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本編
27 願わくば花の下にて3 【side アナスタシア】
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「喜べ、アナスタシア!隣国の第二皇子から婚姻の打診があったぞ。これでお前も皇子妃だ!」
部屋に入るなり、父が弾んだ声で告げた。日頃父は私がいる屋敷の離れにほとんど来ない。よほど急いで知らせたかったのだろう。先程まで人と会っていたせいか、じゃらじゃらと装飾品をつけたままだ。
「まあ、うれしいことですわ。お父様のお役に立てそうでなによりです。」
読みかけの本を閉じつつ、ちっともうれしくなさそうな声で答えた。聞けば、先日の夜会で私を見染めた皇子がいたらしい。これだけ悪評のある女を妃に望むとは、ずいぶん酔狂な方だ。
椅子に座るのも時間が惜しいと言わんばかりに、父は私に使者から預かった手紙を見せた。
手渡された封筒を光にかざすと透かしで入れられた公国の紋章が見える。封蝋もキリル公国の皇族だけが用いる特殊な顔料が含まれたものだ。正式な文書で間違いない。
「本来ならばアレクセイ陛下に嫁ぐべきところだが・・・。しかしキリル公国は我が国とも縁が深い国だしイヴァン皇子は聡明で民にも人気がある。必ずお前を幸せにしてくれるだろう。」
早く婚約式のドレスを仕立てねば、と浮かれた声音で呟く父を横目に、封筒から手紙を取り出して読みだす。そこにはキリル公国の第二皇子であるイヴァン殿下の正妃として迎えたい、ついては急なことだが次の新月の夜に特別な儀式を行う必要があり、数日後に迎えを寄越す、と丁寧な筆跡で書かれていた。
次の新月とは、、、3日後ではないか。儀式に適した日がこの日しかないとはいえ、あまりにも急な話だ。
隣国では魔力に対する信仰とでも呼べるものがあり、とりわけ女性が持つ魔力に対して価値を置く。私の魔力を高めるための儀式だと言われれば、受け入れるしかない。
(・・・セイには、なんて伝えよう)
まっさきに思ったのは、それだった。
普通の令嬢であれば、皇子に見染められて幸せとか、相手はどんな方だろうとか、思うのではないだろうか。なのに私が考えるのは恋人でもない男のこと。我ながら愚かな女だ。
「お父様、今回のお話は出来るだけ内密にしていただけますか?」
「そうだな、どこで邪魔が入るかもしれん。準備が整うまでは、決して口外しないようにしよう。」
父には口止めをしたので世間の口の端に上ることはしばらくないはずだ。私自身はあれこれ悩んだ結果、セイには何も伝えないことにした。
彼にしてみれば、一時的に関係があった女がいなくなったところでたいした問題ではないだろう。それに、言ったところで、何ができるわけでもないのだから。
約束の夜の前日、つまり2日後に迎えが来た。護衛の若い騎士と黒い長衣を纏った年配の男の2人。年配の男は立ち居振る舞いから魔導士だと思われた。
箱馬車に乗り辿り着いたのは王都にある高級旅館だった。直接国境を超えるのかと思ったが、時間短縮のため部屋に設置した簡易の転移陣から別の転移陣を経由して、隣国の神殿へと向かう旅程だという。馬車酔いこそないが、慣れない転移で目が回りそうになる。先を憂える暇すらない。
ようやく目的地に着いた頃には、心身ともにくたくたになっていた。
出迎えには、キリル公国の大神官だという白い髭を蓄えた男と、世話係だという年配の女が立っていた。男は派手好きな父とは違い、地味な色のカフタンを身に着けていた。
用意された部屋は広く、短期間で用意したとは思えないほど準備が整っていた。数日の滞在には十分過ぎるほどだったが、窓がないためか軟禁されているような圧迫感がある。
荷物は不要と言われていたものの、最小限必要なものはトランクに入れて持ってきた。事前に騎士が部屋に運び込んでくれ、すでに部屋の隅に置かれている。外套を脱ぎ、ラックに掛ける。
「こちらでゆるりとお過ごしください。」
案内してくれた女性が立ち去ると、入れ替わるように大神官が部屋を訪れた。これからの予定について説明してくれるという。
「我が国には皇族に嫁ぐ女性には高い魔力が求められます。そのため貴方様には異世界から魔力を持つ魂を取り込む儀式を行っていただきます。儀式が終了いたしましたら、第二皇子との対面となります。」
「了解しました。儀式とはどのように行うのでしょうか。」
「我が国の皇室にのみ代々伝わるもので、魔法陣でこの世界と異世界とを短時間繋ぎます。そこから魔力を持つ魂を引き入れ貴方様に移します。肉体の損傷やそれに伴う痛みの危険はございません。しかしながら、まれに取り込んだ魂が表に出てしまい、宿主の魂の一部が奥に沈んでしまう危険があります。その点だけご了承いただけますよう。」
大神官が話したのは、つまり異世界召喚した魔力を私に取り込むが、精神の欠損が起きる可能性があるということだった。
「構いません。」
短く答える。どうせ相手は私の容姿を気に入ったのだ、中身は気にしないだろう。私だって会ったこともない相手に嫁ぐのだから、今までの心がどうなろうと、記憶が欠けようと関係ない。半ば投げやりだった。
