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本編

26 願わくば花の下にて2 【side アナスタシア】

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セイ・ゼレノイ。彼のことは以前から気になっていた。もちろん直接話したことはないが、その評判は伝え聞いている。

絵に描いたような品行方正。名門出身で賢く、王の覚えもめでたい。順風満帆な人生。しかも美男子。多くの女性と浮名を流しているが、決して溺れず深入りはしない。

なんとなくだが、私と同類で、異性を苦手にしているのではないか、と感じていた。

それに、彼の姿を見るたびに、心がざわついた。誰もが羨む出来過ぎのような人生なのに、時折遠くから見かける彼は、ちっとも楽しそうには見えなくて。

──だから張り付いた笑顔の奥を覗いてみたいと思ったのかもしれない。

彼の髪を撫でているうち、なぜか昔かわいがっていた犬を思い出した。記憶に残るのは真っ黒な毛並みで足の先だけが白い大型犬。あちこちで尻尾を振っているけど、私の手からしか餌を食べなかった。

そう思うと艶々とした髪の色も、手触りもすごく似ている気がしてきた。

「・・・あの、起き上がりたいのですが。」

そうこうするうちに、彼が目覚めてしまったらしい。控えめに体を動かす気配と、困惑した声が聞こえた。

「わたくし、ずっと黒い毛並みの犬を飼いたいと思っていましたの。貴方、私の犬になりませんこと?」

思わず、そう言っていた。まさか彼が、是と答えるとは思っていなかったから。





そうして私と彼は魔道具を使って密かに会う間柄になり、気がつけば一番気心が知れた相手になった。ナーシャという、今では誰も呼ばなくなった私の愛称を呼ぶ、たった一人の相手。

いつものようにセイは、今夜も私の部屋を訪れた。父に気づかれないように、それは、たいていは夜になる。互いの部屋以外では他人として振舞うので、私達の関係は誰にも知られていない。



「これは?」

「貴方に差し上げたくて・・・受け取っていただけますか?」

この日、セイが差し出したのは、小さい白い花がついた木の枝だった。受け取って間近で見ると、5枚の花弁を持つ、今まで見たことがない花で。雪のように白い花びらの中心は濃いピンク色をしている。まるで雪の中に血を滲ませたような色合いだ。

「屋敷の庭に咲いていたので庭師に頼んで貰ってきました。南の地方で咲く花で、辺り一面咲く風景はとても美しいんです。一緒に見ることはできないので、せめてひと枝でも、と。」

今まで大輪のバラの花束を貰ったことは幾度もあった。しかし名も知らぬような花、しかも木の枝ごともらったのは初めてで、思わず目を瞬かせる。

「初めて見たわ。真っ白で綺麗な花ね、ありがとう。」

それを聞いて、セイはいたずらっぽく笑って言った。

「よかった。この前差し上げたネックレスは即返品されてしまいましたからね。」

「あんな高価な宝石、恋人でもないのに受け取るわけにはいかないわ。ああいうのは宰相家の格に見合う令嬢へ渡しなさいな。」

「本当に貴方は見た目と真逆ですよね。いまどき贈り物なんて誰からだって貰うでしょうに。・・・服だっていつもそんな質素な身なりで。」

ぐい、と手を引かれて大きな姿見の前に立たされた。後ろから彼の腕が腰に廻る。

鏡に映るのは、生成の、襟が高いブラウスに黒いサテンのロングスカートを身に付けた私の姿と、複雑な織りで模様をつけた質の良いジャケットを着たセイの姿だった。

私は普段はほとんどこの格好だ。アクセサリー類は一切付けていないし、化粧もほとんどしない。髪だって無造作にまとめただけ。着飾るのは夜会くらいだ。

「そんなお金と暇があったら、本の1冊も買うわ。私にはこの花で十分よ。」

私はそう言って、花がついた枝を髪に当てて笑った。

「ほんとうにもう、貴方は・・・」という小さな声が聞こえ、腰に添えられていた骨ばった手が胸元に伸びた。鏡に映る姿を見ながら彼は私のブラウスのボタンを丁寧に上から外していく。

「人前に出る時にはあんなに着飾るのに。日頃の貴方を見ていると詐欺にあったように思うときがありますよ。」

抱きしめながら、耳元で囁く。あらわになった下着の内に手が入り、隠された乳房をやわやわと揉む。そして、いたずらに、ぺろりと私の耳を舐めた。

堪えきれずに甘い溜息が漏れる。その声に機嫌をよくしたのか、セイは首に、胸に、やさしく口づける。

応えるように、振り返って彼の首に腕を回すと私から口づけた。ぴちゃぴちゃと舌を絡めて互いを貪り合う。

(愛されていると錯覚してしまうわ。このままだと溺れてしまいそう)

身体を触り、口づけを交わすのは、もともと魔力の代償としてはじめた行為だった。そのはずなのに最近では、毎日のように互いに触れ合っている。

「あぁっ。気持ちいい。もっと頂戴。」と愛撫をねだると、彼は胸の先を食み、私の気持ちいいところを的確に撫ぜ、跡を残していく。

2人きりで過ごす部屋で、感覚が麻痺してしまっているのかもしれない。行われている行為がどんな意味を持つのかすら、考えられなくなっていく。

私達は恋人ではない、主人と犬とのじゃれあいだ、と言い訳をしながら、密やかな快楽に堕ちていった。
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