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本編
34 うごきだす3 【side アレクセイ】
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「え、、、、」
イヴァンの、幻でも見たかのような態度も無理はない。
そこには、神々しいほど美しい少女が立っていた。透き通るような白い肌。対比する色合いを持つ濃紺の髪は手入れが行き届いて艶めいている。光を孕む金色の瞳は邪を払い真実を見通すかのようだ。
思わず王妃の象徴たるローズダイヤのティアラを身に付けて自分の隣に並ぶ彼女の姿を想像し、ゴクリと喉を鳴らした。
元来のアナスタシア嬢が持つ妖艶な美貌も、先日会った時の初々しい可愛らしさも承知してはいたが、少し化粧をして着飾るだけでここまで破壊力が増すとは思わなかった。
中心からぼかすようにじんわり色を乗せた唇も、ほのかに香る甘い香りも、男を惑わす魅力に溢れている。身につけている青系のワンピースは露出こそ少ないものの、わずかに見える華奢な手首やほっそりとした足元、そして形の良い胸のふくらみに自然と目が行く。
有能なマルガレーテの手によって、服も化粧も、何もかもが私好みに仕立てあげられていた。
横には、セイが忠犬のごとく傍に付き従う。主は私なんだけどな、と言いたかったが、抜け殻でいられるよりはましかと思い直した。
イヴァンは、名乗るのも忘れて惚けたまま動かなかった。
「あれが隣国の第二皇子でナーシャの元婚約者ですよ。」
「なんかセイと似ている?」
「残念ながら母方のいとこなんです。」
ひそひそと小声で説明するのが聞こえた。元、じゃなくて一応今も婚約者だけど。この様子だと、なかったことにする気らしい。セイの政治手腕だったら別の女性を婚約者としてあてがうとか、充分やりかねない。
向かいのソファに2人並んで座る。当然のように彼女の腰に添えられた手を見て、何か言いたげなルーを目で制した。
ローテーブルを挟んで、片側のソファーにはセイとアナスタシア嬢、反対側にルーとイヴァン、そして間にある1人掛けのソファに私が座る。先ほどまで居心地良さを感じていた部屋は、急に息が詰まるような空気になった。
(なんか、、、めんどくさい構図だなあ)
女性1人に複数の男性が侍るのは、この国ではそれほど珍しくない光景だ。男性に比べて女性が圧倒的に少ないという事情がある。加えて彼女の美貌と魅了の魔力を前にして、傅き、崇めたくなるのも無理はない。
それにしても、王である私、次期宰相候補でもあるセイ、隣国の皇子であるイヴァン、稀代の魔術師と名高いルーの4人が、同じ1人の女性を求めるとは何の因果か。傾城、傾国と呼ばれても仕方がないが、本人にはまるでその気はない。均衡を崩せばあっという間に崩れる積み木細工のような関係性に、頭が痛くなる。
ほどなく、約束どおりマルガレーテがワゴンを押して部屋に入ってきた。花があしらわれた色磁器のカップに注いだのは、レモネアという柑橘系のハーブティーだった。キリル公国の特産品でリラックス効果もあるので選んだのだろう。脇に添えられたレモンピールが甘酸っぱい香りを醸している。
マルガレーテは、去り際にちらりとアナスタシア嬢の方を見てから、何かを伝えるように私に頷いた。
(わかってる。この前みたいに逃げられないようにしなきゃね)
お茶を一口飲み込むと、彼女の今後の待遇について改めて説明する。クッションを抱え、時折うなずきながら私の話を聞いている。今までのアナスタシア嬢と同じ生活は難しいのは理解したようだが、私の側妃となると聞くと顔を赤らめた。
「あの、、、このまえ言っていた件ですよね。純潔がどうこうという。」
「うん、そのとおり。おそらく君の価値観とは相入れないのもわかっているんだ。それでも受け入れてくれるとうれしいな。」
「・・・そうすることで、私は何か役に立てるのですか?」
