不埒な魔術師がわたしに執着する件について~後ろ向きなわたしが異世界でみんなから溺愛されるお話

めるの

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本編

54 空蝉(ウツセミ) 1

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―――――ッパリン!!

薄いガラス板が砕けたような、強烈な破裂音がした。

ぎょっとして思わずルーを見つめると、悪ふざけがばれた子供のような、なんとも気まずそうな表情をしている。

と思った直後、バタンッと乱暴にドアが開いて、早足で部屋に入ってきたのはセイとアレクだった。入るなりドアを閉めてガチャリと内鍵をかける。

ふたりとも出かけていたのか、上着が雨で少し濡れていた。戻ってすぐにここに来たらしく、靴にも泥がついたままだ。

セイの青みがかった黒髪にしずくがついていて、きらきらと光っている。その儚い美しさに見惚れていると、こちらを凝視していたセイと目が合った。

無言で、ふいっと視線を逸らされる。

(・・・う、想像はしていたけど、さすがに傷つくなあ)

いままで無条件に好意を寄せられていた相手からの拒絶は、想像以上に心が痛む。

中身が別人だとわかっていても、アナスタシアのからだで他の男性と夜を過ごされるのは嫌なんだろう。目を合わせないのは現実から目を背けたいのか、それとも夜着1枚で事後を思わせる姿を見たくないからか。


アレクは、昨夜の余裕めいた姿からは想像もつかないくらい、ぜいぜいと息を切らしていた。必死な表情に何事かと思ったが、ルー特製の結界を無理に破ったからのようだ。彼の魔力をもってしても骨が折れたらしい。

結界を張った当人はセイから「どれだけ自分勝手にふるまえば気が済むんですか!」と、こっぴどく叱られていた。王宮内でむやみに結界を張るのは禁止だというから怒られてもしかたがない(もちろんわたしも共犯だ)。

でも元のコトネとして対話できたのは、ルーが閉じた世界を用意してくれたおかげだ。結界があったからこそ彼も無謀な真似ができたし、容赦なく本心に踏み込めたんだろう。

わたしも、ようやく自分の恋心に気付けた。

目下の問題は身の安全確保だけど、時期を見て側妃は降りたいとアレクには正直に伝えよう。この世界で生きていくなら、いずれ王宮から出てルーと暮らす生活も考えたい。そんなことを考えた。


ところが、現実は自分の希望がすんなり通るほど甘くはなかった。

セイがルーを引きずって退出したのを確認してから、話があるとアレクを引き留めた。

「もちろん。私も愛する妃と過ごす時間を大切にしたいからね。」

軽口を言いつつ、アレクはいちど部屋の外に出て騎士さんに何かを言付けていた。それから入り口に置きざりになっていた鞄から大きな包みを出してサイドテーブルに置き、濡れた上着を脱いだ。

上着を預かってラックにかけると、アレクがわたしの胸元に目をやり「その格好で私に尽くしてくれると、また貪りたくなっちゃうな。」と苦笑した。

からだの線がまるわかりだけど、せめて透けてなくて本当に助かった。よく考えると着替える時間がなかったとはいえノーパンで男性とお茶するってどうだろう。だんだん羞恥心が薄れてきてこわい。

いつの間にか入れたての紅茶が準備されていた。お茶請け用に甘いのと塩味系のマフィンもあって、かわいい砂糖菓子も添えてある。そういえば朝からなにも食べていない。

マフィンを食べながら、アレクに自分の考えを告げると、ばっさりと拒否された。

「ごめんね。その意見は残念ながら却下。」

おみやげだという化粧水やらポプリやらを手渡しながら、手入れの行き届いた指先がやんわりとわたしの腕に触れた。左手首のブレスレットを撫でながら、手慰みに指先で弾く。

「最低2年は辞められないかな。別の妃が輿入れするまで虫よけが必要だし。君に教えてもらいたいことも沢山あるし。」

独り身の王にはうなるほど縁談がくるため、溺愛する(!)側妃の存在が抑止力になるのだとか。でも、これだけの優良物件だ、すぐに相手は決まるだろうと楽観的に考えた。

「じゃあ、アレクにお妃さまが来たら、もう一度考えてもらえる?」

「ふふ、それならいいよ。でも今は伴侶はいらないかなー。甘やかしてあげるから、しばらくは私のそばにいてよ。」

両手の指をしっかりと絡ませながら、アレクは甲に口づけた。

「そうだ、今朝は一緒にいられなくてごめんね。どうしても会いたい相手がいたんだ。」

「女性?」

すわ正妃候補か?と食い気味で聞き返す。

「残念ながら男性だねえ。私は理想が高いから、なかなか伴侶を決めるのは難しいよ?」

「よりどりみどりなのに?例えばどんな女性が好ましいとかあるの?」

先日のリサーチは、はっきり言って全く役に立たなかった。まじめに答える気がない相手ではあるが、さりげなく尋ねてみる。

「うーん、そんなこと考えたことないねえ。昔セイには『共犯者みたいな相手がいい』って言ったことがあったけど、実は人を好きになること自体、よくわからないんだよね。」

共犯者・・・なんだろう。想像していたのとはかけ離れた好みのタイプを聞いて、よけいわからなくなった。

なまじ自分が超絶美形で権力も魔力もあるから、相手に望むことはないんだろうか。

「逆に、君はどんな相手が好みなの?」

空色の瞳をきらめかせて無邪気に聞かれた。

そう聞かれると答えに詰まる。ルーが好きではあるけれど、理由があったから好きになったわけじゃないし。ただ「ルーだったから」としか言いようがない。

「うーん、自分のことを好きになってくれる人がいいのかなあ。」

わたしのことを観察していたアレクは、それを聞いてへえ、という表情をした。そして飽きてきたのかテーブルの上に置かれた砂糖菓子をひとつ摘まんで、わたしの口に放り込んだ。しゃり、と甘い味が口いっぱいに広がる。レモンみたいな香りもして甘酸っぱい。

「おいしい?」

わたしの頬が緩んだのを見て、アレクがうれしそうに尋ねた。無言で頷くと、彼自身もひとつ砂糖菓子を口に含んだ。

「甘いね。」

そう言うと立ち上がり、ラックに掛けてあった上着を取った。思った以上に引き留めてしまった。仕事に支障があったら申し訳なくて、慌てて立ち上がる。

「あと、昨夜はやさしくしてくれてありがとう!きっとアナスタシアにとっても特別な夜になったと思う。」

これだけは伝えなくちゃ、と思っていたことを口にする。そう、アナスタシアにとっては初夜だったんだ。たとえ本人の意識がないとしても万が一ということもある。女の子にとって大切にしてもらった経験は大切だ。

「それはよかった。こちらこそ、はじめてを捧げてくれてありがとう。」

アレクは騎士が姫君にするように優雅な礼をして、意味ありげに甘い視線を向けた。

相変わらず心臓に悪い顔で、心臓に悪いことを言う。顔が熱くなったのを隠すように手で両頬を隠す。

「今夜はセイと過ごしてね。ルーはペナルティでしばらくおあずけだけど。」

まるで睦言を囁くかのように、耳元に唇を寄せてそれだけを言うと、アレクは機嫌よく部屋を出ていった。
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