不埒な魔術師がわたしに執着する件について~後ろ向きなわたしが異世界でみんなから溺愛されるお話

めるの

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本編

8 その人は愛を乞う2

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この部屋を訪れる人は、ひとりしかいない。

ルーは夕方に戻るといっていたはずなのに早いな、と深く考えずにわたしは「どうぞ」と返事をする。数秒の間の後、「失礼します」と言う低めの声と共に入ってきたのは、良く知る銀色の髪の魔術師ではなく、別の男性だった。

かちゃりとドアの鍵が閉まる音が、いやに大きく聞こえた。

男性はわたしの姿を見て、息を吞んだ。そのまま彫像のようにかたまって動かない。

ざっくりと後ろに流された黒髪はうっすらと青みがかっていて、艶感がある黒を一層引き立てていた。長い前髪がはらりと額にかかっているのが艶めかしい。細い黒縁の眼鏡から覗くのは、深い、深い海のような青い瞳。光沢のある生地で仕立てられた黒いスーツは、背が高く細身の身体にフィットしていて、隙のない印象を与えている。見たところ20代前半というところか。

(黒づくめで眼鏡。ああ覚えている。たしかセイだ・・・宰相の息子の)

わたしはアナスタシアの記憶から彼の姿を探す。さっきノートにも書き出したばかりだ。良く会っていたし、イロイロしている間柄のはず。あちこち舐められたり、しゃぶられたり、噛まれたり・・・記憶にある行為を頭に浮かべただけでも、恥ずかしくて顔から火を噴きそうだ。

わたしの心の内など知らぬだろう彼は、切なそうな表情でこちらを見つめた。

(うーーん、なんて説明すればいいんだろう)

まさか「あなたの愛するアナスタシアではなく、目の前にいるのは中身別人のアラサーです」なんて言うわけにもいかない。かといって、そ知らぬふりをしてアナスタシアとして振舞うのも躊躇われる。

勢いで椅子から立ち上がったものの、どうしようかと迷い、戸惑う。そのうち彼は、コツコツと規則的な靴音を立ててこちらに向かってくる。至近距離まで近づくと、細く長い指で、そっとわたしの頬に触れた。

耳元に唇を寄せ、ささやくような小さい声で問う。

「・・・ナーシャ。なぜ連絡をくれなかったのですか?」

愁いを帯びた低く、甘めの声が鼓膜を直撃し、おなかの奥がぞくりとする。思わず後ずさってセイを見つめると、さっきまでの切なそうな表情ではなく、責めるような、射るような眼でわたしを捉えていた。逃げた獲物を捕まえるように、一歩一歩ゆっくりと近づくと、セイは何も言わずに、ぎゅうっとわたしを抱きしめた。

甘く、刺激的な、男性特有のコロンの香りがした。

急に与えられた暖かさに困惑して、抱きしめられたまま彼の顔を見上げる。突然のことではあったけれども、自分から振りほどこうという気にはならなかった。

セイは、アナスタシアの存在を疑うかのように、じいっと私を見つめ。


そして、もう一度。

「ナーシャ」と、とても小さい声でわたしを呼んだ。

彼はいつもそう呼んでいたから気にしなかったけれど、たぶんナーシャというのは愛称なんだろう。思っている以上に親密な関係なのかもしれない。

(よく覚えてないけど・・・、まさか、別れた恋人とか言わないよね?)

肝心な部分の記憶があやふやで、あれこれされたのは覚えているけれど、彼のことを好きだったかとか、そういう部分はまるっと頭から抜けていた。だからアナスタシアとセイがどんな関係だったのか、直前で別れ話をしたのか、何か約束でもしていたのか、まったくわからない。

思い切って「セイ?」と彼の名前を呼んでみる。セイは返事はせずに無言でわたしに顔を近づけ、まるで存在を確認するかのように、ゆっくりと口づけた。

「ふ・・・」

思ったよりも温度のない唇にびくりとする。数秒で唇が離れたけれども、冷たい感触がわたしの唇に残った。

神聖な儀式のように、もういちどセイはわたしに口づける。驚きはしたが、ふしぎと嫌悪感はなかった。3度目の口づけで、わたしはぼーっとしてしまったらしい。さわりとおしりを撫でられて我に返った。

相手の腕から逃れようと身をよじるものの、抱きしめる腕は緩まない。見た目は華奢なのにも関わらずセイの力は強く、びくともしなかった。

「今まで・・・、なぜ連絡をくれなかったんですか?」


セイはわたしを抱きしめたまま、こどもが母親に縋るように頼りない声で問うた。
何て答えればよいかわからずに無言になる。それを拒絶と受け取ったのか、セイはさらに私に問いかけた。

「もう私のことは飽きてしまった?・・・レイスティアのほうが良くなった?」

「レイスティアってルーのこと、、いや、そうじゃなくて。ちょっと話をっ──」

「私のほうが貴方を気持ちよくさせてあげられるのに」

ささやくように尋ねながら、首筋を舐め、耳裏をなぞり、太もものあたりをさわりと撫でた。

(だめだ、完全に誤解している。というか話聞いてくれなさそう)

どうすればいいのかわからず途方に暮れていると、セイはまるで泣きだしそうな顔で、わたしに言った。

「もう私のことを『役立たず。私の犬』と蔑んではくれないのですか。」


「へ・・・?」


一瞬で脳がフリーズした。呆然としてセイを凝視する。

・・・えっ?いま、なんて言いました??
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