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本編
25 願わくば花の下にて1 【side アナスタシア】
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――私が生まれて数日後には、「この子を王子の婚約者に」と父は王に打診したそうだ。
ガダリケ神殿の大神官ノルドの一人娘。即位後間もない王の妃候補。魅了の魔力で男を手玉に取る悪女。これが私、アナスタシアの肩書だ。
強力な魅了の魔力を持って生まれたため、物心ついた頃には、無意識に多くの人を魅了していたそうだ。比較的安全な神殿の中で過ごすことが多かったにもかかわらず、拐われそうになったことは一度や二度ではない。
もともと私の父には政敵が多く、危険が多い環境ではあった。母も私が生まれてすぐに強盗を装った暗殺者に弑されたと聞く。父の嘆きは深く、忘れ形見の私を隔離するように育て、美しい服を、美味なる食事を、そして最高の教育を与えた。
そんな私が幼いころから力を入れたのは魅了のコントロール。相手の心を支配できるこの力は、うまく使えば、万人に好かれることも、奴隷のように人を動かすことも可能だと気づいたのはいつの頃だったか。
細かな力の調整は大変だったが、私は数年で自在にコントロールできるようになった。そして、そのことは父には内緒にしていた。
人の行動を意のままに操れる闇の魔力と同じくらい、無意識に人を操れる魅了の魔力は危険なものだ。父からの愛情を疑うわけではないが、目の前に便利な力があれば、どうしても頼りたくなるだろう。だから、このことは私だけの秘密だ。
成長と共に今度は母譲りの美貌が評判になり、身体目当てで襲われることが増えた。何もできない大人しい女だと思われ、暗がりへ連れ込まれることも、薬を盛られるのも日常茶飯事になった。
自分の気持ちばかりを押し付ける人間の、なんと多いことか。
舐めまわすような視線を感じるのも、わざと卑猥な発言をして喜ぶ男性をあしらうのもうんざりだが、「好き」という言葉を免罪符に不埒な行為を正当化する男性は、最悪だった。しかもその男性を慕う女性からは白い目で見られるという負のスパイラルが続き、いつの間にか男性全体のことが苦手になった。
そこで自ら身を護るため、また煩わしい付き合いを避けるため、わざと傲慢に振る舞い悪女のイメージを印象付けた。赤く色づき誘うような唇。胸から腰までの女性らしい曲線を強調したドレス。欲にまみれた男達の眼に映るのは『男を誑かす快楽に溺れた女』だ。
今までは清楚な服装をしていても言い寄る男は多かったのに、露出の高い服装にした途端、男性から襲われる回数が減った。もちろん好色な男性からゲームのように誘われることは少なくないが、女王になったような気持で高圧的に断れば、大抵は事なきを得た。
悪評と引き換えに得た平穏だったが、それでよかった。男性はまっぴらだったし、貴族、王族と関わりたくはなかったから。
なのに父は、口癖のように「お前は王家に嫁ぐのが相応しい。」と言い続けた。
権力志向で私を差し出そうとしているわけではないと思いたい。
父は顔立ちから悪人めいて見えるが、私を大事にしてくれている。母の事もあったし、私自身も危険が多いので、権力者に嫁ぐのが安全と考えたのだろう。私自身は王家に嫁ぎたいとは思わなかったが、表向きは父の望むよう振舞った。こんな評判が悪い女は、とても王から望まれないだろうと思いながら。
*****
あの日、ゼレノイ家の子息を助けたのは、ほんの気まぐれだった。
退屈な夜会を抜け出そうとしたところ、面白い光景に出くわした。視線の先には、弱った獲物を今にも仕留めんとする派手なドレスを着た女と、必死で理性を保とうとしながら顔を歪める細身の男。
あの症状だと男が強い媚薬を盛られたのは明らかで、関係を持った上で責任を取らせて結婚でも迫るシナリオなのだろうなと思った。男性に同情したわけではないが、なんとなく自分の身と重ね合わせてしまったのかもしれない。
深呼吸した。意識して辺りを魅了する。ほら、女が私に身惚れて手を止めた。
「わたくし、少し疲れてしまいましたの。休める部屋へ案内していただけませんこと?」
声をかけると、男の視線がこちらを向く。呆けたように私を映す青い目。なぜ私が手を差し伸べたのかが理解できなかったのだろう。かなり魔力を振りまいているのに、絡めとられず正気を保っているのはさすが名門ゼレノイ家というべきか。
引きずるように男女が密会用に使う小部屋に連れていき、手持ちの薬を飲ませた。万が一に備えて日頃から持ち歩いている薬がこんなところで役立つとは。
そのまま崩れるように気を失ってしまった相手をソファーに横たえ、ふとした思い付きで膝枕をした。さらさらとした黒髪を指で梳いて感触を楽しむ。男性は苦手なはずなのに、なぜか彼に対して嫌悪感はなかった。
(なんて気持ちがいい手触りの髪かしら。男性なのにうらやましいわ)
改めて彼を見下ろすと、眠っている顔も憎らしいくらいに整っていた。いつもの冷たい作り物のような印象とは違って、今はちゃんと人間味がある。