不安げに瞳を揺らして彼女が尋ねた。
こういうところが、価値観の違いというか。異世界から来た彼女の、すごく理解不能な点だ。普通だったら拉致されたことを責め立てると思うのだけど、そういうのが一切ない。なぜここで他者の役に立つかどうかを気にするんだろうね。ふしぎでならない。
「役に立てると断言するよ。アナスタシア嬢の姿と異世界の知識を持つ君は、私にとって非常に役に立つ駒になる。」
彼女に納得してもらえるよう、ゆっくりと、また、自分でも噛み締めるように言った。
「君が持つ知識も、その稀有な魔力も私のものだ。私のために生きることが君の存在意義になる。その代わり、対価として私は君を愛してあげるし満足させてあげる。悪くない取引だと思うのだけど・・・」
セイが射殺さんばかりの目で睨むので言葉が途切れた。イヴァンからは「おまえなあ、、、もうちょっと違う言い方があるんじゃないか?」と、呆れたような、残念なものを見るような目をされた。
普段無頓着なルーですら無言だった。
自分としては、出来る限り誠実に、正直に話したつもりだ。しかし違う言い方をすべきだったかと考えたところで、彼女が口を開いた。
「・・・・・・元のアナスタシアの意識が戻る可能性は?」
「うん、限りなくゼロだね。残念だけど。」
「側妃としての労働条件は、事前に相談可能ですか?」
「出来る限り、君の希望を反映すると約束するよ。」
「・・・わかりました。将来はともかく、今は陛下の言うとおりにします。」
その場にいた彼女以外の全員が、驚いた。もちろん、私も。
「いいんですか?こんな気遣いのかけらもないような言い方をされて。」
セイが思わずといった風に声をかけた。
「はい、心にもないことを言われるよりは信頼できます。」
「アレクが初めての相手でもいいの?」
ルーが不満げに確認した。
「うん、不安はあるけど現状を考えると提案内容に不満はないから大丈夫。」
そう言うと、私のほうをまっすぐに見て言った。
「私はこれから、どうすればいいですか? 今夜にでも、陛下の部屋へ伺えばいいですか?」
イヴァンの、幻でも見たかのような態度も無理はない。
そこには、神々しいほど美しい少女が立っていた。透き通るような白い肌。対比する色合いを持つ濃紺の髪は手入れが行き届いて艶めいている。光を孕む金色の瞳は邪を払い真実を見通すかのようだ。
思わず王妃の象徴たるローズダイヤのティアラを身に付けて自分の隣に並ぶ彼女の姿を想像し、ゴクリと喉を鳴らした。
元来のアナスタシア嬢が持つ妖艶な美貌も、先日会った時の初々しい可愛らしさも承知してはいたが、少し化粧をして着飾るだけでここまで破壊力が増すとは思わなかった。
中心からぼかすようにじんわり色を乗せた唇も、ほのかに香る甘い香りも、男を惑わす魅力に溢れている。身につけている青系のワンピースは露出こそ少ないものの、わずかに見える華奢な手首やほっそりとした足元、そして形の良い胸のふくらみに自然と目が行く。
有能なマルガレーテの手によって、服も化粧も、何もかもが私好みに仕立てあげられていた。
横には、セイが忠犬のごとく傍に付き従う。主は私なんだけどな、と言いたかったが、抜け殻でいられるよりはましかと思い直した。
イヴァンは、名乗るのも忘れて惚けたまま動かなかった。
「あれが隣国の第二皇子でナーシャの元婚約者ですよ。」
「なんかセイと似ている?」
「残念ながら母方のいとこなんです。」
ひそひそと小声で説明するのが聞こえた。元、じゃなくて一応今も婚約者だけど。この様子だと、なかったことにする気らしい。セイの政治手腕だったら別の女性を婚約者としてあてがうとか、充分やりかねない。
向かいのソファに2人並んで座る。当然のように彼女の腰に添えられた手を見て、何か言いたげなルーを目で制した。
ローテーブルを挟んで、片側のソファーにはセイとアナスタシア嬢、反対側にルーとイヴァン、そして間にある1人掛けのソファに私が座る。先ほどまで居心地良さを感じていた部屋は、急に息が詰まるような空気になった。