部屋に戻ると、どっと疲れが出たのか直ぐに用意されたベッドに入ってしまった。
部屋に入るなり、父が弾んだ声で告げた。日頃父は私がいる屋敷の離れにほとんど来ない。よほど急いで知らせたかったのだろう。先程まで人と会っていたせいか、じゃらじゃらと装飾品をつけたままだ。
「まあ、うれしいことですわ。お父様のお役に立てそうでなによりです。」
読みかけの本を閉じつつ、ちっともうれしくなさそうな声で答えた。聞けば、先日の夜会で私を見染めた皇子がいたらしい。これだけ悪評のある女を妃に望むとは、ずいぶん酔狂な方だ。
椅子に座るのも時間が惜しいと言わんばかりに、父は私に使者から預かった手紙を見せた。
手渡された封筒を光にかざすと透かしで入れられた公国の紋章が見える。封蝋もキリル公国の皇族だけが用いる特殊な顔料が含まれたものだ。正式な文書で間違いない。
「本来ならばアレクセイ陛下に嫁ぐべきところだが・・・。しかしキリル公国は我が国とも縁が深い国だしイヴァン皇子は聡明で民にも人気がある。必ずお前を幸せにしてくれるだろう。」
早く婚約式のドレスを仕立てねば、と浮かれた声音で呟く父を横目に、封筒から手紙を取り出して読みだす。そこにはキリル公国の第二皇子であるイヴァン殿下の正妃として迎えたい、ついては急なことだが次の新月の夜に特別な儀式を行う必要があり、数日後に迎えを寄越す、と丁寧な筆跡で書かれていた。
次の新月とは、、、3日後ではないか。儀式に適した日がこの日しかないとはいえ、あまりにも急な話だ。
隣国では魔力に対する信仰とでも呼べるものがあり、とりわけ女性が持つ魔力に対して価値を置く。私の魔力を高めるための儀式だと言われれば、受け入れるしかない。
(・・・セイには、なんて伝えよう)
まっさきに思ったのは、それだった。
普通の令嬢であれば、皇子に見染められて幸せとか、相手はどんな方だろうとか、思うのではないだろうか。なのに私が考えるのは恋人でもない男のこと。我ながら愚かな女だ。
「お父様、今回のお話は出来るだけ内密にしていただけますか?」
「そうだな、どこで邪魔が入るかもしれん。準備が整うまでは、決して口外しないようにしよう。」
父には口止めをしたので世間の口の端に上ることはしばらくないはずだ。私自身はあれこれ悩んだ結果、セイには何も伝えないことにした。
彼にしてみれば、一時的に関係があった女がいなくなったところでたいした問題ではないだろう。それに、言ったところで、何ができるわけでもないのだから。
約束の夜の前日、つまり2日後に迎えが来た。護衛の若い騎士と黒い長衣を纏った年配の男の2人。年配の男は立ち居振る舞いから魔導士だと思われた。
箱馬車に乗り辿り着いたのは王都にある高級旅館だった。直接国境を超えるのかと思ったが、時間短縮のため部屋に設置した簡易の転移陣から別の転移陣を経由して、隣国の神殿へと向かう旅程だという。馬車酔いこそないが、慣れない転移で目が回りそうになる。先を憂える暇すらない。
ようやく目的地に着いた頃には、心身ともにくたくたになっていた。
出迎えには、キリル公国の大神官だという白い髭を蓄えた男と、世話係だという年配の女が立っていた。男は派手好きな父とは違い、地味な色のカフタンを身に着けていた。
用意された部屋は広く、短期間で用意したとは思えないほど準備が整っていた。数日の滞在には十分過ぎるほどだったが、窓がないためか軟禁されているような圧迫感がある。
荷物は不要と言われていたものの、最小限必要なものはトランクに入れて持ってきた。事前に騎士が部屋に運び込んでくれ、すでに部屋の隅に置かれている。外套を脱ぎ、ラックに掛ける。
「こちらでゆるりとお過ごしください。」
案内してくれた女性が立ち去ると、入れ替わるように大神官が部屋を訪れた。これからの予定について説明してくれるという。
「我が国には皇族に嫁ぐ女性には高い魔力が求められます。そのため貴方様には異世界から魔力を持つ魂を取り込む儀式を行っていただきます。儀式が終了いたしましたら、第二皇子との対面となります。」
「了解しました。儀式とはどのように行うのでしょうか。」
「我が国の皇室にのみ代々伝わるもので、魔法陣でこの世界と異世界とを短時間繋ぎます。そこから魔力を持つ魂を引き入れ貴方様に移します。肉体の損傷やそれに伴う痛みの危険はございません。しかしながら、まれに取り込んだ魂が表に出てしまい、宿主の魂の一部が奥に沈んでしまう危険があります。その点だけご了承いただけますよう。」
大神官が話したのは、つまり異世界召喚した魔力を私に取り込むが、精神の欠損が起きる可能性があるということだった。
「構いません。」
短く答える。どうせ相手は私の容姿を気に入ったのだ、中身は気にしないだろう。私だって会ったこともない相手に嫁ぐのだから、今までの心がどうなろうと、記憶が欠けようと関係ない。半ば投げやりだった。
部屋に戻ると、どっと疲れが出たのか直ぐに用意されたベッドに入ってしまった。
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