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本編
9 私はあなたの犬がいい1 【side セイ】
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――自分以外の人間に関心はなかった。あなたに出会うまでは。
私はセイ・ゼレノイ。父は宰相、母は王家の出。思えば恵まれた環境で育ったと思う。私自身も学業優秀で当時王太子だったアレクセイ殿下からの信頼もある。しかも美しいと評判だった母に似て見目も整っていた。
そのような身だったからか、常に女性には不自由しなかった。
夜会へ赴けば、着飾った女性たちが群がる。そのうちの幾人かとはからだの関係を持ったが、家柄や婚姻目当ての令嬢は避け、あと腐れがなさそうな相手を慎重に選んだ。女性のほうも快楽や刺激を求めているだけだったので問題はない。
性行為はそれほど気持ちがいいとも思わなかったが、相手から強く求められるのは悪くはなかった。
20歳を過ぎるころには、漠然とではあるが自分の人生にむなしさを感じていた。宰相の息子として恥ずかしくないよう振る舞い、常に優秀であるよう努力してきた。側近兼宰相補佐として父の業務を手伝いながら、着々と実績を重ねている。世襲制ではないものの、このまま行けば父の跡を継ぎ宰相となるだろう。
(このまま、先が見える人生を歩むのか・・・)
いつのまにか、美しい未来を思い描けなくなっていた。
きっと数年後には、親に望まれるまま家格の釣り合う令嬢と結婚する。後継ぎとなる子供を設け、年老いて死んでいく。
自分は何のために生きているのかと思うと、ぞっとした。
考えるのを放棄するように、誘われるまま女性とベッドを共に過ごすことが増えた。他愛もない話に耳を傾け、心ない愛の言葉を囁き、望まれるまま、からだを重ねた。
その頃から既に私の精神は歪んでいたのだろう。自分以外の誰かに心を向けることはなかった。私に愛をささやく女性にも、敬愛すべき王にさえも。ただ流されるように生きているだけの自分にとって固執するものは何もなかったし、何を失っても怖くなかった。
「セイはさ、もう少しわがままになってもいいのにね。」とは、主君であるアレクセイ陛下の言葉だ。
いわく、欲しいものも特になく、望みも特に持たず、心を動かすものがない人生ではつまらないのではないか、と。
「いいんです。私はこのままで。」
作り笑い笑顔決まった言葉を繰り返す。このまま死んでしまっても後悔はしないだろう。望みなどないのだから。
*****
ある夜会だった。彼女に出会ったのは。
(・・・いつもより知らない顔が多いな)
立場上、上位貴族の子弟は顔と名前を憶えているが、それでも見知らぬ人間や外国人の姿がちらほら目につく。
定期的に開かれる夜会ではあったが、今夜は特に参加者が多い。聞けば隣国の第2皇子がお忍びで来ており、その関係者ばかりか皇子目当ての令嬢が多数参加しているとのこと。いつもよりざわついたホールで、私は情報収集を兼ねてめぼしい相手と話をしていた。
「ほら、あれがアナスタシア嬢だよ。噂にたがわぬ美しさだな。一晩だけでもお相手願いたいものだね。」
同世代の知人が好色そうな目で彼女を眺め、「なんでも隣国の皇族に見初められたとか。」と付け加えた。
私はちらりとアナスタシア嬢のほうを見た。
確かに彼女は美しかった。複雑にねじって結い上げた髪はラインストーンがついた飾りピンで留められており、きらきらと光を反射している。繊細な装飾が施されたチョーカーには大粒のルビー。黒と見紛うような濃紺のドレスを身に纏う姿はあたかも夜の女王のようだ。
見せつけるかのように大きく開いた胸元からは零れ落ちそうな双丘が覗き、よこしまな輩の目を釘付けにしている。くるぶしまである丈のドレスは深くスリットが入っており、美しい脚線美がのぞいた。明らかに男性の目を意識した装いだとわかる。
「君は、ああいうのは食指が動かないのかい?」
「観賞用としては素晴らしいですが、私の身には余りますね。」
「それはもったいない。美酒は味わってこそだよ。」
そう言うと、早くも3杯目のワイングラスを手にした知人は、にやにやと笑いながら彼女に近づいていった。
あそこまで自分の欲に正直だとうらやましいほどだ。どんなに美しくても中身は他の女性と同じだし、私の人生には関わらない種類の人間だと思うと興味はわかない。
少し離れたところで周りを伺っていると、真っ赤なドレスを着て派手な化粧をした女性が近づいてきたので軽く会釈する。確か縁談の話があったが条件が合わずに断った令嬢だったはずだ。社交辞令として何か会話するべきか迷ったが、ちょうどよいタイミングで通りかかったウェイターからワインを勧められたので、応じながらさりげなく場を離れた。
「本日おすすめのワインです。おひとついかがですか?」
私は差し出されたワイングラスを飲み干した。不自然な甘みが口に残った。
(くっ・・・。私としたことが、油断した)
自分の意志とは関係なく興奮してくるからだを持て余して思わず舌打ちする。こんなところで無様な姿をさらすわけにはいかない。媚薬を盛られたようだ。冷汗が浮かぶ。
(誰か・・・、いや、このさい誰でもいい。なんとかしてくれ)
見境なく襲って、啼かせて、喘がして、征服したい。どろりとした欲がくすぶり、今すぐに誰でもいいから自分の欲を発散したいという気持ちに支配されそうになる。
少しの刺激でも下半身が反応するのに気を取られる。意識を別に逸らそうとするが、それもできない。