(なんか、、、めんどくさい構図だなあ)
女性1人に複数の男性が侍るのは、この国ではそれほど珍しくない光景だ。男性に比べて女性が圧倒的に少ないという事情がある。加えて彼女の美貌と魅了の魔力を前にして、傅き、崇めたくなるのも無理はない。
それにしても、王である私、次期宰相候補でもあるセイ、隣国の皇子であるイヴァン、稀代の魔術師と名高いルーの4人が、同じ1人の女性を求めるとは何の因果か。傾城、傾国と呼ばれても仕方がないが、本人にはまるでその気はない。均衡を崩せばあっという間に崩れる積み木細工のような関係性に、頭が痛くなる。
ほどなく、約束どおりマルガレーテがワゴンを押して部屋に入ってきた。花があしらわれた色磁器のカップに注いだのは、レモネアという柑橘系のハーブティーだった。キリル公国の特産品でリラックス効果もあるので選んだのだろう。脇に添えられたレモンピールが甘酸っぱい香りを醸している。
マルガレーテは、去り際にちらりとアナスタシア嬢の方を見てから、何かを伝えるように私に頷いた。
(わかってる。この前みたいに逃げられないようにしなきゃね)
お茶を一口飲み込むと、彼女の今後の待遇について改めて説明する。クッションを抱え、時折うなずきながら私の話を聞いている。今までのアナスタシア嬢と同じ生活は難しいのは理解したようだが、私の側妃となると聞くと顔を赤らめた。
「あの、、、このまえ言っていた件ですよね。純潔がどうこうという。」
「うん、そのとおり。おそらく君の価値観とは相入れないのもわかっているんだ。それでも受け入れてくれるとうれしいな。」
「・・・そうすることで、私は何か役に立てるのですか?」
不安げに瞳を揺らして彼女が尋ねた。
こういうところが、価値観の違いというか。異世界から来た彼女の、すごく理解不能な点だ。普通だったら拉致されたことを責め立てると思うのだけど、そういうのが一切ない。なぜここで他者の役に立つかどうかを気にするんだろうね。ふしぎでならない。
「役に立てると断言するよ。アナスタシア嬢の姿と異世界の知識を持つ君は、私にとって非常に役に立つ駒になる。」
彼女に納得してもらえるよう、ゆっくりと、また、自分でも噛み締めるように言った。
「君が持つ知識も、その稀有な魔力も私のものだ。私のために生きることが君の存在意義になる。その代わり、対価として私は君を愛してあげるし満足させてあげる。悪くない取引だと思うのだけど・・・」
セイが射殺さんばかりの目で睨むので言葉が途切れた。イヴァンからは「おまえなあ、、、もうちょっと違う言い方があるんじゃないか?」と、呆れたような、残念なものを見るような目をされた。
普段無頓着なルーですら無言だった。
自分としては、出来る限り誠実に、正直に話したつもりだ。しかし違う言い方をすべきだったかと考えたところで、彼女が口を開いた。
「・・・・・・元のアナスタシアの意識が戻る可能性は?」
「うん、限りなくゼロだね。残念だけど。」
「側妃としての労働条件は、事前に相談可能ですか?」
「出来る限り、君の希望を反映すると約束するよ。」
「・・・わかりました。将来はともかく、今は陛下の言うとおりにします。」
その場にいた彼女以外の全員が、驚いた。もちろん、私も。
「いいんですか?こんな気遣いのかけらもないような言い方をされて。」
セイが思わずといった風に声をかけた。
「はい、心にもないことを言われるよりは信頼できます。」
「アレクが初めての相手でもいいの?」
ルーが不満げに確認した。
「うん、不安はあるけど現状を考えると提案内容に不満はないから大丈夫。」
そう言うと、私のほうをまっすぐに見て言った。
「私はこれから、どうすればいいですか? 今夜にでも、陛下の部屋へ伺えばいいですか?」
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