先ほどの無防備な表情を思い出して、思わず顔に笑みが浮かぶ。目覚めたら、無機質な宝石めいた青い瞳は私のことをどう映すのだろう。
ガダリケ神殿の大神官ノルドの一人娘。即位後間もない王の妃候補。魅了の魔力で男を手玉に取る悪女。これが私、アナスタシアの肩書だ。
強力な魅了の魔力を持って生まれたため、物心ついた頃には、無意識に多くの人を魅了していたそうだ。比較的安全な神殿の中で過ごすことが多かったにもかかわらず、拐われそうになったことは一度や二度ではない。
もともと私の父には政敵が多く、危険が多い環境ではあった。母も私が生まれてすぐに強盗を装った暗殺者に弑されたと聞く。父の嘆きは深く、忘れ形見の私を隔離するように育て、美しい服を、美味なる食事を、そして最高の教育を与えた。
そんな私が幼いころから力を入れたのは魅了のコントロール。相手の心を支配できるこの力は、うまく使えば、万人に好かれることも、奴隷のように人を動かすことも可能だと気づいたのはいつの頃だったか。
細かな力の調整は大変だったが、私は数年で自在にコントロールできるようになった。そして、そのことは父には内緒にしていた。
人の行動を意のままに操れる闇の魔力と同じくらい、無意識に人を操れる魅了の魔力は危険なものだ。父からの愛情を疑うわけではないが、目の前に便利な力があれば、どうしても頼りたくなるだろう。だから、このことは私だけの秘密だ。
成長と共に今度は母譲りの美貌が評判になり、身体目当てで襲われることが増えた。何もできない大人しい女だと思われ、暗がりへ連れ込まれることも、薬を盛られるのも日常茶飯事になった。
自分の気持ちばかりを押し付ける人間の、なんと多いことか。
舐めまわすような視線を感じるのも、わざと卑猥な発言をして喜ぶ男性をあしらうのもうんざりだが、「好き」という言葉を免罪符に不埒な行為を正当化する男性は、最悪だった。しかもその男性を慕う女性からは白い目で見られるという負のスパイラルが続き、いつの間にか男性全体のことが苦手になった。
そこで自ら身を護るため、また煩わしい付き合いを避けるため、わざと傲慢に振る舞い悪女のイメージを印象付けた。赤く色づき誘うような唇。胸から腰までの女性らしい曲線を強調したドレス。欲にまみれた男達の眼に映るのは『男を誑かす快楽に溺れた女』だ。
今までは清楚な服装をしていても言い寄る男は多かったのに、露出の高い服装にした途端、男性から襲われる回数が減った。もちろん好色な男性からゲームのように誘われることは少なくないが、女王になったような気持で高圧的に断れば、大抵は事なきを得た。
悪評と引き換えに得た平穏だったが、それでよかった。男性はまっぴらだったし、貴族、王族と関わりたくはなかったから。
なのに父は、口癖のように「お前は王家に嫁ぐのが相応しい。」と言い続けた。
権力志向で私を差し出そうとしているわけではないと思いたい。
父は顔立ちから悪人めいて見えるが、私を大事にしてくれている。母の事もあったし、私自身も危険が多いので、権力者に嫁ぐのが安全と考えたのだろう。私自身は王家に嫁ぎたいとは思わなかったが、表向きは父の望むよう振舞った。こんな評判が悪い女は、とても王から望まれないだろうと思いながら。
*****
あの日、ゼレノイ家の子息を助けたのは、ほんの気まぐれだった。
退屈な夜会を抜け出そうとしたところ、面白い光景に出くわした。視線の先には、弱った獲物を今にも仕留めんとする派手なドレスを着た女と、必死で理性を保とうとしながら顔を歪める細身の男。
あの症状だと男が強い媚薬を盛られたのは明らかで、関係を持った上で責任を取らせて結婚でも迫るシナリオなのだろうなと思った。男性に同情したわけではないが、なんとなく自分の身と重ね合わせてしまったのかもしれない。
深呼吸した。意識して辺りを魅了する。ほら、女が私に身惚れて手を止めた。
「わたくし、少し疲れてしまいましたの。休める部屋へ案内していただけませんこと?」
声をかけると、男の視線がこちらを向く。呆けたように私を映す青い目。なぜ私が手を差し伸べたのかが理解できなかったのだろう。かなり魔力を振りまいているのに、絡めとられず正気を保っているのはさすが名門ゼレノイ家というべきか。
引きずるように男女が密会用に使う小部屋に連れていき、手持ちの薬を飲ませた。万が一に備えて日頃から持ち歩いている薬がこんなところで役立つとは。
そのまま崩れるように気を失ってしまった相手をソファーに横たえ、ふとした思い付きで膝枕をした。さらさらとした黒髪を指で梳いて感触を楽しむ。男性は苦手なはずなのに、なぜか彼に対して嫌悪感はなかった。
(なんて気持ちがいい手触りの髪かしら。男性なのにうらやましいわ)
改めて彼を見下ろすと、眠っている顔も憎らしいくらいに整っていた。いつもの冷たい作り物のような印象とは違って、今はちゃんと人間味がある。
先ほどの無防備な表情を思い出して、思わず顔に笑みが浮かぶ。目覚めたら、無機質な宝石めいた青い瞳は私のことをどう映すのだろう。
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