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本編

31 うごきだす1 【side アレクセイ】

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あのばかルーが暴走したせいで、隠していた彼女の存在がバレてしまった。

行方不明と噂されていたアナスタシア嬢が、秘密裏に王宮内に匿われ、保護されていることは、あっという間に貴族の間に広まった。

美貌の彼女に懸想した王(私だ!)が閉じ込めたとも、他国の魔術師に拉致されそうになったのをルーが阻止して保護しているのだとも噂された。しかしこの件の関係者は一様に口をつぐみ、また本人も姿を見せなかった。それがさらに噂を加速させるとも知らずに。



・・・今日の謁見者リストの最後に、あのゴドノフ卿の名前があるのはおかしいと思ったんだ。

定例の謁見なのに、いやに人数が多いことに気づいてはいた。たまたまかと思ったら、私が結婚すると聞きつけた貴族たちがこぞって祝いに来たらしい。いつのまにか噂には何枚もの尾ひれがつき、アナスタシア嬢が妃として近々お披露目されることが確定しているかのようだった。

普通に考えたら、今まで浮いた話のひとつもない清廉潔白な王(私だ!)が、急に妃なんて迎えるものかと疑いそうなものだ。しかしアナスタシア嬢の美しさ、妖艶さは強く印象付けられており、「あれほど色事に縁のない『血塗られた聖王』といえども、あの魔性の美貌には抗えなかったか」と人々を納得させるほどの力を持っていた。

「おめでとうございます。お美しいお妃様をお迎えになるとのこと、心よりお祝い申し上げます。」

謁見した相手のほとんどが祝いの言葉を口にした。わざわざ馬鹿正直に言っても意味がないので、直截的に否定はせず、妃を迎えることを匂わせる程度にしておく。

しかし、彼の場合はそうはいかなかった。

「おめでとうございます。ついに陛下もお妃様をお迎えになられるとか。早くお世継ぎの顔が見たいものですなあ。」

国境沿いに居を構える老齢のヴァシーリー・ゴドノフは、父の代から仕える貴族だ。勇猛な戦いで名高く、また自領における先進的な政策の数々でも知られている。今は巫女姫として神殿にいる私の祖母とも懇意にしており、王室とのつながりも深い。

しかし本人は、数年前にひざを痛めたこともあり、最近は自領から出てくることはほとんどなかった。最後に見たのは私が即位した時以来か。噂を聞いてわざわざ祝いに来たのかと思うと申し訳なさに頭が下がる。

「ゴドノフ卿、せっかく遠方から訪ねてくれたのはありがたいけれど、それはさすがに気が早いよ。なにせ私はこれから彼女を口説くのだからね。」

敬意を払いつつ、やんわりと否定する。

「いやいや、毎夜片時も離さず寵愛を与えられ、既にお相手はご懐妊とか。いや、ご成婚前とは言え、めでたい事ですな。」

ニコニコと悪気ない顔でとんでもないことを口にした。ゴドノフ卿の口から出ると、単なる憶測では済まなくなる。本人はわざと言っているわけではないだろうが、勘弁してほしい。

近くにいた貴族達から、ざわざわと声が聞こえる。お世継ぎか?という声まで耳に入り、慌てて静止した。

「彼女の名誉のためにも言うけど、まだ手は出していないよ。」

その言葉を聞いて、なぜか私を安心させるかのように、うんうんと深く頷いた。

「先代様は幾人もの側妃がおられましたが、婚姻前に手を出された方がほとんどでした。陛下もお若い。お隠しにならずとも。」

(おい、こんな場所でなんてことを!)

悪意のない言葉がいちばん恐ろしい。これでアナスタシア嬢の懐妊説はあっという間に広がるだろうなあ、と遠い目をする。

いつもならばフォローしてくれるセイがこの場にいないのが、今更ながら恨めしい。

そのセイは、気を失ったまま目が覚めないアナスタシア嬢に付き添わせている。謁見予定があるのはわかっていたので、本来ならば別の人間を付けるはずだった。しかし彼女のことを聞いたセイは、もう心ここにあらずという風情で、とてもじゃないがこの場にいても役に立たないと判断した。

別室で待っているイヴァンにはルーを付けた。不公平だとぶーぶー文句を言っていたが、仕方がない。

(昼だし彼女も目覚めた頃かな)

年配者の相手は早々に切り上げ彼女に会いに行こう。先んじて風の魔力で部屋の様子を伺う。すると、セイが彼女を抱きしめて眠る姿が視えた。

(幸せそうな顔しちゃってさー。主を放っておいて、何ほわほわしているんだか)

常に周りの目を意識し、気を抜かないセイにしては無防備すぎる寝顔だった。それだけ彼女には心を許しているということか。

魔力で2人の周りにふわりと風を送って目を覚まさせた。あの場をルーが目撃したら、大騒ぎするに違いないから。

ちらり、と壁の柱時計に目をやる。そして椅子から立ち上がり、ゴドノフ卿の傍まで行ってその手を取った。「すまない。急な来客があってね。せっかく来たのだからゆっくり過ごしてほしい。」とねぎらいの言葉をかけて、部屋をあとにする。

女官のマルガレーテを呼び、セイ達を連れてくるよう頼む。

「お嬢様のお支度を整えてからお連れいたします。そのあとでリラックス効果があるハーブティーをお持ちしますね。」

「ありがとう。お願いするよ。」

彼女は口が固いうえアナスタシア嬢とも面識がある。任せておけば大丈夫だろう。
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