「是非そうしてみます」
「違ったらまた考えればいい」
「はい。炭水化物かあ。これからちゃんと調べないと」
しかし世知辛い世の中になったものだ。
以前はカロリーさえ注視していればよかった。
いまやそれに加えて糖質量とGI値まで確認しなければならないなんて。
若々しく健康でいることはかくも難しい。
「真面目か。すべてを排除できない以上、食べ過ぎなければいいのさ。まあよく食べるものの糖質量を調べるのも一興だが」
「あの、糖質量って商品に書いてありましたっけ?」
商品裏に書かれている表示を俺は思い出す。
エネルギー。
たんぱく質。
脂質。
炭水化物。
ナトリウムやら何やら。
アレ、ないぞ。
「いや市販の商品には炭水化物としか書かれていない。糖質量を明確にしているところはほぼないだろう」
「じゃあ外で購入するときどうやって調べれば?」
「言っただろ。炭水化物は糖質と食物繊維を合わせたものだ。つまり炭水化物-食物繊維で糖質の量が簡単に算出できる」
「そっか。ん、でも食物繊維の量なんてなおさらわかりませんよ」
「そうだな。だからおおざっぱに計算し見当をつけるしかない。食物繊維が多そうなものだったら表示されている炭水化物よりそこそこ減らした量が糖質量だ。反対に食物繊維が少なそうなものだったら炭水化物の表示そのままの量が糖質量と思っても差し支えないだろう」
「だいたいの見当、ですか」
「試しに質問だ。人工甘味料を使わず砂糖だけで作った飴がありました。炭水化物は一個につき五グラムです。さてこのうち糖質量はいくらでしょう」
「砂糖だけで出来た飴に食物繊維なんてあるはずないから、五グラムですね」
「そういうことだ」
「確かに正確無比でなくともある程度はわかりますね」
「少しそこらへんも注意してみるといいかも知れん」
「俺アレルギーのことばかりに気を取られていて、食べ物について何にもわかっていなかったみたいですね……。本当に馬鹿だ。知らないことばかり」
鼻白んだ俺が肩を落とすと彼女は立ち上がりこちらの髪を乱暴に触った。
こうされたのはいつぶりだろう。
「反省さえ出来れば落ち込む必要はない。知らなかったら知ればいいだけだ」
「先生……」
まだ彼女の教え子だった頃によく聞いたお説教だ。
かつては大人がまたえらそうなことを言っているくらいしか思っていなかったが、いまは何故だかやたらと身に染みる。
「さて話も済んだしパンケーキをいただくとしようか」
「こんな話のあとにぃ!?」
唖然と目を丸くする俺をよそに、小町先生は窯焼きスフレパンケーキを美味しそうに食べ始めた。
「お前も一口どうだ?」
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