くずれそうになるのを必死でこらえ、なんとかこの場から離れようとしたとき、赤い塊が目に入った。先ほどの令嬢だった。
私はセイ・ゼレノイ。父は宰相、母は王家の出。思えば恵まれた環境で育ったと思う。私自身も学業優秀で当時王太子だったアレクセイ殿下からの信頼もある。しかも美しいと評判だった母に似て見目も整っていた。
そのような身だったからか、常に女性には不自由しなかった。
夜会へ赴けば、着飾った女性たちが群がる。そのうちの幾人かとはからだの関係を持ったが、家柄や婚姻目当ての令嬢は避け、あと腐れがなさそうな相手を慎重に選んだ。女性のほうも快楽や刺激を求めているだけだったので問題はない。
性行為はそれほど気持ちがいいとも思わなかったが、相手から強く求められるのは悪くはなかった。
20歳を過ぎるころには、漠然とではあるが自分の人生にむなしさを感じていた。宰相の息子として恥ずかしくないよう振る舞い、常に優秀であるよう努力してきた。側近兼宰相補佐として父の業務を手伝いながら、着々と実績を重ねている。世襲制ではないものの、このまま行けば父の跡を継ぎ宰相となるだろう。
(このまま、先が見える人生を歩むのか・・・)
いつのまにか、美しい未来を思い描けなくなっていた。
きっと数年後には、親に望まれるまま家格の釣り合う令嬢と結婚する。後継ぎとなる子供を設け、年老いて死んでいく。
自分は何のために生きているのかと思うと、ぞっとした。
考えるのを放棄するように、誘われるまま女性とベッドを共に過ごすことが増えた。他愛もない話に耳を傾け、心ない愛の言葉を囁き、望まれるまま、からだを重ねた。
その頃から既に私の精神は歪んでいたのだろう。自分以外の誰かに心を向けることはなかった。私に愛をささやく女性にも、敬愛すべき王にさえも。ただ流されるように生きているだけの自分にとって固執するものは何もなかったし、何を失っても怖くなかった。
「セイはさ、もう少しわがままになってもいいのにね。」とは、主君であるアレクセイ陛下の言葉だ。
いわく、欲しいものも特になく、望みも特に持たず、心を動かすものがない人生ではつまらないのではないか、と。
「いいんです。私はこのままで。」
作り笑い笑顔決まった言葉を繰り返す。このまま死んでしまっても後悔はしないだろう。望みなどないのだから。
*****
ある夜会だった。彼女に出会ったのは。
(・・・いつもより知らない顔が多いな)
立場上、上位貴族の子弟は顔と名前を憶えているが、それでも見知らぬ人間や外国人の姿がちらほら目につく。
定期的に開かれる夜会ではあったが、今夜は特に参加者が多い。聞けば隣国の第2皇子がお忍びで来ており、その関係者ばかりか皇子目当ての令嬢が多数参加しているとのこと。いつもよりざわついたホールで、私は情報収集を兼ねてめぼしい相手と話をしていた。
「ほら、あれがアナスタシア嬢だよ。噂にたがわぬ美しさだな。一晩だけでもお相手願いたいものだね。」
同世代の知人が好色そうな目で彼女を眺め、「なんでも隣国の皇族に見初められたとか。」と付け加えた。
私はちらりとアナスタシア嬢のほうを見た。
確かに彼女は美しかった。複雑にねじって結い上げた髪はラインストーンがついた飾りピンで留められており、きらきらと光を反射している。繊細な装飾が施されたチョーカーには大粒のルビー。黒と見紛うような濃紺のドレスを身に纏う姿はあたかも夜の女王のようだ。
見せつけるかのように大きく開いた胸元からは零れ落ちそうな双丘が覗き、よこしまな輩の目を釘付けにしている。くるぶしまである丈のドレスは深くスリットが入っており、美しい脚線美がのぞいた。明らかに男性の目を意識した装いだとわかる。
「君は、ああいうのは食指が動かないのかい?」
「観賞用としては素晴らしいですが、私の身には余りますね。」
「それはもったいない。美酒は味わってこそだよ。」
そう言うと、早くも3杯目のワイングラスを手にした知人は、にやにやと笑いながら彼女に近づいていった。
あそこまで自分の欲に正直だとうらやましいほどだ。どんなに美しくても中身は他の女性と同じだし、私の人生には関わらない種類の人間だと思うと興味はわかない。
少し離れたところで周りを伺っていると、真っ赤なドレスを着て派手な化粧をした女性が近づいてきたので軽く会釈する。確か縁談の話があったが条件が合わずに断った令嬢だったはずだ。社交辞令として何か会話するべきか迷ったが、ちょうどよいタイミングで通りかかったウェイターからワインを勧められたので、応じながらさりげなく場を離れた。
「本日おすすめのワインです。おひとついかがですか?」
私は差し出されたワイングラスを飲み干した。不自然な甘みが口に残った。
(くっ・・・。私としたことが、油断した)
自分の意志とは関係なく興奮してくるからだを持て余して思わず舌打ちする。こんなところで無様な姿をさらすわけにはいかない。媚薬を盛られたようだ。冷汗が浮かぶ。
(誰か・・・、いや、このさい誰でもいい。なんとかしてくれ)
見境なく襲って、啼かせて、喘がして、征服したい。どろりとした欲がくすぶり、今すぐに誰でもいいから自分の欲を発散したいという気持ちに支配されそうになる。
少しの刺激でも下半身が反応するのに気を取られる。意識を別に逸らそうとするが、それもできない。
くずれそうになるのを必死でこらえ、なんとかこの場から離れようとしたとき、赤い塊が目に入った。先ほどの令嬢だった。
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